怒りから祈りへ
小さいころの駒場 煌の部屋には、いつも爆音が満ちていた。
きっかけは父だった。 タトゥーの入った大きな背中、擦り切れたバンドTシャツ、 そしてガリガリと削るようなギターソロ。
「音楽ってのはな、理屈じゃねぇ。体が先に動くもんだ」
父は煌が7歳のとき、象さんの形をしたショートスケールのアンプ付きエレキギターを買ってくれた。リサイクルショップで買った中古だったが、パステルグリーンの可愛らしいギターで、小さな体に馴染んだ。父はボディの裏側に油性マジックで「キララ」とカタカナで書いて、こう言った。
「お前の音を作れ。間違ってても、カッコつけなくてもいい。」
その日から煌の“爆音人生”が始まった。
だけど、父はある日突然いなくなった。 家には父が使っていたエレキギター(フェンダーメキシコ製のテレキャス)と、古びたピグノーズの小型アンプと、父のノイズだけが残された。
煌はその後もずっと、ギターをかき鳴らした。 でも“何か”が抜け落ちたようだった。 どれだけ音を歪ませても、心だけは響かなかった。
そんなとき――たまたま入ったアイヌ記念館で出会った“鳴らさない楽器”。 トンコリ。
最初は馬鹿にした。
「こんな控えめな音じゃ、心に火はつかねぇよ」
でも、触れてみて、わかった。
(……この音、空間が響いてる)
アンプを歪ませたエレキギターの爆音とは違う、“風のような声”。
煌は気づいた。 自分がずっと鳴らしてきたのは、“音”じゃなく、“怒り”だった。
でも今、初めて奏でたのは――“祈り”だった。




