第10話
そして翌日、五月の二週目木曜日、朝。
時刻は朝のショートホームルーム一五分前。
約一週間ぶりの教室に足を踏み入れて、ゴールデンウィークがあっという間に過ぎてしまったのを実感する。
まぁ、していたことといえばほとんどバイトなどと、青春とは程遠い生活だったのだが。
強いて言うのなら昨日啓一によって嵌められて、あの二人と出かけていたことくらいか。
あんな美少女二人と出かけていたなんて、学校の連中に知られたら殺されてしまいそうだが、僕としても非常に不本意なものだったので何としても許してほしいところではある。
いや、そんな事、どうでもいいか。
僕は友達なんていらない。
彼女なんてもっといらない。
人には人のお似合いの人生があるように、心をこじらせた僕にはきっと、相応しい未来が待っているのだろう。
別に未来に期待するわけでもなく、ただただ灰色の人生をじっと耐える。
それが楽しいかと言われてしまいそうだが、別に僕は構わない。
自分の未来なんて、夢見るだけ無駄なのだ。
他人の歩んでいく人生を羨ましいと思いながらも、僕は自分らしく慎ましく生きていきたい。
例えるならばそれは、キャンプファイヤーで盛り上がっている皆の様子を遠くから見守るようなものだ。
あっちは楽しそうだなぁとか思いながら、自分用の小さな焚き火が消えないように、薪をくべるだけ。
妬ましいとか、そういう感情は一切無い。
ただ、遠くからそれを見ているだけで僕は満足だ。
実際に僕は、この自分用の小さな焚き火を守ることで精一杯で、他人にかまけているような余裕は無い。
「よお、ナイト様」
「おっ、ナイト様じゃん、おはようー」
僕が自分の席に座ろうとしているところで、クラスメイト達から声を掛けられた。
片方は坊主姿がよく似合う背の高い男子で、もう片方はポニーテール姿の明るそうな女子。
「その呼び方、やめてほしいんだけど・・・」
ナイト様、と言うのは僕が渡瀬霞を助けたと勝手にクラスメイト達が勘違いして、その結果に生まれた皮肉のようなあだ名だ。
「いいじゃんいいじゃん、普通のやつならあそこまで体張れねーって」
「そうそう、もうちょっと誇ってもいいと思うよーナイト様」
それは一体どちらの事を言っているのだろう。
男子三人組と喧嘩をしたことか?
それとも渡瀬霞の噂を否定するために嘘をついたことか?
どちらにしろ、それは間違った認識だ。
僕は自分の席に座ると、大きく溜め息をついて反論する。
「大体、僕のどこにそんな素質があると思ってるんだ。騎士、なんて大げさすぎるだろ」
「またまたぁ」
僕の肩に手を回すように男子の方が茶化してくる。
「幸也って意外と面白いやつだろ」
と、前の席から啓一がさらに追い打ちをかけるように会話に混ざってくる。
「そうだねー、何か話しかけても適当にあしらわれちゃうからさ、嫌われてるのかと思ってたよ」
「だよなー。もっと冷たい奴だと思ってたけど、いじってみるとこれがまた意外と楽しい」
「だろ?」
僕を置いて会話し始める三人。
本当は熱い男だとか、昔はもっと素直だっただとか、当人を置き去りに勝手に盛り上がっていく。
そんなところに水を差すように現れたのが、彼女だった。
「おは・・・よう・・・」
「ああ、おはよ――」
昨日割と聞いた、まだたどたどしい声を聞いて僕は振り返って、言葉を失った。
「?」
「・・・」
そこに立っていたのは、想像通り、渡瀬霞だった。
僕らと同じように学校の制服に身を包み、相変わらずの派手な金髪。
ただ、想像と違ったのが――
「わた・・・かすみさん・・・・その顔・・・」
「お前・・・そんなに・・・・」
霞さんの素顔を知らないクラスメイト達が固まる。
当然だ、彼女の素顔を知ったら皆同じ顔をするだろう。
あの厚すぎる化粧を、今日は貼り付けていないのだから――
「それ・・・じゃ・・・」
若干顔を赤らめながら慌てて去っていく霞さんの姿を、教室中の視線が追う。
教室に突如として現れた美女に視線が釘付けになる中、誰かがぽつりと言った。
「姫だ・・・」
静まり返る教室で、その一言がやけに響き渡った。
「そうか!それだ!」
「何かが足りないと思ってたのよ!」
「そうだよな!騎士がいるなら姫がいて当然だよな!」
「姫だーーー」
「ひめーーー!」
気づけばクラス中ひーめ!ひーめ!とコールが上がっている。
なんだこの状況は。
「ところでユキシロ君」
未だに回されていた坊主のクラスメイトの腕が、僕を逃がさないようにがっしりとホールドする。
「ゴールデンウィーク中、わたせ・・・霞さんと何があった?」
どきぃっ!!
