第三章 4 『第二十七位の席』
フィレナと別れたあと、イェルシェリナは中央施設の案内図をもう一度確認した。公開合同演習への参加希望は既に決まっているが、その申請を進める前に、国際会合そのものにおける四人の権限を確定させておく必要がある。
入口で済ませたのは入場と随行資格の登録であり、会合の議事区画で誰がどの立場から発言できるかは、別の確認事項だった。
「リゼルヴェート、少し付き合ってくれるかしら。正式な出席権限を確認しておきたいの」
「うん! でも、さっき登録は終わったんじゃなかった?」
「施設へ入るための登録は終わっているわ。ただ、会合で発言する権限は別なのよ」
「なるほど……。難しいね」
リゼルヴェートは素直に頷き、イェルシェリナの隣へ並んだ。先ほどフィレナに案内してもらったおかげで主要な通路は把握できているため、今度は迷わず目的地へ向かえる。
ゼルディヴァンとルシェルトもそれぞれ資料を取り出し、アシェラは少し後ろから五人の歩みに合わせていた。
議事参加に関する手続き窓口は、中央広間から一つ奥へ進んだ区画に設けられていた。入口には複数の受付台が並び、その上には参加者の所属国や立場に応じて異なる書類が置かれている。
イェルシェリナが列の先を確認すると、軍装姿の一団と、商人のような服装をした男女が、それぞれ別の手続きを進めているところだった。
「……同じ至冠者でも、使ってる書類が違うんだな」
「ええ。国によって至冠者の所属や権限の扱いが異なるのでしょうね」
「そっか。私たちみたいに派閥で来てる人ばっかりじゃないんだ」
リゼルヴェートの言葉に頷きながら、イェルシェリナは受付台へ視線を戻した。前方にいる軍装姿の男性は、本人の認証札に加え、所属する軍の命令系統を証明する書面を提出している。
その隣では、別の参加者が国家の代表者を通さず、自分自身の署名で出席条件を確認していた。
同じ至冠者であっても、国家の軍籍へ完全に組み込まれている者と、独立性の高い立場を維持している者がいるらしい。至冠印を持つことと、所属国の中でどのような権利を持つかは、必ずしも一致しないのだろう。
イェルシェリナはその違いを興味深く眺めながら、自分たちに適用される条件を頭の中で整理した。
「次の方、どうぞ」
受付職員に呼ばれ、イェルシェリナは四人分の参加書類を提出した。職員は既に確認済みの入場登録を照合し、ノルシェリア派の代表者欄へ目を留める。
リゼルヴェートの名前と順位を確認したあと、彼は書類を一枚めくってから質問を向けてきた。
「こちらの三名は、アルシェノア至冠者の随行者として登録されていますね。議事区画への同席を希望されるということでしょうか?」
「ええ。ただし、単なる付き添いではないわ。私たちはそれぞれ、正式な役割を持つノルシェリア派の構成員よ」
「承知しました。では、各人の権限を確認させていただきます」
イェルシェリナは王廷との取り決めを示し、ノルシェリア派に認められている対外折衝権限について説明した。国家全体を無制限に拘束する権限ではないこと、リゼルヴェート本人の意思を尊重すること、重要な合意には王廷への報告と必要な調整が伴うことも明示する。
職員は一つずつ確認しながら、会合側の規約と照らし合わせていた。
「代表者はクロヴェリア殿、情報・分析担当がアルネグラート殿、移動・実務担当がヴァルネイド殿。アルシェノア至冠者本人の決定権は、別に保持されるという理解でよろしいでしょうか?」
「そのとおりよ。私が交渉窓口を務めるからといって、リゼルヴェート本人の権利まで取得するわけではないもの」
「分かりました。提出書類の内容とも一致しています」
職員は手続きを進めながら、議事区域での発言に関する注意事項を説明し始めた。正式な議題では登録された代表者や随行者も発言を求められるが、発言できることと議決権を持つことは別であり、国家を拘束する決定をその場で自由に下せるわけでもない。
イェルシェリナにとっては当然の区別だったが、曖昧にしたまま参加すれば後々の問題になりかねない部分だった。
「発言を求める場合は、議事進行に従って申請してください。登録された役割に関する説明や意見表明は認められますが、個別議題によって条件が異なります」
「確認したわ。本人の意思決定と、代表者としての発言も分けて扱われるのよね?」
「はい。至冠者本人の同意が必要な事項を、代表者の発言だけで成立させることはできません」
