5-54 ティエスちゃんは飛行中
「ポーン。本日は「アマツカゼ」をご利用いただきありがとうございます。機長のティエスです。当機は慣性飛行に移行しました。乱気流や再加速による揺れが予想されますので、シートベルトは締めたままでお願いしまぁす」
一方その頃。機長兼スッチーのティエスちゃんだ。今はスチュワーデスって言わないんだよな。キャビンアテンダントだっけ?
まぁどっちでもいいか。どうせ当機にはドリンクサービスも機内食サービスもない。格安LCCも真っ青のノーサービスだ。飲料水はセルフサービスでどうぞ。携帯食もあるけどちょっと今は取り出せないからお預けだね。
『少し余裕ができるとすぐにそれだ。真面目に職務に当たるということができないのか?』
「これでも真面目なつもりだぜ?」
すかさず飛んでくるオティカの小言に、俺はしれっと答えた。機体のマン・マシーンインターフェイスを介して感覚を同調しているオティカには、それが嘘でないことがわかったのだろう。イラっとした感情が俺にも伝わってくる。こういうとこまで今の俺たちは筒抜けのツーカーだ。割と慣れた。
『順応が早すぎる』
「良いパイロットの資質といってくれや」
『……有事に即応できる能力を有しているのは、認める。だが、真面目か不真面目かで言えばお前は不真面目だろう』
んまっ、失礼しちゃうわ。俺はオティカの小言を聞き流しながらコンソールを叩き、航行記録がちゃんととれていることを確認した。ピカリン氏にも約束しちゃったしな。できるだけ詳細なデータを持って帰らねば。この戦争が終わった後に訪れるであろう大航空時代に覇権を握るための値千金のデータだ。へへへ、世界の空は王国の空だぜ。
打ち上げから、およそ3分。高度4万メートルに到達したアマツカゼはブースターの火を落として、慣性と空力による弾道飛行状態に移っていた。
慣性の法則と位置エネルギーってのはバカにならないもんで、落ちるコースさえにちゃんと気を遣えば、ずいぶん燃料を節約できる。んで、失速してきたら都度ブースターを吹かす感じやね。
いくら可燃性燃料を燃やして飛んでいるわけではないって言ったって、電源呪符から取り出せるエネルギーの量ってのは無限じゃないからな。節約できるところは節約していく。
なので今は、背後から叩きつけられ精神を徒に苛む轟音からは解放され、実に快適な空の旅の最中である。まぁ振動は依然として凄いけども。これでスウェイキャンセラー全開なんだって。
「どうですか、姫。初めての空は!」
「すごいです! 地上の景色が、あんなに速く移り変わっていくなんて!」
姫が、目まぐるしく変わる地上の様子(といっても都市部を一瞬で置き去り、今やほとんどが鬱蒼とした森だが)に感嘆の声をあげた。卿は雲も全然ないから地上がよく見える。
現在の速度は、およそ時速800キロ程度。マッハに直せば0.7くらいか。前世のジェット旅客機よりちょっと遅い程度の速度だ。そして、これが現状の安全限界の速度でもある。
なぜこれ以上増速できないかといえば答えは簡単で、ひとえにアマツカゼが強化鎧骨格――人型ロボットだからだ。ベースになっているアーゼェンレギナは、そもそも陸上での運用しか想定されていないのである。
とりあえず風をまともに受ける前面装甲には申し訳程度に空力カウルなんてもんをつけてはいるが、基本、空力特性なんてへったくれもない空気抵抗バリバリのオブジェクトである。もちろん無いよりはマシだが、雀の涙だ。この状態で音速超えてみろ。千切れ跳ぶぞ。四肢が。
だからアマツカゼは、前世のジェット戦闘機にくらべれば、だいぶ遅い。半分以下のスピードしか出せない鈍足なのである。
それでも、ミルナーヴァに存在するどんなものよりも、速い。
「『野生の後継者』の本拠――賢狼人の王城までは、1000キロ弱。だいたい1時間のフライトになります! 本拠付近では敵の妨害も予想されます。姫、ひと休みなら今が最後の機会ですよ」
俺はヘルメット据え付けのストローから水を一口飲んだ。初めての空で、自分も思った以上に緊張していたらしい。のどがカラカラだった。
姫も慣れない様子でストローに口をつけている。そりゃ慣れないだろうな。俺だって初めて使うわこんなもん。手を使わないでいいってのも、意外ともどかしい。
「ゆっくり、落ち着いて。一口だけ含んで、確実に飲み下してください。振動には気を付けて。気管に入ると最悪死にます」
「もう、すぐそうやって脅かさないでくださいませ」
「そいつは申し訳ない。ですが事実です。到着前にくたばられちゃ世話ないですからね。あと、飲みすぎにも注意してくださいよ。当機にトイレはありませんので」
『さすがにそれは失礼だろう』
オティカが聞き捨てならないとばかりに口を挟んできた。ばっかオメー、大事なことなんだぞ? 作戦行動中の俺たち搭乗員は、基本、おむつに垂れ流しだ。Gのレコンギスタのようにシートをめくれば洋式便所になっているような快適コクピットではない。そのおむつだって保水できる容量には限りがあるんだ。トイレパックが溢れれば衛生的にもよろしくない。それに、恥ずかしがって用を足せないまま膀胱炎にでもなられたらことだし、そもそもの話、飲料用として積んでいる水にだって限りがあるんだ。無駄遣いは良くない」
『……理解した。オレが浅慮だった』
おっと、また口に出てたか。ま、わかってくれりゃええねん分かってくれりゃ。
サブモニタに映る姫様の顔も神妙なものになっている。いかんな、少し脅かしすぎたか。
「とはいえ、まったく飲まずに脱水になってもよくないですからね。適量、口を湿らす程度は飲んどいてください」
「ありがとうございます、ティエス卿」
「なんの、問題はありませんよ。――それと、ここからはせっかくです。コールサインで呼び合いましょうや、ガンズ0?」
姫は一瞬だけきょとんとした。そしてややあって、ガンズ0が自身に振られた特別なナンバーであることを思い出したのか、フッと微笑む。
「そうですわね。頼りにしています、ガンズ1」
意外と姫もこういうノリ好きだよな。俺は親指を立てて、その信頼に応えた。




