第八話:鏡の裏の間者
後宮の西棟、空き部屋となった一室。
緋燕は、鴇英と共に“鏡の調査”に乗り出していた。
「この鏡、裏面に微かな細工がある。鋲の一つが抜けるわ」
「……開いた!」
緋燕が鏡の裏板を剥がすと、そこに巻かれていたのは――紙ではなく、絹。
細かい文字で記された名の列。ほとんどが“宦官”あるいは“消えた女官”の名。
「これ……“失踪者の名簿”? でも、どうしてここに?」
「しかもこの鏡は、皇帝の御影間にあった物の複製と同じ作り。つまり、偽装して運ばれたってことね」
緋燕は、絹の巻物の端に付けられた印に目を留める。
(これは……兄の筆跡――!)
震える指でなぞるその名前の下には、短く一言だけ。
>《“影鶯”はまだ生きている》
影鶯――兄がかつて使っていた諜報名だ。
「……兄は、生きていた。あるいは、死ぬ直前まで何かを託そうとしてた」
鴇英も言葉を失い、黙って頷く。
その時、部屋の外で音がした。
「誰か……来た!」
扉が開きかけた瞬間、緋燕は机の裏へ。
鴇英は素早く絹を懐に隠し、呼吸を止める。
現れたのは――蒼璟。
彼は部屋に入ると、無言で鏡台の上を見つめ、ゆっくりと呟いた。
「……影鶯。まだ動いているのか」
その名を知っている――!
緋燕は息を呑み、暗がりから彼の後ろ姿を睨みつけていた。