5-35 選ばれたのは
「……本当にこっちでいいんだな?」
ダディ・ペイラー小隊長は、窮屈なコクピットに収まる青年をキャットウォークから見下ろして、最後の念押しとばかりに尋ねた。
「はい。こちらでお願いします」
律儀に計器の最終チェックを行っていた青年――ハナッパシラ・イキリマクッテンネン臨時小隊長は作業の手を止めて、その家名とは正反対の真摯な目でペイラーを見据え、一分の迷いもなく言い切った。
ペイラーはその堂々とした態度にふんと鼻息を一つつくにとどめて、受領証明書類が挟み込まれたバインダーをハナッパシラに手渡した。
「こいつにサインしたら、もう取り消しは効かねぇぞ」
「はい」
「自分の無様を機体のせいにもできねぇ」
「無論です」
「こいつはそんじょそこらの強化鎧骨格とは比べもんにならんくらいピーキーだ。俺たちがそうした。その認識はあるな?」
「はい。準決勝の戦いぶりは自分も見ています」
「足をちょっと踏み出すくらいの操作で、余裕でバック転できるくらいに遊びがない。理解してるな?」
「はい。短い期間ですが、シミュレータはA++判定が出るまでやりこみました」
「相手に替え玉を悟られちゃならんのは忘れてないな?」
「中隊長の戦い方は、この短い期間で充分以上に見ました」
「そいつは結構。だがお前さんには、隊長さんほどの魔法の才能がない。やっこさんの戦い方を完コピするのは無理だぜ?」
「こいつの使い方はつかんだつもりです。やれます」
「なら、俺から言うことはもう何にもねぇやな。せっかく作ったんだ。壊すなよ?」
「努力します」
「オーケイ。そいつにサインしな。そうすりゃ、テンチュイオンⅡティエス・スペシャルは晴れてお前さんの相棒だ」
「……はい」
ハナッパシラはペイラーの問答を、静かな、それでいて力強い肯定で締めて、書面に目を落とす。署名欄の空白がやけに狭苦しく感じて、ペンを落とす先をためらった。
「これほどペンが重く感じたのは――」
それでも、ペンを落とす。わずかなインク染みの後、線を引くのは思っていたよりもスムーズだった。その事実に、ハナッパシラは訳知らず、気分が高揚するのを感じる。
「――以前、ティエス中隊長に決闘を挑んだ時以来です」
そういえばあの時も、自分は外面を冷静に見せることに必死で、内面のプレッシャーに押しつぶされそうになっていたんだっけか。ハナッパシラは遠い過去を懐かしむようにかみしめ、しかしそれがほんのひと月前であることに気付いて、少し笑う。
最後の一画を書き終えて、紙からペンを離す。一度ペンが走ってしまえば書き終わりまではいともあっさりで、ペンの重さにまで慣性が働くのだろうか、と益体もないことを思う。
その程度には、余裕を持てていた。
「そうかい。あの人に関わると、本当に退屈しねぇな?」
「まったくです」
ペイラーはくつくつと笑って、返ってきたバインダーを受け取る。ハナッパシラは一瞬だけ半笑いになってから、しみじみと同意した。本当に、彼女の下についてからこっち、時の経つのが早くて仕方がない。
ハナッパシラは最後の計器チェックを終えると、ペイラーにサムズアップで合図をした。
「よし、閉めるぞ」
「お願いします」
ペイラーは頷いて、外部からハッチを閉鎖する。一種の儀式めいたルーティンで、コクピット筐体内は完全な暗闇になった。光画盤に光が灯るまでの、外界から完全に遮蔽された一瞬の静寂は、ハナッパシラが最後の覚悟を決めるには十分すぎるほど長い時間であると言えた。
操縦桿を握る。身体が拡張される感覚はいつものままに、いつも以上に本来の体にない感触に軽いめまいを覚える。それを気力と根性でねじ伏せると、光画盤に外部の景色が映し出された。
「あー、あー、あー』
外部スピーカーのスイッチを入れ、今回の秘密兵器の動作を確認する。聞き馴染んだ自分の声が、あどけなくもガサツな中隊長殿の声になっているのが集音機越しに聞こえた。不思議な感慨とともに、この装置を片手間に数時間で組み上げたジャスティン・ウォノエに対する畏怖を抱く。在野の天才というものは案外転がっているものらしい。
「ティエス機、出撃すぞ! ケージ開放!』
『ティエス機、出撃! 総員、安全圏に退避! 作業はじめ!』
精一杯ティエスぶったハナッパシラの威勢に続き、ペイラーの鋭い指示が飛ぶ。
ケージから解放されたテンチュイオンⅡTSが、整備区画の床を踏み鳴らす。尻に重たい衝撃。
ハナッパシラの戦いが始まる。