僕は心臓が跳ね上がって、嫌な汗がぶわっと噴き出る。
「あ・・・いや・・・僕は何も・・・」
「まぁまぁ、そう言わずに・・・・何があったの?ナイト様?」
悪乗りをするようにポニテ女子まで乗ってくる。
なぜいきなりそう唐突に核心に触れてくるのか。
たまたまかもしれないじゃないか・・・
「別に昨日何かあったとかそういうわけじゃなくて・・・」
「昨日?」
「昨日?」
同音に口を揃えて、僕の迂闊な発言を拾うクラスメイト達。
ぎりっと一瞬回された腕がきつくなるのを感じた。
啓一に助けを求めるように視線を送ると、任せろとばかりに彼は笑う。
いや、待て。
僕はこの時点で大きなミスをおかしていないか?
嫌な汗が背中を這い上がっていくような、そんな違和感。
そして、啓一は口を開いた。
「いやー、だって昨日お前らデートしたもんな」
「っ!!!」
「ゆ、き、し、ろ、くぅーん?」
ぎりぎりと彼の日焼けした腕が、僕の首を絞める。
「どういうことか説明してくれるよなぁ?」
「まぁまぁ、その辺にしときなって」
「でもよぉ」
そんな僕を意外にも救ってくれたのは、ポニテ女子の方だった。
坊主男子をなだめるように、言葉を続ける。
「アンタも女の子とデートしたいんならさ、ピンチの一つでも救ってみたら?そうすりゃ自然とそういう関係になれるかもよ」
「まぁ・・・一理あるな」
回された腕が、緩む。
助かった・・・
「まぁそうだよなぁ・・・渡瀬霞は幸城のもんみたいなところあるしな・・・」
羨まし気に呟く坊主男子の声はしっかりと僕の耳に届いていた。
なんで勝手にそういうことにされているんだ。
だってそもそも彼女とは友達でも何でもないんだぞ?
まぁ、当事者じゃない外野の考えることなんてどうでもいい。
僕はいちいちそれらの声に振り回されるほど、余裕のある人間じゃない。
しかし、事態はそれだけでは収まらなかった。
もう一人の当事者が現れて、またもや爆弾を落としていったのだ。
「おはよう」
聞き覚えのある声がして、そちらを見やると制服姿の霧沢さんがいた。
僕らはそれぞれにおはよう、と挨拶を返すと、霧沢さんは決定的な一言を紡ぐ。
「昨日は付き合ってもらってありがとうね」
僕らの周囲の時間がぴたりと止まる。
昨日?と二つの視線がぎろりと僕に向いた。
しかし、投下された爆弾はこの一つでは済まなかった。
「次は夜兎くんも入れて四人でいけるといいね」
にこやかに笑う霧沢さんと対称に、僕は自分の顔が青ざめていくのを感じた。
ヤトクンモイレテヨニンデ?
一度緩んだ腕が再びじわりじわりと締まっていく。
「幸城」
「な、なにかな・・・」
正直に言うと、坊主男子の目がものすごく怖い。
脱兎の如く逃げ出したいが、首に回された腕がそれを阻む。
「話しぶりを聞くと、どうにも昨日三人でデートしたように聞こえるんだが、気のせいか?」
「あ・・・いや・・・その・・・」
これはなんと説明すべきだろう?
そもそもデートでは無いというところからか?
それとも全ては啓一によって嵌められたところからか?
「ごめん、幸城君、流石にうちでもフォローしきれないわ・・・」
「一体何がどうなって・・・・?」
「霧沢は気にするな」
爆弾を落とした当人は、自分がしたか何もわかっておらず、かつ他の人も助けてはくれない。
まさに絶体絶命のピンチ。
ゆっくりと締まっていく腕はついに僕の首に届き、ぎりぎりと音を立て始める。
「洗いざらい吐いてもらおうか、なぁナイト様?」
「わかっ・・・はな・・・す・・・から・・・うっ・・・でっ――」
結局僕はこの後、先生が来るまでの間に全ての事情を話したのだった。