イェルシェリナは頷き、必要な箇所へ署名した。リゼルヴェートの力が王国の外交的価値を高めたことは確かだが、その力を理由に、彼女の意思や三人の専門性まで一つにまとめて扱われることは避けたい。
今回の書類がその区別を明確にしていることを確かめ、ようやく肩の力を少し抜いた。
「ねえ、イェルシェリナ。つまり、私が質問されたら私が答えて、みんなに関係する話ならイェルシェリナたちも話せるってこと?」
「基本的にはそういうことよ。ただし、議題によって手続きが違うから、何でも自由に発言できるわけではないわ」
「うん! ちゃんと聞いてから話すようにする!」
「それなら大丈夫でしょうね」
リゼルヴェートは嬉しそうに頷き、受付台に並ぶ書類を眺めた。複雑な権限の違いをすべて理解しているわけではなさそうだが、自分だけでなく三人にも発言の機会があることは伝わったらしい。
イェルシェリナはその反応を見ながら、ここまで積み重ねてきた交渉が無駄になっていないことを実感した。
そこへ、別の受付台から少し強い声が聞こえてきた。軍装姿の参加者が、随行者の一人を議事区画へ入れたいと申し出ているらしい。
職員は提出された書類を確認し、所属国の軍事指揮系統に関する記載と、会合での発言権限が別であることを説明していた。
「軍の正式な随行者であることは確認できています。ただし、この方が議事で所属国を代表して発言できるかどうかは、別途確認が必要です」
「軍の命令書だけでは足りないのか?」
「会合における代表権限は、所属国の内部命令だけで自動的に成立するものではありません」
やり取りを聞きながら、イェルシェリナは先ほど見た書類の違いを改めて考えた。国家の軍事組織へ深く組み込まれた至冠者であれば、戦闘に関する命令と外交上の発言が別々の指揮系統に属していることもあるのだろう。
反対に、独立した立場の至冠者であれば、本人の意思を直接確認する方が早い場合もあるはずだった。
「……国家ごとに、至冠者の扱い方そのものが違うんだな」
「そうね。至冠序列は世界共通でも、国家の制度まで統一されているわけではないもの」
「リュネヴァルトで俺たちが認められた条件も、他の国じゃ当たり前とは限らないってことか」
ゼルディヴァンとルシェルトの言葉に、イェルシェリナは頷いた。リュネヴァルトでは王家との協議を重ね、本人同意と派閥の独立性を確保する仕組みを作ってきた。
けれど、それを最初から当然の権利として認める国もあれば、国家の命令系統を優先する国もあるのだろう。
その時、窓口の奥から見覚えのある男性が歩いてきた。濃灰色の実務礼装に銀章を付けたレオルディス・ハルヴェインは、複数の認証札を確認しながら職員へ指示を出している。入口での騒動を収めたばかりのはずだが、その足取りにはほとんど迷いがなかった。
「クロヴェリア殿。議事参加の権限確認ですね。手続きは順調でしょうか?」
「ええ。入場時の登録内容と、議事区画での権限を照合しているところよ。随行者三人の発言条件も確認できたわ」
「それなら結構です。アルシェノア殿の第二十七位としての登録も、正式に反映されています」
レオルディスは受付の台帳を確認し、職員へ最後の処理を指示した。間もなく四人分の議事参加資格を示す認証札が揃い、リゼルヴェートには至冠者本人のもの、三人にはそれぞれの役割に応じたものが渡される。
アシェラについても、事前に認められた同行資格の範囲で、立ち入り可能な区画が改めて説明された。
「これで、私たち四人とも会合で発言できるの?」
「所定の議題と手続きに従えば可能です。ただし、発言権と決定権は同じではありませんので、その点はご注意ください」
「うん! 分かった!」
「……澪桜。たぶん全部は分かってない」
「アシェラ! ちゃんと聞いてたよ!」
リゼルヴェートとアシェラのやり取りに、レオルディスはほんの少しだけ目元を緩めた。イェルシェリナは三人の認証札を確認し、それぞれに必要な記載が揃っていることを確かめる。
これで、ノルシェリア派は第二十七位の至冠者一人に付き添う集団ではなく、役割を持つ四人の参加者として正式に扱われることになった。
手続きを終えて受付台から離れようとした時、隣の窓口から落ち着いた男性の声が聞こえてきた。
