5-34 ティエスちゃんは最後の休息④
6. 簡易ラボにて
「よっハカセ。やってる?」
「なんだか居酒屋みたいですね」
ビニールシートで区画されたエリアにお邪魔したティエスちゃんだ。コンピュータ端末から顔を上げたジャスティン・ウォノエは、ややインスマスなツラに困ったような笑みを浮かべつつも俺の来訪を歓迎してくれた。
「どーよ、即席ラボのほうは。不足があったらすぐにハラグロイゼ卿かミッティに言えよ。可能な限り配慮してくださるはずだ」
「いえいえそんな、恐れ多い」
即席ラボは、エヴィロンス・シリーズの残骸をとりあえず置いていた場所を改めて研究区画としたものだ。常時詰めている責任者のハカセのほか、ときたまウチの整備班や技研の研究者などが顔を出している。
なお、研究に使わない分のエヴィロンス・シリーズの残骸はガメッツィード商会を介して大量の資材と物々交換していたりする。強化鎧骨格の整備資材とか、森域式の電算機とかな。あいつらも自分のアイデンティティを崩しかねないシロモノを確保するために金に糸目をつけてない感じだ。
「ガメッツィードさんがもってきてくれた電算機のおかげで、色々捗っていますよ。おかげで、鍵も完成しました」
「うーん、マジでアンタを吊り上げてよかったと思うよ」
「ははは、買い被りですよ」
ハカセは照れたように鰓の後ろを掻いた。とぼけているようで、この男マジもんの有能である。これを拾えたんなら半日ブタ箱暮らししたのも悪くはな――いや、無理だな今でもあの犬のお廻りをぶちのめしてやりたいもんな。行政を憎んで人を憎まずって感じ。この戦いが終わったらマジで覚えとけよ。
ともあれ。俺はそんな心中に渦巻く激情を素知らぬ顔で、ハカセが差し出してきた記録媒体を受け取った。例のMOディスクみたいなやつね。
「とはいえ、自分も転送装置に関しては全容を把握してはいません。これは転移装置そのものを掌握するのではなく、転移装置の操作権を一時的に誤魔化す程度のお守りだと思ってください」
「上等だ。どうせ転移装置を使うのは敵の本拠地を制圧した後だからな。とりあえず使えれば問題ねぇよ」
「……すみません、肝心なところでお役に立てず」
ハカセはしゅんと耳ひれを萎びさせた。いやいやいや、これ十分に値千金だからね!? なんでそんな自己肯定感低いんだよ!
「あのなぁ、過ぎた謙遜は嫌味だぞ? これもそうだがな、アンタがいなけりゃ、オティカをアマツカゼの補助装置に使うなんて発想自体が生まれなかったんだ。おかげで俺はずいぶんと快適な空の旅を征ける。もっと胸張れ胸を」
「そう言っていただけると、自分も徹夜した甲斐があります」
ハカセは照れたようにはにかんで鰓の後ろをさすった。そう言えば若干インスマスなせいで気が付かなかったけど、もしかして結構顔色悪いのでは?
俺は微塵も神話的ではない恐怖にごくりと生唾をのんで、尋ねた。
「ちなみに、何徹?」
「4徹……いや、そろそろ5徹ですかね。わぁ」
ハカセは自分の発言でSANチェックに失敗した挙句アイデアロールに成功し、しめやかに5点のSAN値を失って一時的狂気を発症、ぶっ倒れた。
わぁ、泡吹いてる。
「ブクブクブクブク」
「………………ハッ!?」
め、メディーック!!!!!!
7. in 救護所
「いや~頼んだもんは受け取れたからよかったけどよ、あまりにもスムーズかつナチュラルに卒倒したせいで一瞬呆けちまったぜガハハ」
「部下の体調管理って実は隊長さんの仕事なんですよ~~??」
「アッハイ。すみません」
泡を吹いてたハカセを整備区画内の救護所に担ぎこんだところ、詰めていたミッティにガン詰めされている。
「状況が状況だけに仕方ないですけど~、ちょぉ~ッと皆さんオーバーワークすぎですねー。過労で医療班のリソース圧迫するのやめてもらっていいですかね」
「アッハイ。適宜休憩を徹底周知します」
「ほんと、頼みますよ~。人的資源も物的資源も限られてるんですからー。いざって時に足が出て、って言うのは勘弁ですからねー」
「それはそう」
ねちねちと俺をいじめている間にも、ミッティはてきぱきとハカセの診察をして何らかの書類に判を押していた。
「その書類は?」
「世界樹への移送手続きに関する書類ですー。ここじゃ病床数も限られますから」
「世界樹が病人の巣になりつつあるな……」
「エルフには話を通してあるのでお気になさらずー。……ところでティエス中隊長、こんなところで油を売ってていいんですか~?」
ミッティがじっとりとした目で俺を睨んだ。操縦服据え付けの時計を見ると……うわっ、道草くいすぎた!?
「げぇっ」
「早く行ってください―。賢狼の姫をお待たせしないように—」
「すまんな。……頼んだぜ」
「あんまりウチは活躍の機会がないほうが良いんですけどねー。ま、頼まれましたとも」
ミッティは腰に手を当て、大きく溜息をついた。
「ティエスさんも、無理は死なない程度までにしてくださいねー。生きてさえいれば、私が治しますので」
「おう、物騒な激励をありがとうよ」
ミッティの独特なはなむけの言葉を背に走り出す。そろそろ、ようやく、事態が動き出そうとしていた。
「ティエス中隊長――」
背に呼び止める声。首だけで振り返ると、ミッティはぐっと親指を立てて言った。
「幸運をー!!」
「おうさ!」




