5-46 ティエスちゃんは出撃直前
「……皆さん、行ってしまわれましたね」
「ええ。ったく、あいつら無茶しなきゃいいんですがね」
整備区画を出る最後の一団を見送るティエスちゃんだ。資材と人員をパンパンに詰めたキャリアヴィークルの、屋根にしがみついた整備班員が無理やり敬礼している。俺も敬礼を返す。向こうからは見えやしないが、まぁ、礼儀だな。
そうしてそいつらがいなくなってしまうと、整備区画内は本当に静かになった。急に部屋ががらんとしちゃったよ。今俺の耳朶を叩くのは、コクピット内の雑多なピープ音と、姫の落ち着かない息遣いだけだ。
「わたくし、ティエス卿のこと……はじめはもっと、苛烈な方だと思っていました」
「思ったよりナイスガイでびっくりしました?」
「ふふ、そうですね。勇猛な烈士、益荒男でありながら、気さくな旅人のようでもあり、愉快な吟遊詩人のようでもあり、心優しい乙女のようでもある。そんな素敵なお方だと、今は思います」
「そいつはどうも。優しい乙女だなんて言われたのは初めてですよ」
だいたいみんな、ベッドの中くらいでしか俺を女扱いしねーもんな。
くく、と噛み殺したように笑う。ずいぶん過分な評価だ。そんなたいそうなもんである自覚はないが、まぁせっかくの誉め言葉だしいただいておこう。
「あら。だって今でも、別動隊の皆さまのことを案じておられるのでしょう?」
「そりゃ、まあね。損耗が出れば出るだけ、小官の人事査定にも響きますし?」
おれは心にもないことを言って、おどけてみせた。気を使われているな、と感じる。さっきの副官との会話はバッチリ聞かれてたからなぁ。
姫はくすりと笑って、「では、そういうことにいたします」などと言った。俺は肩をすくめる。
「ま、ウチのスタッフは優秀ですから。……トーマスのほうも、うまいことやっているでしょう。小官の故郷にこんな言葉があるんですよ。「便りがないのは良い知らせ」ってね」
「……そう、ですね」
うーん、それとなく励ましたつもりだったが、逆効果だったろうか。姫にとって、ライカ君という存在がどれほどのウェイトを占めているのかはわからない。
賢狼の正統後継、旗印としての価値。これはどうだろうな。統合軍正規軍と協調できた時点で、ライカ君を正統として祭り上げる必要はかなり薄れた。
近侍としての絆。これはあるだろう。従兄弟としての情。これもあるだろう。もしくはそれ以上の。そればっかりはわからない。
……迂闊に口に出すべきじゃなかったかもな。
「心配、ではあります」
「はい」
「ですが、私は今やティエス卿にいのちのすべてを預けた身。ティエス卿の采配を信じます」
「ありがとうございます、姫」
本当に、決意だけはみなぎってらっしゃる。内心はどうあれ、履いた唾が飲めないことは姫自身よくわかっているだろう。そう言ってもらえるなら、こっちとしても気兼ねは少なくて済む。――その代わり、もっとおもてぇプレッシャーがのしかかってくるけどな。
『ライカならば、問題はない』
「オティカ?」
思いもかけぬ声。そういやこの機体、3人乗りだったな。このところ喋ってねぇから忘れてたぜ。
『……何か、不愉快なことを考えているな? ティエス』
「まあな。俺のことは良いから、続けて続けて」
『……チッ』
うわっコイツ舌打ちしたぞ。無機質なくせに感情表現豊かな野郎だぜ。おちょくってごめんね。
『ライカには、ガッツがある。この程度の難局ならば、奴はガッツで乗り切れるだろう』
「うわっ、AIのくせにびっくりするほど根性論じゃねーか」
どんな合理的・論理的な理由が出力されるのかと思えば、飛び出したのはごりっごりの根性論・精神論だった。ダメな具合にシンギュラってねーか???
俺の疑念をよそに、オティカはさながら胸を張ったように、自信に満ちた声で続けた。
『人間というのは、最後は根性がモノを言うのだろう?』
「うーん、ちがいない」
困った、反論できない。なんて完璧な理論なんだ。そういや、オティカはライカの特訓をみてやってたんだったっけか。そりゃ、そういうふうに学習・結論もするかぁ。
俺が頷くばかりなのを見て、姫がくすりと噴出した。
「ふふっ、ありがとう、オティカ。そうね。あなたの言うとおりね。ライカはきっと、無事に乗り越えてくれるわ」
姫が、年ごろの少女のように笑う。オティカ、やるじゃねーの。さすが、自称姫の騎士なだけはある。俺も口の端がほころぶってもんよ。アイスブレイクはこんなもんで大丈夫そうだな。
「っしゃ、場もいい感じにほぐれたところで、俺たちも行きますか。オティカ、準備はどうだ?」
『当然完了している。シークエンスの宣言を開始すれば、あとは座っているだけでいい。快適な空の旅をお届けしよう』
「上等ォ。姫様、心の準備はできてますか?」
「――はい。いつでも」
姫が深く頷くのが、副光画盤に映る。もう逡巡はない。決意も覚悟もバッチリ完了してやがる。
俺もそれにしっかりと頷き返して、目を閉じる。操縦桿を握りなおす。体が拡張される感覚。本来の体にない幻肢の感覚が生えてきて、今、それがひどく熱い。
俺は静かに目をひらいて、宣言した。
「作戦『独りぼっち百鬼夜行』を発動する! 発進シークエンス開始!!」