イェルシェリナは何気なく視線を向け、そこで一人の長身の男性に目を留める。灰銀色の髪には襟足へ向かって濃い紺紫が混じり、濃紺と灰白を基調とした長衣には細い銀板が幾つも取り付けられていた。
「――四十ポイント以上の保有者に認められる権限について、確認したいことがあります。行使する場合の手続きと、事前確認の範囲を分けて説明していただけますか?」
「承知しました。《至冠審議請求権》についてですね。保有資格の確認と、実際に審議を請求する手続きは別になります」
「ええ。現時点で行使する予定はありません。資格の範囲を把握しておきたいだけです」
男性は静かな声で説明を求め、職員の回答を一つずつ確認していた。表情に大きな変化はなく、言葉遣いも丁寧だが、質問の内容には無駄がない。
イェルシェリナはその様子を見ながら、単に特権を持っているだけではなく、制度の運用まで理解しようとしている相手だと感じた。
受付職員が資料を確認する間、男性は隣の窓口へ視線を向けた。淡い青灰色の瞳がイェルシェリナを捉え、続いてリゼルヴェートの認証札へ移る。名前を見つけたらしく、男性はわずかに眉を動かしてから、礼儀正しく頭を下げた。
「失礼。リュネヴァルト小王国のノルシェリア派の方々ですね?」
「ええ。そうよ。あなたは?」
「セドリオ・アーヴェルクと申します。ローディヴァル王邦連合所属、至冠序列第二十三位です」
イェルシェリナはその名前を記憶の中の資料と照合した。第二十三位という順位だけでなく、王邦連合に所属する上位至冠者の一人として、ゼルディヴァンが事前に確認していた人物だったはずだ。
本人を直接見るのは初めてだが、落ち着いた態度と無駄のない言葉遣いには、確かな自信が感じられた。
「イェルシェリナ・クロヴェリアよ。こちらはリゼルヴェート・アルシェノア。ほかの三人についても、正式な登録を終えたところよ」
「存じています。短期間で第二十七位まで上がったアルシェノア嬢の戦歴は、こちらでも話題になっていますから」
「えっ、私のこと知ってるの?」
「もちろんです。レグシェリア、ユルディオ、サルディオンとの戦歴は確認しています。あなたが強いこと自体を疑う理由はありません」
セドリオの返答に、リゼルヴェートは嬉しそうに笑った。イェルシェリナはその隣で、相手の言葉の選び方を注意深く聞いていた。強さを認めると言いながら、そこに別の評価基準が存在することを示すような言い回しだったからだ。
「ただし、一つ興味深いことがあります。今回の登録では、アルシェノア嬢だけでなく、クロヴェリア嬢たち三人にも正式な発言資格が認められているのですね」
「ええ。私たちは一つの外交単位として参加しているもの。リゼルヴェート個人の順位とは別に、派閥としての役割と権限があるわ」
「なるほど。では、その権限はリュネヴァルト王廷との正式な取り決めに基づくものだと理解してよろしいですか?」
「そのとおりよ。もちろん、国家全体を無制限に拘束する権限ではないわ」
セドリオは小さく頷き、何かを確認するように認証札へ視線を戻した。イェルシェリナには、彼が権限そのものを否定したいのではなく、その成立根拠を確かめようとしていることが分かる。
少なくとも、至冠者の順位だけを理由に三人の存在を無視する相手ではなさそうだった。
「それなら、規約上は問題ありませんね。本人の意思と、代表者の権限も区別されている。実によく整理された参加形態だと思います」
「ありがとう。問題がないと分かってもらえたなら何よりだわ」
「ただ、私は少し慎重に考えるべきだとも思っています。至冠序列の上昇と、国際社会における発言力の拡大を、同じ速度で認めてよいのかという点についてです」
イェルシェリナは相手の言葉を聞き、ようやく関心の向けられている場所を理解した。セドリオはリゼルヴェートの実力を認めているが、戦闘で順位を上げたことが、そのまま外交や政治における実績を証明するとは考えていないらしい。
強者としての資格と、他者を代表して発言する資格を分けている点では、むしろ自分たちに近い部分もあった。
「その二つを混同するべきではない、という点には同意するわ。ただ、私たちの発言権はリゼルヴェートの順位だけを根拠に得たものではないのよ」
「もちろん、そこは理解しています。だからこそ、成立した権限の範囲を確認したかったのです」
「なら、問題は権限を認めるかどうかではなく、その権限をどう使うかという話になるわね」
