5-44 野生の後継者
「ステータスチェック……完了。頭部と腕部以外は正常値、流石ペイラー班。これなら――」
罵声とブーイング、果てには物理的な投擲物までが飛び込む闘技場の、石舞台。反則負けを宣告されたハナッパシラはというと、素早く機体の立て直しを図っていた。
「外部映像は……これが限界か。今のところは、何も起きていないけど」
窮地を脱するためとはいえ、強化鎧骨格の頭部ユニットはその全重量を一点で支えられるような剛性も強度も有していない。そして、頭部はセンサー関連が集約されたユニットだ。完全破壊されてしまった現在では、外部情報の取得が著しく困難になっていた。光が灯る光画盤も、全体の二割というところだ。
ハナッパシラは膝立ちの状態から、細心の注意を払って機体を立ち上がらせると、開きっぱなしにしていた脚部の装甲版を閉じる。これも、うまく動いた。
と、その時。ブーイングに満ちていた観客席から、毛色の違うどよめきが漏れる。空気が、変わる。
「……っ、なんだ」
ハナッパシラが満足に動かないセンサーを総動員して周辺を索敵する。それは、ほどなく見つかった。いや、探すまでもなかったというほうが正確だろうか。なにせそれは、ハナッパシラのテンチュイオンⅡTSが立っている石舞台の中央、そのすぐ隣に、突然出現していたのだから。
ハナッパシラは、思わずそれを見上げていた。
「大きい……転移? ――ッ!?」
後半は、言葉にならなかった。突如現れた巨大な――身長5メートルのテンチュイオンⅡに倍々する大きさの――強化鎧骨格が、無造作にその巨椀をふるったからだ。
ハナッパシラがそれに反応できたのは、ほとんど偶然だった。巨椀がインパクトする瞬間、ハナッパシラは自ら地を蹴った。それでも、巨大な拳の形にテンチュイオンⅡTSの胸部装甲は歪み、コクピット内で光画盤が千々に割れた。そしてそのままピンボールのような勢いで、テンチュイオンⅡTSは石舞台の外にはじけ飛び、闘技場の壁に激突して止まる。もうもうと砂煙が立った。
巨大な強化鎧骨格――深い群青の装甲を金で縁取られた、荘厳な印象を受ける機体は、吹き飛ばしたテンチュイオンⅡTSから視線を外すと、その狼めいた意匠の頭部ユニットを、今度は地に倒れたままのマケンのイヌガミマルへと向けた。
『ずいぶん手酷くやられたな、マケンよ』
群青の強化鎧骨格から、男の声が発せられた。それは厳格でありながらも、この状況にはまるでそぐわない、労うような口調。
『御屋形様……』
『暫し待て。私は少し、やることがあるのでな』
『…………はっ』
マケンは、苦みばしった声で答えた。群青の強化鎧骨格はそれで満足したように、視線を上げる。その先には、抜刀した白い強化鎧骨格の姿がある。審判を務めていた、白竜師団所属の強化鎧骨格だ。
『賢狼人の長、ウィドー王とお見受けする!』
『いかにも』
審判からの問いかけに、群青の強化鎧骨格――賢狼王ウィドー・ル・リン・レイフィールは、鷹揚に頷いて答えた。審判は抜刀した剣を正眼に構えながら続けた。
『この石舞台は、神聖なる勝負の舞台。無粋な闖入はたとえ氏族の長といえど許されない。即刻、ご退去願おう!』
『断る、といったら?』
『親善試合、審判の権限において、貴公を排除する』
じゃき、と白い強化鎧骨格の持つ剣が鳴る。審判の言動に、一切の嘘はない。返答如何によっては、このまま実力で排除するつもりだ。
ウィドー王がゆっくりと、群青の強化鎧骨格の左腕を持ち上げる。その掌に、光が収束する。明確な攻撃の意思。白い強化鎧骨格が駆け出した。
剣を正眼から八相に。地を這うように姿勢を低く、ジグザグな動きでありながら、あまりにも疾い。そう広いわけでもない石舞台では、接敵はまさに一瞬。しかし――。
『白竜師団のナーガ・ヘビデスヨン。貴殿が我がたくらみに与さなかったこと、強く残念に思うぞ』
その剣は、届かない。
瞬間、群青の強化鎧骨格の掌から放たれた青い炎が、ナーガの白い強化鎧骨格を包みこんだ。青い炎はまるで意志を持つかのようにうごめいて白い強化鎧骨格を拘束、磔にする。そうして、まるで無防備な腹がさらけ出された。
『……ッ、バイパーⅢが動かないだと……!? 面妖な業を!』
なすすべのなくなったナーガが毒づく。それに対しウィドー王は、大きく右腕を振りかぶりながら言った。
『この『レイピル』を、並の強化鎧骨格とは思わぬことだ』
音速を超えた群青の強化鎧骨格の殴打が、ナーガの白い強化鎧骨格の胸部をとらえた。大質量同士が衝突する凄まじい爆音が響く。バイパーⅢは胸部装甲を大きく陥没させながら弾け飛び、やがてテンチュイオンⅡTSがたどった末路と同じように、闘技場の壁に激突して止まった。
石舞台に立つのは、もはやレイピル――ウィドー王のみ。それを取り囲み見下ろす観客たちはみな、突然に起こった事態を飲み込めないまま、不安なまなざしをレイピルに注いでいる。
ウィドー王はそれを一身に受けながら、レイピルの巨体を誇示するように、大きく胸を開く。まるで観客たちに――森域の民たちに、その存在を知らしめるように。
『――森域に生きるすべての民よ、聞け。我が名は賢狼王、ウィドー・ル・リン・レイフィール。この良き日、この場を借りて、諸君らに告げる』
ウィドー王は言葉を紡ぐ。高らかに、謳い上げるように。
『我々は、盟主氏族による支配を拒絶するもの。諸外国に阿り、各氏族の尊厳を蔑ろにし、ほしいままに弄ぶ現統合府を拒絶するもの』
ウィドー王は朗々と謳い上げる。闘技場に詰め掛けた幾千人が、その一言たりとも聞き逃さないように傾注している。
『我々は、ここに宣言する。森域統合府を打倒し、解体し、新たなる秩序を敷くことを。各氏族が再びその尊厳を取り戻し、不当に制限されない時代への回帰を。――野生の復権を』
ウィドー王の声に、どんどん熱が込められていく。聴衆はみな、その熱に呑まれていく。
これで最後、とばかりに。ウィドー王は力強く、それでいて静かに、厳かに、宣誓した。
『我々は――『野生の後継者』だ』




