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No.56 白昼夢

 まばたきをして目をあけると、女は僕の目の前にいた。

 サイラスの檻からここまで、最低でも十メートル以上あるのに。気配も何も分からなかった。


『ねぇ、今、完全に私の事無視してたよねぇ』


 脳に直接響く、低い声。

 冷たく光のこもらない目が、浮ついた思考を地に落とす。


『あれぇ? もしかして、今の状況が分かってないのかなぁ? アリスちゃんはあなた達の敵なんだよ?』


 上から見下ろし、女は迫る。


 彼女の声にこもる感情は、怒りではない。

 けれどもにじみ出る圧迫感が、後ずさりする事すら許さない。


(何だ? この感覚は……まるで、生き物として抗えない差が、相手との間に存在するような……)


 ヒリつく喉。

 全身の筋肉が硬直する。

 本能が激しく警報を鳴らし、女から目が離せない。


 こんな感覚を味わうのは、これで二回目だ。


 ……そう、初めて体感するものではない。

 だからこそ、腹の底から湧き上がる一つの思い……


 ——ありえない。


「あ、あなたは……」


 かろうじて絞り出した掠れる声で、言葉を紡ぐ。

 何と話しかけようかなど考えもせず、少しでも時間を稼ごうと、必死になって。


「……あなたに……いや、あなたの事……無視、して……すみません……」


 そうだ、そうだった。なんでこんなに楽観視していたのだろうか。


『穴』、誘拐、()に傷をつけるほどの攻撃、理を外れた力……魔法、人形……


 決して侮って良い存在ではなかった。

 これ以上、この女の気分を害するような事はしてはいけない。


 本能的に理解する、絶対的な差。一回目に感じた相手は父さんだ。


 見た目は完全にエルフだ。だが、こいつはエルフなどではない。

 いや、ましてや人間ですらない。


 その姿形は偽り。僕と同じ。


 これまでにあった理外の現象の、全ての辻褄が合う答え。

 そして……確信。


 こいつは……


 ——竜だ(同族)




「そうそう、分かれば良いのよ」


 女は満足そうに笑った。

 一見柔和な笑顔だが、その瞳の奥には、どこか他人を見下すような光が宿っている。

 

「自分達の立場が理解出来たなら、当然、これから何をするべきかも分かるわよねぇ~?」

「……するべき事?」

「何? 決まってるでしょ?」


 瞬間、女の顔から笑みが消えた。

 張り詰めた空気はより一層緊張感を増し、空間を引き裂かんばかりに大気がうなりを上げる。


 女の一挙手一投足から目が離せない。

 たった一瞬でも目を離せば、首と胴体が別れを告げそうな……

 そんな”死”の気配が、僕の心臓を早鐘のように打たせる。


 女は腕を高く掲げると、パチンと一度、指を鳴らした。

 乾いた音の余韻と共に、女の後ろに『穴』が現れる。




『ああ、また(コレ)か。まったく、芸の無い……』


 普段の僕ならば、きっとそう言った事だろう。

 『ワンパターン化してつまらないぞ』って。


 でも今回は、ちょっと違う。

 何かが……違う。




 何が……?




 現れ方も、大きさも、もちろんその見た目だって。

 別段、今までと変わっている様子は無い。


 だけど、なんだか……


 ……気持ち悪い。


『あ、そうそう、言い忘れてた。さっきはよくも、私の人形を壊してくれたわね。あの子結構気に入ってたのに。あ~あ、あれ直すの大変なんだよなぁ……』


 女が、遠くで何やら言っている。

 こんなに近くにいるはずなのに、なぜだかやけに音が遠い。


 違う。

 何かが違う。

 これは緊張感なんかじゃない。


 ……気持ち悪い。




『でもねぇ……私はそのことについて問い詰める気は無いわ。アリスちゃんは優しぃ~~からねぇ~~。じゃあ、ここで一つ問題。私はどうしてこんな事してるのでしょ~うか?』


 どうしてだって?

 分かるはずがないだろ。


 くそっ、意図が全く読めない。


 ……気持ち悪い。




『復讐? 報復? いいや、どちらも違う。ならば私の目的とは? ねぇ、当ててみせてよ。……ま、その様子じゃ、無理だろうけどさぁ』


 気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。


『じゃあ、特別に答えを教えてさしあげましょう。私の目的とは……ただのあなたへの嫌がらせでしたぁ~。どう? 正解してた? それとも不正解だった? ねぇ、教えてよ!!』


 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……




 気持ち悪い!!




「おい! 落ち着け、セルマリエス!!」

「……先生?」











 ……花の匂いが弱まれば、頭がひび割れ、内にのめり込みそうになっても、正気のままでいられるだろう……











 ふと気がつくと、僕は肩を先生に掴まれ、前後に激しく揺さぶられていた。


 原色の花が咲き乱れる花畑で、僕は一体、今まで何を……


「ああ、良かった。正気に戻ったか」

「……正気に……? ……そうだ、早く、早くここから逃げましょう……! 『穴』が!!」

「……穴? 何の事だ?」

「……は?」


 ……おかしい。先生は、さっきのあれを見ていなかったのか?


 ……いや、おかしいのは僕の方か?


 視界の端で、女がひらひらと手を振っているのが見える。

 こちらに近づいて来る事はおろか、サイラスの檻の隣から、一歩も動いている様子は無い。


 冷や汗が流れる。

 濁流のように、胸の奥から押し寄せる恐怖。


 何だ……?


 僕は、幻覚でも見ていたのか……?

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