「ええ。私は、与えられた権利を適切に使うことも実力の一部だと考えています」
セドリオはそう言って、受付台に置かれた資料を指先で揃えた。彼の手元には四十ポイント以上の保有者に関する規約があり、正式な資格確認を終えた印が記されている。
イェルシェリナは、相手が制度の細部を把握することに強い関心を持っているのだと改めて感じた。
「ところで、クロヴェリア嬢。あなた方は今回、発言資格を確定させるためにここへ来られたのですよね?」
「ええ。曖昧な立場のまま会合へ参加すれば、後で余計な問題が生じるもの」
「同感です。事前に確認できる条件を放置するのは、あまり合理的とは思えません」
その言い方には、相手を試すような響きがわずかにあった。イェルシェリナは不快には感じなかったが、こちらの考え方まで確かめようとしていることは伝わってくる。
セドリオにとって、制度の理解も準備も、その人物を評価するための重要な要素なのだろう。
「あなたも、四十ポイント以上の権限を確認していたようね。実際に使う予定があるの?」
「現時点ではありません。ただ、使える権利と、その条件を把握しておくことは重要でしょう」
「ええ。使う必要が生じてから調べ始めるより、ずっと確実だもの」
「その点では、私たちの考え方は近いようですね」
セドリオの口元が、ほんのわずかに動いた。笑みと呼べるほど大きな変化ではなかったが、少なくとも会話を不快に感じている様子はない。
イェルシェリナも、彼が単なる権威主義者ではなく、制度を理解した上で自分に有利な条件を確保しようとする人物だと評価を改めた。
ただし、その考え方が常に自分たちと一致するとは限らない。セドリオは正規の権利を行使することに躊躇がなく、準備や手続きまで含めて実力と考えているらしい。
リゼルヴェートの戦闘力を認めながらも、政治的な発言力まで急速に拡大することには慎重な態度を示している以上、今後の会合で意見が分かれる可能性は十分にあった。
「それでは、私はこれで失礼します。アルシェノア嬢とも、いずれ正式な場でお話しする機会があるでしょう」
「うん! その時はよろしくね、セドリオ!」
「ええ。こちらこそ」
セドリオはリゼルヴェートへ礼儀正しく頷き、続いてイェルシェリナへ軽く一礼した。背を向けた彼の長衣が揺れ、銀板の細い装飾が廊下の光を反射する。
イェルシェリナはその後ろ姿を見送りながら、先ほど交わした言葉を頭の中で整理していた。
「……第二十三位か。想像していたより、ずっと制度に詳しい人物だったな」
「ええ。順位だけを見て判断できる相手ではなさそうね」
「俺も気になった。四十ポイント以上の権限を確認してたってことは、それだけの戦歴があるんだろ?」
ルシェルトの言葉に、イェルシェリナは頷いた。セドリオの累計ポイントは四十三と記録されているため、四十ポイント特権の資格を持っていること自体は不思議ではない。
けれど、どのような勝利を積み重ねてその数字に到達したのかは、順位だけでは判断できなかった。
「ゼルディヴァン、戻ったらセドリオの公開戦歴をもう一度確認しておきましょう。今の会話だけでも、興味深い相手だと分かったわ」
「分かった。第二十三位で四十三ポイントなら、順位と勝利の積み重ね方を分けて見る必要があるな」
「ねえ、セドリオって、なんだか難しいことをいっぱい考えてる人だったね!」
「そうね。でも、言っていることが全部間違っていたわけではないのよ」
リゼルヴェートは少し首を傾げたが、イェルシェリナの説明を聞く姿勢を崩さなかった。相手の言い分に一理あると認めることと、その相手へ自分たちの権利を譲ることは別である。
イェルシェリナはその違いを改めて伝えながら、四人分の議事参加資格が記された書類を確かめた。
第二十七位という順位によって、リゼルヴェートは世界中から注目されるようになった。けれど、この会合で彼女の隣に座る三人の席は、至冠印のおまけとして与えられたものではない。
それぞれが積み重ねてきた仕事と、王廷との正式な取り決めによって得た権限なのだと、イェルシェリナは改めて確かめていた。
廊下の向こうでは、セドリオの姿が別の受付へ向かう人々の間に消えていった。すれ違いざまに残された一礼は、最後まで礼節を崩さないものだった。
敵意はなかった。それでも、力ではなく制度の読み方でこちらへ踏み込んでくる相手だということだけは、イェルシェリナには十分に分かった。




