5-68 歩いて帰ろう
「――――ふぅ」
バイパーⅢのコクピットで、ハナッパシラはひとつ息を吐いた。
相手がマシンパワーに頼りきりのクソ雑魚ナメクジだったとはいえ、ハナッパシラにとってはれっきとした初の殺し合いである。マケンとの試合は、マケンの腹積もりがどうであったかを知らないハナッパシラにとっては、あくまで試合のフォーマットであるから、そういうことになる。終わってみれば、ずいぶんと緊張があった。それを息を吐くとともに解す。
チャドラという大物を取り逃してしまったのは痛手だ。「野生の後継者」の大幹部と目される人物が前線に出てくる機会など、今後あるかどうか。政治がどうこうなどうだうだ考えず、いっそここで殺してしまえばよかったのではないか、という考えがよぎるが、ハナッパシラはそれに小さく首を横に振った。コクピットを直接狙わなかったのは、そもそも自分に躊躇があったからだというのを、自分で一番理解していたから。
(ダメだな。切り替えよう)
数度かぶりを振って、ハナッパシラは操縦桿を握りなおす。とにかく、目下最大の脅威は退けた。あとはトマスたちをピックアップして、合流地である統合府に向かおう。その過程で、ナーガも保護したい。そう思って光画盤を見ると、いつの間にか周囲を十機ばかりの強化鎧骨格が囲んでいることに気が付いた。
「っ!?」
慌てる。チャドラのヤーラ・レイアークに掛かりきりで、視野が極端に狭くなっていた。いつの間にここまで接近されていたのか。バイパーⅢが唯一持ったままの鞭を構える。バシンと威嚇がてらロープが地を打った。しかし多勢に無勢である。やれるか? と頭を巡らせて、無理だと即断する。バイパーⅢは現在、あの電力バカ食い装備の影響から予備電源でどうにか動いている状態だ。継戦能力に難がありすぎる。よしんば電力が満タンだったとしても、武装が鞭だけでは――。
しかし、無理とわかっていても諦めるわけにはいかなかった。ここで果てる定めであったとしても、せめて最後まで足掻かねばならない。ここで無様に敗北を受け入れるというのは、自分を送り出した父の顔にも、自分に任せてくれたティエスの顔にも泥を塗ることに他ならないからだ。
ハナッパシラはバイパーⅢの腰を軽く落とし、対する敵集団を睨む。姿かたちから、テンチュイオンⅡの改造機であることは伺える。意匠のセンスは、どこか決勝で戦ったマケンのイヌガミマルに似ていた。動きに結構なばらつきがあることに気付く。洗練された動作のものから、たどたどしい動作のものまで。であれば、食い破るには。
『そこまで。我々は味方だよ、ハナッパシラ卿』
ハナッパシラが踏み込む寸前、標的としていた動きの悪い強化鎧骨格から聞き馴染みの声がして、バイパーⅢはつんのめって倒れそうになった。
「は、ハラグロイゼ卿!?」
『うん、そうだね』
コクピットの中では、おそらくいつもの笑みを浮かべているのだろう。ハナッパシラは確信した。間違いなく、登場しているのはハラグロイゼだ。
「その機体はいったい……」
『イヌガミマルM型というそうだよ。逃走用の足として青の武士団から借り受けた形になるね』
「は、はぁ……なるほど?」
『ハラグロイゼ卿、ハナッパシラ臨時小隊長は、我々が青の武士団と連携関係にあることをまだ知らんのです』
動きのいい強化鎧骨格――イヌガミマルM型からは、トマスの声がした。ありがたい補足だった。そう言えばさっき狙われていた集団の中に犬人がいたなと、この段になってようやくハナッパシラも思い出す。割といっぱいいっぱいなのだ。
『うん、つまりはそういうことだね。ここで立ち話もなんだから、歩きながら話そうか』
そういって、ハラグロイゼ機が闘技場の一角を指さした。それは今朝ハナッパシラも潜った、強化鎧骨格用のゲート。
「了解しました。……この機体の元の持ち主が、負傷しているんです。救助は――」
ちらと、擱座したテンチュイオンⅡTSに頭部ユニットを向ける。その足元に即席で作ったシェルターは健在だ。ナーガはひとまずは無事だろう。
『それは、我々に任せてもらおう』
ハナッパシラの言葉を引き取ったのは、動きのいいM型からの聞き馴染みのない声だった。
『カテル・ウルフマンと申す。父が世話になったな、イキリマクッテンネン卿』
「……なるほど。こちらも得難い経験でした」
『フッ、そうか。であれば父も浮かばれよう。ナーガ殿の救助は、我が青の武士団の地上部隊が責任をもって請け負おう』
「お願いします」
『では、行こうか』
ハラグロイゼは二人のやり取りを待ってから、ゲートに向かって歩を進めた。たどたどしくはあるが、問題なく操縦できているのがハナッパシラには意外だった。強化鎧骨格の操縦とは、そんなに簡単なものではないのだ。宮廷貴族と聞いていたが――。
「強化鎧骨格の操縦もなされるのですね、ハラグロイゼ卿」
『意外かね?』
「少し」
『ふふ、貴族のたしなみというやつだよ』
そういうことになった。




