山菜取り行こう!
和馬が加入した次の土曜日、早速山菜採りに出かけることになった。
目的の笹竹の成長は早く、今の時期を逃すと旬を逃すためだった。
山菜取りに参加する部員は事前に和馬から聞いていた服装、装備を準備し、早朝5時に極北中学校に集合した。
和馬の祖父は、立原政志といい、現在69歳である。60歳まで林野関係の仕事をしていた。それ以降は、鳥獣保護管理員として働いていたが、65歳で年金を受給すると共に退職し、それ以降は和馬の家の近所に住んでいることもあり、共働きの和馬の両親の代わりに政志の妻の伸江(和馬の祖母)と一緒に両親の不在時には面倒を見てくれていた。
和馬は祖父母には、幼い頃から可愛がられており、和馬にとっては両親と同じくらい身近な存在であった。
そして祖父は以前に、猟友会に所属していたハンターでもあった。
経験豊富で優秀なハンターであったが、ある日警察の要請を受け、熊の駆除に出かけたとき、民家に向け発砲したとのことで、猟銃の所持許可が取り消され、それをきっかけにハンターをやめた。
祖父の車は、10年前に祖父が買ったトヨタ製のミニバンだった。和馬が3歳になり、祖父母、和馬の両親と共に旅行に出かけるため、祖父が新車で購入した車であり、和馬にとっては楽しい思い出がたくさん詰まった車であった。10年前の車であるが、祖父が丁寧にメンテナンスしていたため、とても調子が良く、快適な車だった。
目指す場所は、旭川近郊の千葉牛峠だった。ここは、千葉牛ダムの周辺を囲むような峠道で、隣の深川市と繋がる道路だった。
うっそうとした木々に囲まれ、標高が高いせいもあり、気温が5度ほど低い。
早朝5時に出発し、6時前には祖父と和馬しか知らない笹竹の採取ポイントへ通じる入り口に近い場所に車を止めた。
祖父の政志は「わしが先頭になっていくから。みんな後をついてきて。和馬、お前は一番最後にな。」
和馬は「わかった。」と言い、列の最後尾についた。
政志を先頭に、エカテリーナ、連、煌、ゆり、和馬の順番で山道に入っていた。
政志は迷うことなく、山道を進んでゆく。エカテリーナたちから見れば、単なる雑草が生い茂っているが、政志には微妙な雑草の倒れ具合などから、獣道を探し出し、進んでいく。
「山にはいろいろ目印があってな、それを目当てに進んでゆくんだ。」
そうは言っても何が目印なのかエカテリーナたちにはさっぱりわからなかった。
和馬がちょっと恥ずかしそうに言った。「実は僕も、いまだによくわからないんだ。」
「ほら、ここだ。」政志が指をさした。
笹が密集しているが、その根元には細い筍がたくさん生えていた。
和馬が言う。「さあ、みんな採取しよう。」
エカテリーナが恐る恐る山菜採取用のハサミで切って採取する。
連と煌はナイフを使ってテンポよく、次々と採取する。
そのうちみんな慣れてきて、嬉しそうに騒ぎながら採取していた。
気が付くと、結構な量を採取していた。
政志が「よし、全部取らないで、少し残しておくことがコツなんだ。今日はこれくらいにするか。」
そしてもと来た道を帰ろうとしたが、政志は足を止めた。




