表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/22

陽だまりうさぎは歓談ちう

 柔らかな日差し。

 その光を、道路に面した側の壁一面で受け止める一軒の家。

 洋風な外装にオフホワイトの壁と茶色の屋根が柔和な対照を見せている。

 その隣。

 ガラス張りの建物から扉が開き、現れる少女。

 そのまま駆け出すように建物を出た千華は、まっすぐに洋風な一軒家へと歩を進める。

 小さな階段も二段飛ばしで、その勢いのまま、しかし優しく扉の取っ手を握る。

 ふうっと息を吐くと、

「おじゃましまーす」

 声をあげながら扉を引く。

 玄関を進むと一度上がり、反転して靴を揃える。

 すると水の流れる音がして、扉の開け閉め音。

 そして、

「なんだ、もう食べたのか」

 月理が驚いたような言葉を驚かずに発しつつ姿を現す。

「うん。だって美味しかったもの!」

「確かに旨かったなぁ」

 言いながら階段に足をかけ、

「ん、今日は唯理の部屋か?」

「ううん。いつも通り、月理のお部屋だよ」

「なんだよまたかよ」

 字面より優しく呟くと、階段にかけていた足を戻しながら

「じゃあ飲み物持って行くから、先行ってろよ」

「わーい。ありがとー」

 そうして一階の奥へと消えていく月理を横目に、階段を上がっていく。

 真っ直ぐな階段を登り切って右に反転すると、小さく「月理Room」とプレートに掛かった部屋の前に立つ。

「おっじゃましまーす」

 誰とは無しに呟いて、扉を押し開く。

 と、同時に

 ガチャンガチャン!

 金叩きの音が室内に鳴り響く。

「おっ、ののちゃん今日も元気だねぇ」

 音の原点を向いて声をかけると、数歩入って後ろ手に扉を閉める。

 中は象牙色に統一された壁紙に一面の絨毯。

 奥手、陽光の入る窓際には机と書架が並べられ、その真上ではエアコンが緩やかに温風を届けている。

 その右手には金属地のケージが鎮座していて、千華はその傍まで進んでゆくとゆっくりと屈み込み、

「こんにちは、ののちゃん」

 ケージの中へ声をかけて、その扉をそっと開く。


 ババッ!ガシャン!


 金網を勢いよく踏みつけて飛び出した茶色の毛だまり。

 千華の脇を抜けて絨毯の中央まで進み、手足を前後に広げて大きく伸びをする。

 その姿はうさぎのそれだった。

 さっくりとした短毛は明るい茶色で、それでも指を差し込めばしっとりと沈み込むような深い柔らかさを見せる。

 黒一色の瞳には光が入って凛と映え、左右に垂れた耳は心持ち前方に寄っている。

 伸びから手足を戻したうさぎは、鼻をひくつかせながらケージの前に座る千華へと近寄っていく。

「おはよーののちゃん」

 振り返りながら伸ばしたその手に、うさぎは鼻をつけた後すぐさま顎を擦りつける。

「あはは、相変わらず強気っ子だねぇ」

 手を返して額を撫でると、頭を下げてもっとと催促しているように見える。

「はいはい、撫でますよー」

 指を増やして顔全体をゆっくりと繰り返し撫でていく。

「おやつはさっきパパン達から貰っちゃったかな?」

 その言葉に反応するように、うさぎは顔を上げると真っ直ぐケージ脇にある四角い枝編みの籠に進み、千華を振り返る。

「ありゃ、おやつに反応しちゃったか・・・どしよ」

 首を捻って思案しようとしてすぐ、扉が叩かれる。

「おーい、開けてくれー」

 扉越しのくぐもった声が聞こえると、

「あ、はいはい」

 立ち上がって扉へと近づき、ゆっくりと開く。

 お盆を両手で持った月理が入ってきて、籠の前にいるうさぎを見ると、

「あ、おやつって言っただろ」

「あ、バレた?」

「さっきあげてないから少しあげてくれよ」

「うん。何でもいい?」

「おっけ」

 窓際の机に向かった月理はお盆を机上に置くと、脇に立て掛けていた簡易テーブルを持って絨毯に中央に行く。

 千華は籠を上開きにすると中に手を入れて、

「そいえば、さっきあげなかったんだ?」

「あぁ。どうせすぐ集まるだろうから、その時でいいかって」

「ふむふむ」

 と、まさぐっていた手で何かを掴み、引き上げる。

「じゃーん!パインアンドバナナ!」

 その袋を籠の手前に下ろすと、静かにしていたうさぎが袋に近寄り、

「あっ、こら!囓っちゃダメだよののちゃん」

 うさぎから袋を引き離すと、

「一個ずつあげていい?」

「おっけおっけ」

 ジッパーになっている袋を開け、中から乾燥したパインとバナナを取り出す。

 その香りを感じたのか、うさぎは届かない高さに上がってしまったその袋に、プルプルと身体を伸ばして近づこうとする。

「おー伸びてる伸びてる」

「かわいい!でもかわいそうだからあげましょうねー。はい、ののちゃ、うわっ!」

 千華が届く高さまで下ろした手を、即座に両手でがっちりホールドしたうさぎは、


 ババッ!


 口にくわえると伸ばしていた身体を翻し、ケージの前まで進んでゆく。

 そしてパリパリと音を立て始める。

「ううーん」

 感極まったように目を閉じて小さく震えた千華は、

「なんだ、トイレか?」

「違うよ!品が無いよ!じゃなくて、ののちゃん!両手ホールド、ちょー可愛い!」

「そりゃそうだろう」

 絨毯の中央に折りたたみのテーブルをセットしていた月理がしたり顔で言葉を返す。

「ん?なんで月理が得意げなの?」

「そりゃ、俺の子だからな」

「えっ。ののちゃんは藤宮家の子でしょ?月理とは言わば姉弟でしょ」

「バカ言うな。誰が引き入れて面倒みてると思ってるんだよ。しかも姉弟って、地味に姉と弟の字当ててないか」

「ドキッ。よく言葉だけでわかるね。正解!十ポイント!」

「何のポイントだよ・・・大体姉弟ネタは前も言ってたからな」

「そかそか。ほーらののちゃん。もう一個、今度はバナナがあるぞぅ」

 ケージの前で食べ終えていたうさぎは、その言葉か香りに反応したのか、再び籠前にいる千華の元へ駆けていく。

「はい、どうぞ」

 目の前に差し出されたバナナを、今度はゆっくりとくわえてその場で頭を下げて食べ始める。

「ふむふむ可愛いのぅ」

「おっさんか。・・・よかったな、のの。おばちゃんがおやつくれて」

「はっ!?おばちゃんって何それ、つきりんひどーい」

「つきりん言うな。実際ののからしてみれば十分おばちゃんだろうよ」

 ぷーっと頬を膨らませると、

「それ言ったらののちゃんだって結構年上なんだから、おばちゃんじゃん」

 するとしたり顔の月理は、

「のののはな、淑女って言うんだよ」

「ひどーい!うさうさ差別だー」

「区別と言うんですー」

 と、コンコンと扉を叩く音。

「はいよ」

 月理の返事で扉が開き、

「・・・表までくだらない痴話喧嘩が聞こえてきたわ」

「ご飯終わったから来たよー」

 妃と唯理が部屋に入ってくる。

「痴話喧嘩じゃないもん」

「痴話喧嘩じゃねーし」

 ハモって、顔を見合わせて押し黙る二人。

「あはは、仲良しさんだねぇ」

「・・・まぁいいわ。月理、飲み物用意した方がいいかしら?」

「あぁ、もう用意した」

 机まで歩いていき、机上のお盆を持つと、

「紅茶でいいだろ?種類はよくわからんけど、母さんが最近お気に入りのやつ使ってみた」

「わーいありがとー」

「・・・ありがと」

「おにいちゃん、気が利くねー」

 お盆をテーブルに置いた月理は、

「ん?唯理は炭酸水だぞ」

「えぇーなんでー?」

「何でもなにも、評価しろって母さんに言われてるだろ。ちゃんと飲め跡取り娘」

「えぇー・・・みんなでおしゃべりする時は私も紅茶がいいよぅ」

 むくれたような悲しみを湛えた唯理の声に、

「・・・まぁ、一応紅茶もある」

 重なっていたカップをテーブルの端々に置いた数、三つ。

「わっ、やったー!さすがおにいちゃん。大好きー」

 その愛の言葉にも月理は飄々とした顔つきで、

「何の感慨も浮かばないお世辞をどうも。ほら冷める前に」

『はーい』

 返事をして女子達がテーブルに近寄ってくる。

 と、反対に月理は立ち上がり、机に向かう。

「む、集まれと言いつつ逃げてゆく男子が一人」

「おにいちゃんどうしたの?」

「ん、ちょっと野暮用でな。まぁ話は聞いてるから」

 そのまま椅子に座り、机上に何かを広げ始める。

 その様子を横目に、妃が口先から湯気を燻らせているポットを持ち、カップに注いでいく。

「妃ちゃんありがとー」

「いやー悪いねぇ」

「・・・いちいちおっさんくさいわね」

「感謝してるのに私だけ平手打ち!?」

 ツッコミを余所に、赤みを帯びて透いた茶褐色が波紋を打つ。

「わぁ、いい香り!うーんイチゴかなぁ」

「ねっ、そんな香りだよねー。味甘いのかなぁ」

「・・・月理、これ何て銘柄?」

 机に向かっている月理から、

「んー?・・・確かロゼなんちゃら。葉っぱにピンクの玉が混ざってた」

「・・・スパークリングワインかしら」

 すると、

「む?ワイン・・・」

 眉をひそめた千華が、

「ワインかぁ・・・どうせなら日本酒で作ってくれたらいいのに」

「・・・香りだけでしょう。・・・いただきましょう」

「そだねー」

 タイミングは同じ、三者三様にカップに口をつける。

 華開くような、鮮やかに甘い香が溶ける。

 注ぎ込まれる陽光。

 芳香で柔煮にされてゆく室内。

 静かな微睡みは、優しい沈黙を呼び込んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