No.60 焼かれ、溶かされ、氷のごとく
決して油断はしない。
今の音だって、人形が自壊しかけてのものなのか、僕の攻撃が届いた証なのかは分からない。
けれども、確実にダメージは蓄積している。
勝機は見えた。
さあ、さっさとこの人形遊びを終わらせてやろうか!
まずは敵の分析。一度逃げに徹底して、敵の出方を見る。
さて、どう来るか……?
「命令。メイレイ。主様のために。モク……標……壊あぁアぁぁァァぁァ!!」
来た……!
同時攻撃じゃない。最初は一体。
奇声を上げて飛んで来たのは、雷をまとった方の人形。
武器は無し。力任せの直線攻撃。
まずはこれを……よける!
「ア゛ア゛ぁあアァあ゛ァあ!!」
フワリと空を蹴り、かわす。
切り返しが早い。上が来る。
ここはしゃがんで次は右。次は……
「っ!」
これは……一旦離れて……
ドォンッ!!
轟音と閃光。
人形の拳から火花が散ったその時。
空気を切り裂き、放射状に電撃が放たれた。
近接特化じゃなくて、中距離もいけるのか。
なるほど、なかなか厄介な……っ、二体目……ここで来るか……
「援護……従う……命令……使命……従う……」
着地地点に、氷柱が地を這い襲いかかる。
鋭利な先端。
嫌だな、串刺しにも氷漬けにもされそうだ。
とっさに翼を広げ、宙に舞い上がる。
足元に冷気を感じた。
地から伸びる氷の刃は、己に花を閉じ込めながら、透明な氷の彫像のようにそびえ立つ。
……ふむ。どうもこちらの氷姫は、遠近どちらからでも攻撃出来るらしい。
(さて、一体どうしたものか)
こいつら人形のくせに、主が竜なだけあってなかなか強い。
特に電気の方。攻撃は直線的だが、威力もスピードもある。
その上纏った雷を弾けさせて、中距離もカバー出来るときた。
電撃は、被弾したら何が起こるか分かったものじゃないから、無闇に近づく事は出来ない。
遠距離から仕掛けようにも、もう一体の氷に阻まれる。
おまけに、向こうはこっちを攻撃し放題。
最悪……とまではいかないが、正直相性が悪い。
「ほらほら〜、逃げてばっかいないで、ちゃんと戦え〜」
「よく言うよ……そっちこそ、人形遊びばっかり。ちょっとは自分で戦えよ」
「もう。そう言う事は、まずこの子達を倒してから言いなさいよね。人形程度に苦戦するようじゃ、私に勝つなんて到底無理よ」
「っぐ、正論を……」
じっと、上から女を見下ろす。
人形を無視して、ここから女を攻撃する事は出来なくもないが……まあそれをしたとて、どうせ打ち消されるのがオチだ。
選択肢としては、決して悪くないものではあるだろうが……
……そもそもそれが出来たところで、僕個人の感情として、そんな事はしたくない。
その理由に、一切の合理性は無い。
単なる感情論だ。
ここで女を攻撃してしまったら、『自分はただの操り人形より弱い』と認める事になってしまいそうだから。
……それは、なんだか嫌だ。
だったら……
『我ガ身ヨ、万物ヲ溶カシ灼熱ト化セ』
氷柱に向け、手を突き出す。
指先がその先端に触れると、氷の柱は一瞬の内に溶け消えた。
熱い空気が全身を包む。
いける。
これならば、あの氷人形を気にしなくて済む。
でも、かと言って時間は無い。
今僕が使った魔法は、無理矢理自身の体温を上げるというもの。
それも、触れただけで巨大な氷が消えるほどの圧倒的な熱。その温度は、アクト先輩の灼熱剣にも匹敵する。
いくらこの体が強靭だとは言え、当然、僕も無事では済まない。
制限時間は一分といったところか。
ならばそれまでに……
——制圧する!!
氷姫に狙いを定め、直進。
接近はさせぬと、人形は僕の前に氷の壁を作り出す。
スピードは緩めず突撃。
今の僕には、こんなものは壁としての意味を成さない。
近づいただけで、さっきの氷柱と同じく溶け消滅。
そのまま人形の首根っこを掴む。
人形は必死の抵抗(こいつ場合そもそも意思があるものじゃないし、操り主がいるから、別に必死ではないのか?)で、氷の槍を振り回す。
もちろんそれも、直撃前に蒸気を上げ消滅。
武器を失った上に、熱でまともに魔術を使えなくなった人形は、最後のあがきと言わんばかりに僕を殴りつける。
だが弱い。
機構が熱で狂っていると言うのもあるだろうが、踏み込みが無ければ力も弱い。雷姫とはまるで対照的。
この程度なら、僕は痛みすら感じない。
氷姫は、完全に対抗手段を失った。
しかし、ここでやって来るのが雷姫。
仲間のピンチに、迅雷のごとく駆けつける。
でもやはり、攻撃は馬鹿みたいに直線的。よけるのは容易い。
氷姫を掴んだまま、宙に飛び上がり距離をとる。
(ちょっとは待ってろよ。後ですぐに相手してやるから)
雷姫がなかなかここまで上がってこられない事を確認し、すぐさま意識を氷姫に戻す。
首を掴む手に力を込めても、硬くてヒビすら入らない。
一体素材は何なのか?
触っている感覚は陶器に近いが、あまりに熱にも圧力にも強すぎる。
これでは、このまま物理で破壊する事は難しそうだ。
ならばどうする?
魔法の持続可能時間はあと三十秒。
それまでに破壊できなければ、人形は魔術の力を取り戻す。
こいつが再び氷を使えるようになってしまったら、行動が無駄になるどころか、魔法の代償でこっちが不利になる。
それだけは絶対に避けなければならない。
(熱い……筋繊維が弾け飛びそうなほどに……これ以上の温度上昇は、本当に死を招きかねない。でも……)
「なりふりかまってなんかいられるか!!」
やるなら一瞬。三十秒弱分の余力を、全てここにつぎ込む。
人形を掴む右手の温度を、極限にまで上げる。
腕一本、使えなくなっても良い。その覚悟で。
熱い。
痛い。
右腕の感覚が無くなりそうだ。
でも、それでも……
——こいつはここで終わらせる!!
白い光に包まれる。
痛い。体が溶ける。
それでも、温度は上げ続ける。
……そしてついに、その時は来た。
ジュウと音を立て、人形の首が溶け、頭と胴体が切り離される。
僕の手から離れた二つの物体は、ドサリと花の絨毯の上に落下した。
もう、再び動き出す様子は無い。
溶けた首の断面は、風に冷やされ蝋のように固まっている。
氷姫は、完全に破壊された。
(成功……したのか……)
魔法を解き、氷姫の残骸を見下ろす。
人形はまだ一体残っているにしろ、これには妙な達成感があった。
だがその瞬間、襲い来る猛烈な痛み。それも、今までに感じた事が無いほどの。
怖くて自分の右腕が見られない。
僕の腕は、今一体どうなっている?
その上、残念な事がもう一つ。
戦いはまだ、終わってはいない……




