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No.47 真紅の火花

 今までとはまた空気が一転。ざわめきが途切れ、クラスメイト全員が一斉に僕を見る。


「え……? 何……?」


 注目を浴びるのはもうこれで何度目だろうか?

 何度目であろうと、こればっかりは慣れない。


「何だぁ、お前らぁ? そいつに何かあるのかぁ?」


 自分が想像していたのとは違う生徒達の反応を不可解に感じたのか、ガイウス先生は僕に視線を定めると、まっすぐこちらに向かって歩いて来た。


 僕の目の前で立ち止まる先生。近くで見ると、思ってたより威圧感がある。

 先生はつま先から頭の上まで、食い入るように僕を観察する。


 ちなみに、こんな日に限ってあの緑のハトは不在。これでは先生の注意をそらす事も出来ない。


「……魔人族の血は入っていないようだ。だがこれは……何だ?」


 まずい! 何かを感じ取られている。これは万事休すか……


「あの……僕がどうかしましたか?」


 問いかけに返事は無い。先生は首をかしげ、穴があきそうなほどに僕を見つめる。


「お前、名前は?」

「……セルマリエスです」

「ああ、思い出した。お前は首席の……」


 先生は何やら考えるように、口元に手をあてる。


「一応聞いておくが、エルフか魔人に知り合いは?」

「い、いませんけど……」

「……そうか……」


 やっぱり。この人、何かに気づいてるな。


 でも……()()だ?


「あの……本当に僕がどうかしましたか?」


 落ち着け、落ち着けよ。しゃんとしろ、動揺するんじゃない。


 こんなところで、バレるはずが無い。


 いや、バレてたまるか。


 先生の目をじっと見つめ返す。その瞳に映る僕は、ちゃんと人間の姿をしている。


 大丈夫。まだ大丈夫だ。


「……まぁ良い」


 見つめ合ってしばらくすると、興味が尽きたのか、先生の方からフッと目をそらした。


 踵を返し、もといた場所に戻るガイウス先生。その後ろ姿を見て、僕はホッと胸を撫で下ろした。


「例外はひとまず棚に上げて、だ。お前達がどう思っているかはこの際知らん。とにかぁく! ヨセフ・ウォルフォウィッツ、世間一般から見てあの男の魔術は以上だぁ」


 先生は剣を鞘から引き抜き、切っ先で地面のシミをつつく。


「だがなぁ、それはあのじいさんが魔人族との混血だとすれば、全て辻褄が合う。だとすればっつーか実際そうだぁ。見てくれじゃぁ分かりにくいだろうがなぁ」


 先生の剣の先が、ガリガリと地面に突き立てられる。


「あのじいさんは半魔だぁ。父親が魔人族だとか言ってたなぁ。親の特性を上手い事受け継いだ訳だ。ああ、まったく。なんとまぁ……うらやましい」


 ガキンと乾いた音がし、床石が欠けた。


 先生は憎々しげに地面を見つめ、破片を蹴り飛ばす。

 そして空いた左手で、自らの胸元を強く掴んだ。


「どうして俺が剣術なんか教えてると思う? 魔人族なんだから、普通は魔術だと思うだろ。だが、現実は残酷だ。俺はぁ! 生まれつき体内の魔力線が細い……少しでも本気で魔術なぞ使おうものなら、俺は、己の魔力に焼かれ死ぬだろう。つまりは才能が無かったんだよ。それが魔人族(俺達)にとってどれほど屈辱的な事か、お前らには分からねぇだろうがなぁ」


 うつむき、震える声で語るガイウス先生の顔は、嫉妬の色に満ちていた。


 魔力探知の要領で、先生の魔力を見る。


 真紅の炎、この場にいる(僕を除いた)誰よりも強い。魔力の光が、感情の起伏にともない、揺れ動く。

 でもそれがぐるぐると、血液のように魔力線をめぐるたび、先生の体内ではパチパチと火花が走った。


 ガイウス先生が胸をおさえ歯を食いしばるのは、ただヨセフ先生が憎いからではなく、体内で弾ける魔力の痛みに耐える為でもあった。

 ……まぁ、それに気づいている者は、僕以外にはいないだろうが。


「よし! 無駄話はここまでだぁ。ちょっと長くしゃべりすぎたかぁ?」


 大きく息を吸い込み、先生はフッと顔を上げた。

 いたずらっぽく笑うその表情には、さっきまでの暗い感情はもう微塵もない。


「ああー、特にする事は無いとは言え、全然時間残ってねぇなぁ。そうだな……剣を習った事があるやつは素振り練習だぁ。そこの剣は適当に使えぇ。習った事ねぇやつはこっち集まれぇ」


 元の調子に戻った先生は、生徒達に向かいそう指示した。


 クラスが二つに分かれる。もちろん僕は、剣を習った事が無い方のグループだ。

 綺麗に半分に分かれるかと思っていたが、全然そんな事は無かった。僕のいるグループの方が圧倒的に少ない。


「あれ? 首席はそっちなのか?」


 ……誰だ今の?

 首席だからって、何か期待してたのか?

 僕にだって出来ない事くらいあるってのに。


「剣の使い方を知らねぇってやつは、これで全部かぁ? なんだ、意外と少ねぇなぁ」


 集まったのは二十人弱。ざっとクラスの五分の一だ。


 先生はぐるりと一周僕らを見渡す。

 そして腕を伸ばして剣先を真横に向けると、やけに落ち着いた声で言い放った。


「走れ」


 みんなの内に戸惑いが広がる。

 誰も動き出そうとしないのを見て、先生はもう一度言い放つ。


「聞こえなかったのかぁ? 授業が終わるまで、とにかく走れ。ほら、行け、今すぐに」


 先生が急かす。

 すると数人の生徒が走り出した。僕もそれに続く。


 目的も無く、ただ走る。闘技場を、何周も走る。

 大多数の、素振りをする生徒達の前を駆け抜け、何度もその姿が視界から流れていった。


 数分もすると、しだいに、並んで走る生徒達の息遣いは荒くなる。そして集団の速度は、段々と遅くなっていく。


 約二十分後。なぜか全くペースが落ちておらず、疲れている様子も一切無いラーファルと横並びになって走っていると、鐘が鳴り、授業の終わりを知らせた。


「……時間か。今日はこれで解散だぁ、各自教室に戻れぇ」


 鐘の合図に安堵し、自らの下に集まって来る生徒達に、先生はそう告げた。


 息を整えながら、みんな闘技場から出ていく。

 その流れに乗り、僕も出口へ向かおうとした、その時だ。


「待て。お前は残れ、首席ぃ」


 僕だけがふいに先生に呼ばれ、引き止められた。

 クラスメイト達はちらちらとこちらに目を向けながらも、そそくさと教室へ戻っていく。


 やがて、闘技場には僕とガイウス先生だけが取り残された。

 静かな空間でスラリと剣を抜き、先生は刃を僕の胸元へと向ける。


「……え、急にどうしたんですか……?」


 息が詰まり、喉の奥がひりつく。

 聞くも、先生は答えない。僕に刃を突きつけ、目を合わせ、押し黙っている。


 数分、あるいは数秒だったかもしれない。

 しばしの沈黙の後、先生はおもむろにその口を開けた。











「セルマリエス、お前…………人間じゃないな?」











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