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ドラゴン楓花、怒りの鉄拳

 練習が終わってスポーツドリンクを一気飲みすると、今日も琴音ちゃんと他愛のない話をしながら一緒に学校から帰る。


 前に変な空気になったこともあったせいか、恋愛の話はしないでクラスの面白い奴とかお笑い動画の話が中心になっていた。


 そんな時、なんだかオラついた感じの高そうな車がこちらへ向かって近付いて来た。車が私たちの傍に停まると、運転席にいた人が降りてくる。


 何となく嫌な空気を察知して、私は心の中で身構える。さすがにファイティングポーズは取らないけど、相手が何をしてきても大丈夫なようにしておく。


「君が楓花ちゃん……かな?」

「そうですけど、何ですかあなたは?」


 知らない奴からいきなり「ちゃん」付けで呼ばれて、私はイラっとして睨みつける。


 思ったよりも高めの声で訊いた男は日焼けしたイケメン風の若作りで、ツーブロックの生え際が気持ち後退していた。多分ハゲるんだろうなって思うけど、今のところは髪が残っているせいでちょっとヤンチャそうなイケメンではある、という感じの人だった。


 服装は縦のストライプが入ったオラオラ系ダブルスーツで、ガラの悪いシマウマみたい。川辺でバーベキューするのが好きなヤンキーが正装用に持っていそうな特注品って感じで、値段が張る以外に何のメリットもなさそうなデザインだった。


 そんな人が高そうな左ハンドルの車から降りてきて私に話しかけてくるっていうんだから、怪しいなんてものじゃない。明らかに、誰が見ても不審者だった。


「……いや、俺は別に怪しい奴じゃないよ?」


 私のテレパシーが伝わったのか、声の高いツーブロックは急に弁明をはじめる。めっちゃ怪しいんですけど。


「俺は鬼門プロモーションっていう芸能事務所をやっていて、そこの代表取締役ってやつだ」


 男はトライバル柄の意匠が入った名刺を手渡してくる。名刺を見ると、「鬼門プロモーション 代表取締役 鬼塚豪鬼(おにづか ごうき)」と書いてあった。鬼も漢字が二つもあって、なんかそれだけでうるさい感じがした。


「それで、その芸能事務所の社長さんが私に何の用なの?」

「おお、話を聞いてくれるか。それはありがたい」


 別に話を聞いてあげるとは言っていないのに、鬼塚は勝手に話をしはじめる。


「さっきも言った通り、ウチは芸能事務所でな。日頃から未来のスターも発掘している」

「うん」

「そこで、ネットに出回っている君の動画を観た。いやあ、すごいよ。俺も昔はボクシングをやっていたんだけどさ、あんな風に対戦相手を吹っ飛ばすなんて男子ですら出来ることじゃないよ」

「そいつはどうも」


 私の動画は負けた志崎との試合だけでなく、それまでに対戦相手を派手に倒してきたものや、男子部員がバズりたさに「衝撃映像」とかの大げさな文言を付けて動画サイトに上げたものがある。


 それは志崎由奈とともにアホみたいにバズって、ネットの世界では「由奈ちゃん派」と「楓花ちゃん派」の二大派閥が出来上がっている。そうやって私の懐には一円も入らないのに、汚い大人たちが花のJKをあの手この手で食い物にする。ネットの闇をまざまざと感じた一連の流れだった。この鬼塚という男も、それらのバズっぷりを見てハイエナみたいに寄ってきただけなんだろうと思う。


「それで、そんなに忙しい芸能事務所の社長様が、どうして私みたいな高校生に用があるの?」

「決まっているさ。ネットで騒がれている美少女ボクサーが本当に言われているほどかわいいのかって確かめてみたくてね」

「あらぁ、そいつはお忙しい方どすなぁ」


 京都メソッドで嫌味を言うも、気にしていないのか、それとも単にバカなのか鬼塚はまったく意に介していなかった。


「ああ、忙しい中でわざわざ来た甲斐があったよ。君は想像以上の美少女だった。真面目に千年に一度のアイドルと張り合える逸材だぞ、こりゃあ」


 鬼塚は直球で私の容姿を絶賛した。


 褒めてくれるのはありがたいけど、何だかそれ以上の意図を感じる。別に第六感なんて働かせなくても、こんな奴に関わっちゃいけないぐらいのことは分かる。


 そんな私の心理も知らずに、ツーブロックは話を続けた。


「それじゃあ、今日こうやって君に会いに来た理由をはっきり言おうか。楓花ちゃんよ、俺のところからアイドルとしてデビューして、いっちょ天下を獲ってみないか」

「しょーもな。そんなの、やらないわよ」

「早いな、おい」


 突っ込んできた相手に右ストレートを打ち下ろすように、私は鬼塚の打診を一蹴した。


 何が悲しくてこんな反社の事務所からデビューしないといけないのか。いくら何でも、それは「ここは落とし穴です」と書かれた穴に落ちるようなものだ。そんなバカはいない。


「私はね、志崎にリベンジするしか頭に無いの。知らないオッサンを相手に心にもない『愛してる』を振りまいていられるほどヒマでもないの、分かる?」

「そうは言うけどよ、本当にアイドルの素材として君は奇跡以上の何物でもないんだぞ? ボクシングでは一番になれなかったかもしれないけど、アイドルだったらAKBだろうが乃木坂だろうが相手になりゃしない。それが君の持っているポテンシャルってやつだ」


 ――ブチっ。



「誰が……」

「ん?」

「誰がボクシングで一番になれなかった永遠のナンバー2だああああああ‼」


 振り抜く怒りの右ストレート。鬼塚は「うおあああ⁉」と言ってガードするけど、その衝撃で吹っ飛ばされて後ろに一回転してから電柱にぶつかって止まった。


「……そこまで、言ってねえじゃねえか」

「うるさいわね。私にはそう聞こえたの!」


 そうだ。発言のディテールは問題じゃない。


 この男は、私の触れてはいけない心の傷に触れた。それだけで万死に値する十分な理由になった。


「楓花ちゃん、あの人、大丈夫かな……?」

「気にしなくていいから。帰るよ!」


 私は琴音ちゃんの手を引いてその場を去っていく。


「お前、憶えてろよ……」


 昔の小悪党しか言わなそうなセリフが後ろから聞こえてきた。私はその言葉に反応せずに琴音ちゃんを連れて行く。


 見た目がアイドルな琴音ちゃんも、もしかしたらこいつに狙われるかもしれない。そんなことがあっていいはずがない。だから私は、琴音ちゃんをこいつの魔手から守ろうと決めた。


 まったく、今の時代は下手に有名になるとロクなことがない。こういう悪い奴らから、自分だけでなく周囲の人も守らなくちゃ。

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