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■第3部 一撃女子のJK

■第三部に入る前に


 ここから先は志崎由奈のライバルである天城楓花のストーリーになります(インターハイの決勝で闘い、吾妻タツのもとへと一緒にカチコミをした彼女です)。見た目は千年に一度のアイドルにも似た彼女の活躍をお楽しみ下さい。


   ◆


 ――国体の決勝。


 リングに立つ私はイラついていた。理由は、決勝戦の相手が「あの女」じゃないから。


「あいつは、一体どこをほっつき歩いているの」


 呪詛のように漏れる言葉。反対側の青コーナーには、名前も知らないどうでもいい相手が高速のシャドウボクシングで私を威嚇している。


 だけど、それもお笑いぐさだ。


 ――だって私は、「前世」で男子の世界ランカーだったんだから。身の程知らずがどんな目に遭うか、これからしっかりと教えてあげる。


 リング中央でレフリーに諸注意を与えられる最中、相手はひたすら私のことを睨みつけていた。そうやって少しでも精神的な揺さぶりをかけようってことだと思うけど、焼け石に水ですらない。


 私は静かに相手を見据える。かわいそうに。このコはあと数十秒もしたらマットを這っているのだから。


 私たちは両コーナーへと分けられて、試合の開始を待つ。


 ゴングが鳴る。勢いよく飛び出す相手。私はゆっくりとコーナーを出る。


 ガードを上げて、その隙間から相手の動きを観察する。


 せわしないステップ。左右へと細かく動くフットワーク。どれもこれもがこざかしい。そんなもので、私を攪乱出来るはずがない。


 不意を突くとばかりに斜め前からステップインして放たれるストレート。相手の拳がガードの上を叩いた瞬間に、高速で左フックを放つ。


 会場に轟音――時が止まったような静寂とともに、相手が前のめりにキャンバスへと崩れ落ちる。うつぶせに倒れた相手は、銃殺された人のように動かなくなった。


 ダウン。まぎれもないノックダウン。アマチュアで、しかも女子の試合では滅多にお目にかかれない光景。


 会場は沸き立つというより、戦慄で静かになっていた。あまりにも圧倒的な力量差。たった一撃で、決勝戦の勝負は決した。


 レフリーが問答無用で試合を止める。あまりにもあっけない幕切れ。国体の決勝は十秒そこそこで決着がついた。


 凍り付いていた観客たちがざわめく。そこに祝福するような空気は無く、誰かが目の前で熊にでも襲われたかのように、口を開くべきか躊躇っていた。


 一撃で倒された相手は意識こそ取り戻したものの、何が起こったか分からないといった顔で立ち上がることが出来なかった。ダメージが残っている可能性もあり、念のためにと担架で運ばれていった。


 戦慄のKO――文字通り、私の放った一撃は会場にいる誰をも黙らせた。


 試合時間よりもだいぶ経ってから勝ち名乗りを受けると、ようやく声を発していいと許可されたかのようにあちこちから声が上がりはじめる。レフリーに手を掲げられる私は、きっと笑顔なんかじゃない。


 茶番だ、何もかも。


 私は志崎由奈にリベンジを果たすために、文字通りに血の滲むような努力をしてきた。


 それなのに、決勝戦に志崎の姿は無かった。彼女のいない決勝戦なんて、何の価値も無い。


 ねえ、あなたはどこへ姿を消したの?


 私から逃げた? まさか。あなたはそんなタマじゃない。


 そうなると、海外まで遠征にでも行っているの?


 どちらにしても、志崎とはある日を境に電話も繋がらないしLINEも既読が付かない。何かがあった。そうとしか思えなかった。


 リングを下りると、どこかの女子アナが恐る恐るといった風に私の方へと近付いてきた。よっぽどひどい殺気を放っていたみたい。


 ああ、そうだった。優勝すると、ネットの中継に向けてインタビューがあるんだった。彼女も仕事だから仕方がないとは思うけど、インタビューに気乗りしなかった。


「それでは決勝戦をKO勝利で収めた、天城楓花選手のインタビューです」

「どうも」


 自分でもひどいなと思いつつ、愛想ゼロの棒読みで答える。優勝者の声を伝えるってことだけど、私としては早く帰りたい。


 控えめな拍手が響く。とても祝福とは言えない空気だったけど、インターハイのあたりから出現しはじめた「楓花ちゃん派」のファンたちが盛り上がって騒ぎはじめる。葬式みたいな空気を終わらせてくれて、初めて彼らに感謝した。


 ようやく温度を取り戻しはじめた会場をよそに、女子アナの質問が始まる。


「先ほどにも言いましたが、決勝戦ではまさか早期決着になりました。この展開は予想していましたか?」

「ああ、まあ……」


 どうしよう、もうすでに帰りたい。ほとんど答えていない私から、何とか言葉を引き出そうと女子アナが頑張る。


「決勝戦が終わったというのに、まだお顔は引きしまってますね」


 まあ、志崎が来ていないから怒っているだけなんだけどね――なんて言えない。私のレスポンスが悪すぎるせいか、周囲の人々が死にそうな顔になっている。ああ、放送事故か。かわいそうだから何か言わなくちゃ。


「優勝は優勝かもしれないですけど、私としては優勝したつもりはないです。決勝戦は志崎選手とやるはずでしたから」


 とりあえずの本音を出してみる。誰もが知っていて、それでいて公然とは口に出せない事実。私の見つめていた標的は、この会場には来ていない。


「今の言葉にも出てきましたが、当面の目標としてはやはり志崎由奈選手へのリベンジをしたいというのがあるでしょうか」

「当然。やられたらやり返すのが私の流儀ですから」


 そう言って私は自分に向けられたカメラを睨む。この向こうに志崎がいるのかと思うと、思わず眉間に力が入った。


 志崎が謎の行方不明になっていることは関係者たちの中では知れ渡っている。だけど、本当に前触れもなく練習後に消えたそうなので、ただの気まぐれではないかという説もあり、今のところ事件化もしてはいないようだった。


 リベンジの必要もない志崎は、今頃日本のどこかでこの中継を観て嗤っているのだろうか。そう思うと腹が立ってきた。


 女子アナもそれを感じ取ったのか、私の言葉をさらに広げていく。


「それでは、このカメラに向かって志崎選手へのメッセージをお願いします」


 周囲の人々が息を飲む中、私はカメラを睨んだ。


「志崎、私から逃げるなんて許さないよ。地獄の果てまで追いかけてやるからね。覚悟しなさいよ」

「はい、どうもありがとうございました!」


 それ以上言われたらたまらないとばかりに、女子アナがインタビューを打ち切った。


「こえーよ楓花ちゃん」


 ファンの一人がどこかでひとりごちる。きっとこの会場の総意なんだろうなって思う。悪いなって思ったけど、少なくとも今の私はプロではない。


 声援や祝福に対して愛想も何も無く、私は俯いて会場を後にした。

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