108 人類の敵
「……何でも、か」
「くっくくく……無論、この世界で可能な範囲なら、という意味だがな……」
だが他の宇宙にとっては、このフィース・ワールドで出来る事は、まさにどんな望みでも叶えられるに等しい。
空を飛翔する能力、死者の蘇生、破壊不可能な物質の召喚、タイムトリップ、もう、なんでもありだ。
俺の希望、俺の望み。
召喚の対価として、俺が得たかったもの。
やがて俺の思考は凍り付き、周囲の音は何も聞こえなくなった。
社会との繋がりを断絶した、ひきこもりネトゲ廃人としての俺に、果たしてどんな望みがあったというのだろう。
人間関係も、娯楽も、すべてネットが提供してくれる。仮想世界なら俺は自由になれる。
残された人生をだらだら満喫して過ごせるだけの莫大の資産を手に入れられたら、最高に違いない。
そうだ、他の人間のことなんかまるで考えずに、元の世界に逃げてしまえばいい。
およそ丸2日間、ビヒーモスと戦い続けるだけの簡単なお仕事をやっていただけだ。
それが生涯遊んで暮らせるだけのお金が報酬になるとすれば、俺は、もう何も文句は言うまい。
問題なのは、具体的に何をしてもらいたいかだ。
どのくらいの資産が必要なのだろう。だいたい日本円にして80億円ぐらいあればいいのか。
1年1億円計算、これで80年は何があっても安泰だ。銀行に預けていれば、そのうち利子がついてくるので、実際はもう少し余裕があるだろう。
だがまて、日本銀行券をそのまま魔法で生み出して貰う訳にはいかない、それだと、ただの高度な偽札になってしまう。この世界の事だ、きっとそういうオチがつきそうだ。電子マネーも銀行データの改竄になるだろう。資産家の遺言を書き換えるとか、いや、それももめ事の種っぽい。
宝くじならどうか、と思ったが、80億円も当てるのは相当な骨だ。何年も時間をかければいいのかもしれないが、後々、後続の勇者と願いがバッティングしてしまった場合を考えると、たぶん難しいはずだ。
だったら、金塊でも生み出してもらうのが得策だろうか。……いや、これも警察にどこで拾ったか疑われそうだ。庭で拾った埋蔵金とか言わないと、逮捕されそうな気がする。
しかし埋蔵金にしても問題がある。確か、他人の土地で金塊を発見したら、その土地の持ち主に金塊の所有権があるので、発見者は謝礼に1割ほど貰えるという話だった。
実質的に俺の手取りはかなり減る事になる。
それに、今後、同じように金塊を手に入れた勇者達が換金すれば、金の相場はどんどん下落していくはずだ。80億円は増えるどころか、どんどん減っていくことになる。
しかし……背に腹は抱えられない。
こういうのは、早い者勝ちだ。
「飛竜……じゃあ、俺に……」
いやまて、考えなおせ、俺。
25万人が時価80億円分の金塊を生み出してもらえば……2000兆円だぞ。
冗談抜きで、世界規模で経済に影響がありそうなんだが……どうなるんだ、それ。世界の経済が破綻した場合、俺の生活は保障されるのか?
俺のせいで戦争が起こって、スーパーに食品がひとつも並ばないような事態になったら、困る。そうなったらまた誰かが『再召喚』されれば良いだけの話だろうが。
……そうか、勇者クレゾールの召喚された惑星ミルフも、たぶん、そういう事の繰り返しで荒れてるんだろう。
これも召喚の弊害のひとつなのかも知れない。
飛竜は、俺の内面の心の動きを見透かしているみたいだった。
どうして今、飛竜がそんな事を俺に尋ねたのか。
分かっている、いったい俺が何を望んだ所で、この世界で俺が戦ってしまえば、最終的に『絶望』するしかないからだ。
俺は、小さく息を吸った。
「……まて、考え直させてくれ」
「ほう、金塊は要らないか?」
「要らねぇよ……大体それ、どこに持っていけばいいんだ? 換金の仕方なんて、知らないし。コンビニでもできんのかよ、それ」
なるべくクズっぽい言い訳で、言葉を濁した。
持ったことないけど、重いってよく聞くし、夏場には重労働だろう。
じゃあ、魔法でこの世界をより良くして貰えばいいのか?
それは具体的に言うと、どうするって事だ?
すでに複数の世界から魔法使いを召喚しているんだ、魔法で改善が出来るなら、もうとっくにしているはずだ。
この世界の魔法が、魔法少女のアニメみたいに因果律を変えてしまうくらい万能だったらよかったのに。魔法に溢れたこの絶望の世界では、魔法ですら無力だった。
けっきょく何を望んだ所で、俺の運命はここでどん詰まりだった。
何かを望んだ時点で、俺は地球に災厄をもたらせてしまうことになっている。
何も望まなければ、そもそもこの世界で戦う意味すら無い。
食事メニューを改善して貰えばいいのか?
勇者ギルドを結成して、助け合う組織を作って貰えば、いいのか?
俺に必要な物は、いったい何だったんだ。
不意に、俺は自分の足元に目を向けた。
雪に半分埋もれている、勇者クレゾールの姿があった。
早くこいつを、戦場に運んでやりたかった。
「飛竜……俺は、こいつと一緒に戦える力が、欲しかった。せめて、こいつの力になれるくらいに」
「それは長く険しき道ぞ。貴様もこの世界に60回召喚されて、同等の力を手に入れるか?」
俺は、首を横に振った。
……できない。
俺はなんて無力なんだ。
自分の世界で自分のために願いを叶えようとすれば、戦いたくない俺には使い道がない。
かといって、他人のために願いを叶えようとすれば、たった1回では力が及ばない。
戦わなければならないのだ。戦っていなければ、意味が無いのだ。
絶望の世界で、何度も、何度も、繰り返し戦わなければならない。
そこには絶望しかないと分かっているのに。
「飛竜……もし俺に『勇気』をくれって言ったら、お前はそれをくれるのかよ?」
この世界で、戦い続ける『勇気』を。
俺は冷たい雪を握りしめ、勇者クレゾールの胸ぐらを掴んだ。
「この絶望の世界で、たった一人の仲間を、最後まで信じてやる『勇気』をッ! 『俺も一緒に戦う』って、たとえウソでも言ってやれるだけの『勇気』を……ッ! そのウソを本当に変えてしまうぐらい戦い続けられる『勇気』を……お前は俺にくれるのかよッ!」
言ってしまった。
異世界のたった一人の仲間の為に、大勢の地球人を戦いに巻き込んでしまう、最悪のひと言を。
……ちくしょう、なんてクズだ、俺は。
まさに、人類の敵だった。




