No.61 解放されしサイラス
セルマリエスが人形達と激闘を繰り広げる一方。
『穴』に落ちたアクトとサイラスは、噴水のある地下広場のような場所に佇んでいた。
「分断されたか……今度は一体、どこに飛ばされたんだ……?」
「さぁ。見当もつきませんね。あの女に捕まって数日経ったけれど、こんな部屋は見た事がありませんよ」
サイラスは檻の中で座り込み、ふうとため息をつく。
『こう言う事にはもう慣れた』と言わんばかりのその表情にはなぜか、得も言われぬ郷愁が滲んでいた。
「フッ。囚われの身になって早数日。俺は一体、いつになったら帰る事が出来るのやら……」
「なんだ、急に。ノスタルジックな顔して、おっさんみたいな事言って。監禁生活で心が壊れたのか?」
「ああ、いや、冗談です。別に病んでる訳じゃないです、すみません」
独り言のつもりで言った冗談を真に受けられ、たじろぐサイラス。
怪訝な顔で檻の中を覗き込むアクトに、サイラスは苦笑いで返す。
「……そうだ。ところで……なんですけど、この檻を開けていただく事って……出来はしませんかね? そろそろ辛くて……ああ、これは本音です。すみません」
質の悪い冗談で怒らせてやいないかと、サイラスは恐る恐るアクトに尋ねた。
もちろんアクトは怒ってなどいないのだが、生来の吊り目がゆえに、真顔をしていると不機嫌に見えるらしい。
とは言ったもののその性格は、学年首席の立場にふさわしく、穏やかで優しい。
ただし、ある一つの事柄においては別だが……
少なくともこの時は、サイラスの頼みをアクトが拒絶する道理は無かった。
「別にかまわないが……開け方なんて知らないぞ。鍵も無いし……壊して大丈夫か?」
「え、壊……壊せるんですか? これ……」
「ああ。いけるんじゃないか?」
アクトは檻の格子に手を掛ける。
指先でつうとなぞり、拳で軽く叩くと、檻の中で低い音が反響する。
「材質はただの金属のように見えるな」
顔を上げると、アクトは檻から手を離した。
別段、魔術やらで強化されている様子は無い。
魔獣を閉じ込める為のものではなく、囚人を閉じ込める為に使うようなただの檻だ。
もちろん、セルマリエスなどの規格外の化物には通用しないが、丸腰のサイラス一人を捕らえるのには、充分な代物だった。
「まぁ、この程度なら問題無いだろうな」
アクトはおもむろに剣を抜く。
檻を見据える目には、意気込みも緊張感も宿ってはいない。
サイラスのような人間を基準に置くのなら、彼もまた、いわゆる『規格外』のうちの一人なのだろう。
金属は、『切る事が出来るもの』だと言う認識。
この時アクトの脳内には、『檻を壊す事は不可能だ』などと言う思考は、微塵も存在していなかった。
「危ないからちょっと下がってろよ」
剣に魔術を乗せつつ、サイラスに注告するアクト。
高まる魔力圧。
剣の表面を水の膜が覆い、チェーンソーの刃のように、超高速で駆け巡る。
何やら嫌な予感を察知したサイラス。
高音でピィと鳴く刃に、少年の額からは冷や汗が垂れる。
向かいの格子に両手足をピッタリとつけ、大の字になったその体は、さながらオオアリクイの威嚇のようだ。
「あのー……先輩? それで一体何をする気ですか?」
「ん? 見ての通りだが?」
アクトは剣を振り上げる。
ビビり散らかすサイラス。
「ちょ、待ぁっ……」
少年の目に、震え輝く刃が映る。
そんなサイラスを尻目に、剣は無情にも振り下ろされた。
「ぴぃぃぃ!!」
「お、切れたな」
三度、金属のぶつかり合う音が響いた。
檻の格子は、滑らかな断面をその身に残し、バラバラと地に落ちる。
剣に纏われた水流は、硬い金属をバターのように切り裂いた。
(こ、殺されたかと思った……)
眼前でえげつない技を見せつけられ、サイラスは足がすくんで動けない。
檻の床にへたり込み、ひきつった笑顔を浮かべている。
「……どうした?」
「いや……あはは……」
恐怖で上がりきった心拍数を、サイラスは必死でおさえる。
しかし、殺されたと錯覚するほどのショックは、そうすぐに抜けるものでは無い。
やっとの事で息を整えた時には、すでに十数分が過ぎていた。
「……落ち着いたか?」
「……はい。なんとか……」
檻の床に手をつき、ゆっくりと立ち上がる。
深く息を吐き出すと、サイラスは檻の外に片足を踏み出した。
久しぶりの地面。
ただ、ここが地上の世界では無いと言う事だけが惜しい。
外界は目前。
そしてサイラスはもう片方の足も、固い石畳の床に踏み出そうとした。が……
「ぐぇっ!」
瞬間、首に強い衝撃が走る。
そしてそのまま、サイラスは後ろに引き倒された。
「ゲホッ、何が…………あ……」
振り向くと首から伸びる鎖が、ジャラリと重い音を立てる。
檻の床から伸びる鎖の先では赤くきらめく首輪が、サイラスの首にはめられている。
「そうだ……忘れてた」
少年は首元をさする。
骨に異常は無さそうだ。意識もはっきりしている。
「すみません。これも切ってくれませんか?」
「ああ、分かった。」
剣を振り、アクトは鎖も断ち切る。
今度は魔術の使用は無し。ただの剣で、鉄を断つ。
「うへぇ。素で切れるんなら、さっきの魔術いらないじゃないですか」
「そうもいかないさ。檻と鎖じゃ、いかんせん強度が違う」
「そうは言ってもねぇ……あれ、怖すぎますって」
「悪かったよ」
無駄口を叩くサイラス。
今度こそ完全に解放され、檻の外に歩み出して伸びをする。
「うーん……ああ、肩凝ったぁ〜」
「お前、体調に問題は無いのか?」
「ん? あ、はい、大丈夫です。助かりました。ありがとうございます」
サイラスは腰を九十度曲げ、深々とアクトにお辞儀をする。
なんとも律儀な態度だ。
素直に礼が出来るのは、サイラスの唯一と言って良い長所だろう。
……裏を返せば、思考がすぐ口に出る馬鹿とも言えるが。
ただし、これ自体は悪い事ではない。
考え無しに発された言葉は、時に利益をもたらす事もある。
問題はその内容だ。
中身によれば、セルマリエスが入学式でミスを犯したように、害をもたらす事だってある。
そして今回は、それが裏目に出た。
口に出さなければ良かったものを。
……全ては、サイラスが馬鹿正直だったゆえに。




