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No.70 不穏の足音

再開

 初夏の陽光が肌を刺す。

 時間が経つのは早いもので、あのサイラス失踪事件はもう一ヶ月も前の事だ。


 僕達があの地下空間から戻った翌日、サイラスは何事も無かったかのような顔で現れた。


 それに驚いたのは、僕とメルトとラーファルの三人だけ。

 他のみんなに先生達は、サイラスがいなくなっていた事に気づいてすらいないようだった。


 やはり、あの女が何かしていたのだろうか?


 ただし、流石に全て今まで通りとはいかないもので、あの事件の爪痕は、今も確かに残っていた。

 サイラスの首輪はまだ巻きついたままだし、それに、あれ以来一度もアクト先輩の姿を見ていない。


 あの人の事だ、無事だとは思うが……


 少し、心配でならないな……




「おい、セルマリエス。素振り中にボーっとすんのはやめろぉ。ほら、脇が甘いぞ。ったぁく、お前、腕っぷしは強いくせに、剣はからっきしなんだから……」

「……あ、すみません、ガイウス先生。ちょっとあの時の事思い出してて……」


 気だるげな声に現実に引き戻される。

 こう天気が良い日は眠くなるってのもあってか、つい授業中だと言う事を忘れてしまっていたらしい。


 周囲からまばらに笑い声が聞こえる。


 ガイウス先生はカツカツと剣で床を叩き、集中しろと無言の圧をかけると、僕に向き直って小さく息を吐いた。


「お前なぁ。忘れろとは言わんが、もうそこまで気にする必要も無いだろ。ここにいる以上、この先もっと酷い事だって起こるぞ。たとえばこの時期なら、『闘技大会』とかな」

「闘技大会……?」


 僕がつぶやいたその時、ちょうどタイミング良く終業の鐘が鳴り響いた。


「……まぁ、どうせすぐに分かる。詳しい事は担任か友達にでも聞け」


 それだけ言うと、ガイウス先生は走り込みをしている生徒を集めに向かう。


 僕の頭に残ったのは、『闘技大会』なるなんだかよく分からんワード。

 それ以上の事は、ガイウス先生からは聞けずじまいだが……


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「闘技大会?」

「そう、闘技大会」


 放課後の教室で、さっきの僕よろしく、ラーファルがオウム返し。


 ハヤブサなのに……とかなんとかみたいな馬鹿な考えは、いったんそこら辺に放っておこう。


「なんだお前、まさかそんな事も知らなかったのか?」


 またかと言わんばかりに呆(あき)れ顔のメルト。

 とは言え溜め息をつきながらもちゃんと答えてくれるところには、こいつもそう悪いやつではないと心底思える。


「毎年夏の初めにある祭りだよ。各クラス数人の代表者で戦闘技術を競う。学年順位にも関わってくるし、なにより派手だから毎年大盛り上がりだよ。まぁ、俺はあまり好きじゃないが。なんせ……」

「なぜか毎回死傷者の出る不思議なお祭りだからね」


 メルトが話し終わらないうちに、すかさずラーファルが言葉をかぶせた。


 しっかしこの少年、顔色一つ変えずに何さらっととんでもない事を……


「おい」

「ごめんて。でも、こういうのははっきり言っといた方が良いと思うから」

「まあそうだが……」


 メルトは渋い顔で目を閉じる。


 僕もそろそろ分かってきた。

 死があまりにも身近にあるこの世界で、こう言った大会がリスク承知で開かれるの事には、特に違和感は無い。


 とはいえ、祭りで熱狂する人々がいる反面、メルトみたいに否定的な意見が出てくるのもよく理解出来る。


 観衆ではなく、少しでも参加者側にまわる可能性のある人間ならばなおの事。


 魔獣に殺されるのとは訳が違うんだ。

 一歩間違えれば、自分が人殺しになるかもしれない。

 たとえ罪に問われなかったとしても、もしそうなりゃ寝覚めが悪すぎる。


「あー……なるほど、理解した。なんでガイウス先生があんな事言ったか」


 腕を伸ばし、生徒手帳をペラリと開く。

 軽く魔力を流すと、そこにはくっきりと『1位』の文字が浮かび上がった。


 まさか、これで逃げられるはずが無いだろう。

 僕が闘技大会の代表者に選ばれるのは、もう確実って訳だ。


「はぁ、また面倒事の臭いがするなぁ……」

「面倒事とは、一体何の話をしているのかしら?」


 突然背後から声がかかった。

 メルトとラーファルは同時に振り向く。


 僕はというと、振り向くどころか反応する気すら起きなかった。

 なんせ、その声の主は……


「だ、第二王女殿下……!」


 って訳。


 しかし少し以外だった。

 まさかこいつを前にして、ラーファルよりもメルトの方が動揺するとは。


「な、なんでこんな突然、我々なんかに……」

「あなたがそれを言うの? 我がトルグイネ王国の公爵家嫡子たるあなたが。まぁ、あなたは前から上流階級とは関わりたがらない変人として有名だったけれど……それに、私が誰と話したところで問題無いでしょう? 家柄なんて、ここでは何の意味も持たないんだから」


 メルトの肩が強張(こわば)るのが気配で分かる。

 でもそれがどんな感情から来るものなのかは、流石に僕でも分からない。


「はぁ、またお前か……今度は一体何の用が? ストーカーの次は盗み聞きとか、まったく趣味の悪い……」

「別に、どう言われようがかまわない。前にも言ったでしょ? 私は『先祖返り』。だから分かる、あなたは私と同(・)じ(・)。引き寄せられているのはあなただって一緒なの。それに……今回は頼まれてあなた達を呼びに来ただけ」

「だから、何一つ同じじゃ……は? 今なんて?」


 目を合わせないようにしていたのに、驚いてうっかり振り返ってしまった。


 僕達(・)を呼びに来ただって?

 僕だけならまだしも、この二人も?


 ってかこいつ、パシリかよ。

 仮にも大国の王女が、そんな馬鹿な。


「メルト・キングスランド、ラーファル、セルマリエス。あなた達三人まとめて連れて来いって、学園長に」


「「「……学園長?」」」

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