No.7 非観測的ダークマター
拝啓、地球の皆さん。現在僕はと言うと、見事ラーファルの誘いを断れなかった訳で、廊下を引きずられております。
本当何でこう言う時ってちゃんと断れないんだろうね。それに何かこの子、すんごく力強いし。
悲しいかな、何の解決策も思いつかないまま大浴場まで辿り着いてしまった。
残念な事に既にそこそこ人が集まっているようで、楽しげな声がここまで響いてくる。こっちは楽しくも何とも無いんだけどね。ハッ。
もはや抵抗する気も起きず、僕はそのまま脱衣所まで連れ込まれてしまった。
こう言う時こそ何かトラブルが起こって欲しいところだけど、現実は無情だ。こんな時に限って、事件は何も起こらないらしい。
どうにかタオルで隠せたりしないかとも思ったが、もちろん着用したままでの入浴は禁止。まさに万事休す。
「ねぇ、さっきからどうしたの? 君、すっごい静かだけど」
「えっ、」
「もしかして体調悪い?」
「いや、そんな事無いけど……」
ラーファルは心配そうにこちらを見つめる。どうしよう、この善意の塊みたいな子に嘘はつきたく無いし……ここまで来て拒否なんてしたら悲しむよな……
でも嘘だけはっ……
「あの……さ、体調は悪く無いんだけど、何て言うか……あんまり体見られたく無いんだよね。ちょっと、色々……」
言える範囲で正直に柔らかく拒否る。残念がられるのを期待していたが、意外にもラーファルは安心したように笑い出した。
「何だそんな事か。それなら大丈夫だよ。言って無かったっけ? そう言の気にする人もいるから、ここの大浴場には大事な所が見えないようになる魔術が掛けられてるんだよ。まあ、もしそうじゃ無かったら僕だってちょっと無理、あはは……」
最後の反応は謎だけど、そう言う事なら早く言ってくれよ。まごまごしてたのが馬鹿みたいじゃないか。
それはともかく、直接見られる事は無いと分かって良かった。ひとまず今ここで色々バレる心配は無さそうだ。
見えなくなると言うのがどう言う事か、それは実際に中に入ってみるとすぐ分かった。隠したい場所には、湯気的な白いモヤが集まってくるんだ。
……これってマンガとかの演出なんじゃないの?
まあ良いか、ファンタジーなんだし。何か僕もだんだん慣れてきたな。
悩みの種が一つ無くなったところで改めて周りを見渡すと、確かにラーファルの言った通りなんか……すごい。
まずとにかく広い。それに無駄に装飾も凝ってる。さらにはなぜか露天風呂まである。
ああっ、すごいなぁ、空気が澄んでるから星が綺麗に見える。あったかい湯船に浸かりながらのこの景色は最高……
……いや、なにこれ?
冷静に考えればここ学校だよね。何でこんな高級ホテルみたいな仕様になっちゃってんの?
「うわっ! 何だこれ! すっげー!!!」
うわっ、何だこのガキ、うるせー。
「……エス?」
「はい?」
またぼーっとしてたみたいだ。ラーファルが後ろに来てた事に気づけなかった。
「あの、エスってさ、何と言うかたまに……えっと、辛辣?」
「うっ、」
もしかして今の声に出てた?
「ごめん。気をつける」
「いや、大丈夫だよ、僕はそう言うの正直で良いなーって思うし」
「うぐっ、」
ラーファルさん、すみません。それフォローになってません。
「そんな事よりさ、ほら、僕の言った通りだったでしょ?」
「うん。確かにこれはすごいとしか言いようが無い」
それは素直にそう思う。湯船もやっぱり想像を超えて気持ち良かった。
水浴びとは違ってこれがまた良いんだ。あぁ〜これが十二年ぶりのまともな風呂かぁ。
言いたい事は色々あるけど、今はこの至高の一時を堪能するとしようじゃないか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
今までなんやかんやあったけどこれだけは言わせてもらおう。とにかく風呂は最高だった! 流石に湯上がりの牛乳は無かったけど……
さて、リフレッシュできたところで次に待ち受けているイベントは何か……そう、夕食だ!
はっきり言って、僕のテンションはぶち上がりである。種族柄食事は必要無いが、やっぱりあるのと無いのでは全然違う。
「何かいつに無く嬉しそうだね」
あ、分かる? それやっぱり分かっちゃう?
「そりゃぁもちろん。今日僕はこの瞬間の為に生きてきたと言っても過言では無い!」
「それは……ちょっと言い過ぎじゃない?」
言い過ぎか。そうだろう。やはりそう思うか。では今までの僕の食生活をご覧頂こう。
『父さん、いくら必要無かったとしても、食事はあった方が楽しいと思うんだ』
『食事か、存在は知ってるけど……あまり深く考えた事無かったな。分かった、作ってみるよ』
数時間後……
『……何これ?』
『とりあえず木の実を軽く炙ってみたけど……どう? 鳥とかがよく食べてるやつだし、毒は無いと思うけど』
『……軽く?』
その黒い物体からは炭の味がした。
その日の夜……
『これは……何で動いてるの?』
『何でだろうね。スライムと三つ目ウサギを一緒に煮込んだだけなのに』
結果は目に見えていたが、恐る恐るそれを口に運ぶ。
その後は気がついたら二日経っていた。
はい回想終わり。
これ以上思い出したら多分吐く。
これで分かっただろう。僕が今いかに心躍っているのかが。
「それが言い過ぎじゃないんだよなぁ。僕が今まで食べて来たのは料理というより凝縮された地獄、うっ、吐き気が……」
「……?」
へたり込みながらにやにや笑ってる姿は、側から見ればただの変人にしか見えないだろう。相当やばかったのかラーファルもドン引きである。
でも今は人目なんて気にしちゃいられない。
僕は謎テンションのまま、食事会場のホールの扉を勢い良く開いた。