第3部 エピローグ
後から知ったことだけど、警察が現場になだれ込んできたのは志崎の通報が原因だった。
鬼塚との決戦前に「これからカチコミに行ってくるから明日になっても私から連絡が無ければ警察に通報して」ってLINEで送っておいたら、死亡フラグにしか見えないそれを見て慌てて通報したとのこと。
それで私の位置情報やら例の動画が中継されている件で居場所が特定されて……っていう流れみたい。余計なことをしてくれてって言いたいところだけど、試合後の半グレに囲まれた状況から抜け出すのはムリゲーに見えたので、通報してもらえて助かったと思う。
それはそれとして、鬼塚とのデスマッチが一部のユーザーからネット上に漏れているみたいで、権利者も逮捕されて訴えられないことから野放し状態で拡散されているらしい。ネットは大騒ぎになっているみたいだけど、私はいちいちそんなの見ない。SNSもそれほど必要性を感じていないし、ツイッターアカウントも削除しちゃおうか。
さすがに疲れたのもあって、琴音ちゃんと一緒にちょっとの間、休養を取ることにした。二人で目的もなく街をブラブラしたり、琴音ちゃんの家で仲良くゴロゴロする生活も悪くない。
今日は近所の公園のベンチで、二人仲良くボケーっと過ごす時間を楽しんでいた。陽の光が気持ちよくて、なんだか老人みたいな時間の送り方に見えなくもないけど、それでもこうやってのんびりしていられる時間は貴重だった。どうせすぐにエグい練習の日々が始まる。それまでに気力を回復させないといけない。
「こうやってのんびり出来る時間って、いいね」
「そうだねえ」
JKが並んで老人みたいな会話をしている。空にはでっかい鳥がつがいで飛んでいて、何の儀式か知らないけどグルグルと回っている。私はその光景を特に意味もなく眺めていた。
「琴音ちゃん、この前はごめんね」
空を眺めていると、本能的に私の口から謝罪の言葉が漏れる。
「ごめんって、どうして?」
いつもの三つ編みで、小首をかしげる琴音ちゃん。かわいい。
「何て言うかさ、私のせいで琴音ちゃんが誘拐されちゃったわけじゃない」
「そんなことないよ。楓花ちゃんだって助けに来てくれたじゃない」
「そうは言うけどさ、もうちょっと頭が回ったら琴音ちゃんにあいつの手が及ぶ可能性にも行き着いたと思うんだよね。実際に八村先生は狙われたわけだし」
結婚詐欺師のジュリアが鬼塚と繋がっているのに気付いて、ほとんど勝ったつもりになっていたのは私の手落ちだった。その後に反撃される可能性に気付いていれば……。今回は誰も犠牲にならなかったけど、そうじゃない世界線があったのかと思うとゾッとする。
琴音ちゃんもかなり怖い思いをしたはずだし、トラウマになっていたらどうしようっていう気持ちもある。何もかも私の手落ちだ。
だけど、当の琴音ちゃんは攫われる前と変わらない笑顔で口を開く。
「楓花ちゃんは真面目すぎるなあ」
「真面目過ぎるって……私が?」
「うん、そうだよ。色々あったのは事実だけどさ、わたしがピンチになって泣いている時に助けに来てくれた楓花ちゃん、本当にカッコ良かったよ。それこそ、漫画のヒーローみたいで」
「琴音ちゃん……」
琴音ちゃんが私の手に、自分の手を重ねる。体が熱くなる。心臓が高鳴って、鼓動が伝わってしまうのではないかと心配になる。
「これからもずっと、わたしの傍にいてね」
目を閉じる琴音ちゃん。気付けば、私も目を閉じていた。
唇に、ふんわりとした柔らかい感覚。それまでに感じたどんな感覚よりも尊い気がした。
唇が離れると、なんだかとっても切なくなった。目を開けると、照れ臭そうに笑う琴音ちゃんの顔がある。その顔がどうしようもなく愛おしかった。
「思わず……しちゃった」
「うん……」
それ以上のことは言えずに、数秒前の出来事が夢うつつの出来事なんじゃないかと戸惑っていた。
「……それで、返事は?」
「返事……?」
「その、いつまでもわたしの隣にいてくれる?」
琴音ちゃんが恥ずかしそうに訊く。いじらしさに抱きしめたくなる。
「うん、いいよ。琴音ちゃんは、私のヨメ」
「やった! ありがとう、楓花ちゃん!」
琴音ちゃんが抱き着いてくる。思わず、その細い肩を抱きしめ返した。
生まれ変わって自分の性に戸惑ったりもしたけど、今の私には今の私にしかない人生がある。
自分がどうあれ、大切な人を守っていくってことが大事なのかな。その答えは自分で見つけるしかないのかも。
でも、面倒くさいのが人生だ。この先に待ち受けるどんなことも、きっと生き抜いていくためには必要な面倒くささなんだ。そう思って生きて行こう。
琴音ちゃんの体温が伝わってくる。さっきとはまた違う鼓動の高鳴りが始まっている。どれだけいびつでも、琴音ちゃんの傍から離れないようにしよう。それが誰かを愛するってことなんだ、きっと……。
「琴音ちゃんは私のヨメ」
青い空に浮かぶ太陽へ、私はもう一度その言葉を口にした。風に溶けていったその言葉は、どこか誓いのような響きがあった。
【第3部了】




