No.46 不意打ちを食らう
『無駄話をしよう』と言ったガイウス先生は、半歩足を前に出して体を右に向けると、近くにいた人族の少年にスッと剣を向けた。
「そこのお前ぇ」
「ひゃ、ひゃいっ」
突然の事に、少年の声はひっくり返る。
「見た目と寿命以外の五大人種の特徴、言ってみろぉ」
すかさず先生から問いが飛ぶ。
次々己の身に降りかかる予想外の事象に、少年はうろたえる。
少年は助けを求めるように、周りの生徒達に目線を送った。
だがもちろん、誰一人として彼と目を合わせようとはしない。
可哀想に。
ひたすらまごつく事しか出来ない少年を前に、先生は『やれやれ』とでも言いたげに、短く息を吐き出した。
「ハァ。いきなり振られて全部は無理かぁ? んじゃ、一個で良い。まず人族ぅ!」
先生はもう一度、少年に剣を向け直す。
不運にも最初のターゲットとなってしまった少年は、記憶を辿るように目線を上に向け、腹の奥から声を絞り出して叫んだ。
「えっと、確か……『多種族との魔力的親和性が高い』ですっ!」
するとガイウス先生は口を真一文字に結び、少年に鋭い眼光を送った。
数秒間の沈黙。少年がひるむ。
冷や汗をかく少年を、しばらくその赤い双眸でじっと見つめると、先生は突然ひょいと体の向きを変え、二人目の生徒を剣で指し示した。
「次ぃ、そこのウサギ耳ぃ」
「は、はい!」
次にターゲットにされたのはウサギ獣人の少女だ。
ウサギと言うと、何だか昔やってしまった可哀想な事を思い出すが、まぁ……うん。その話はいったん置いておこう。
今は関係無い。
ウサ耳少女も一番目の少年同様、指された瞬間ビクリと体を強張らせる。
「エルフ族の特徴を答えろぉ」
「はい! えと……『精密な魔力の操作が得意で、精霊との親和性が高い』ですっ!」
少女は声を張り上げた。
でもやっぱり、先生は少女を突き刺すような視線で見つめると、何も言わずに三人目の生徒を指す。
「次ぃ、そこの猛禽センター分けぇ」
「も、猛禽センター分けぇ!?」
先生の剣の切っ先が、僕のすぐ右隣をとらえる。
その先にいたのは……まさかのラーファル。
「獣人族の特徴を答えろぉ」
三番目の問いがラーファルを襲う。
ラーファルは一瞬戸惑ったようにこちらを見た。
でも……申し訳ないけど僕には何も出来ない。
(ごめん、後でちゃんと謝る)
僕はサッとラーファルから目線をそらした。
(ちょっとぉぉぉ、助けてくれないのぉぉぉ……)
……絶対そう思われてる。視界の端に、めちゃくちゃ悲しそうな顔が……
ただ、そう長くは先生を待たせる事は出来ない。ラーファルはすぐに視線を先生に戻し、答えを叫んだ。
「えと……『他四人種に比べ、身体能力に優れる』です!」
……その後のガイウス先生の対応は、言うまでも無く前の二人の時と同じ。
「次ぃ、そこのパッツン青エルフゥ、魔人族の特徴ぉ」
「うぇ、は、はいぃ! あと……『五種族中、最も魔力の扱いに優れる』ですっ!」
「次ぃ、そこの寝グセぇ、ドワーフ族の特徴ぉ」
「寝グセっ、いや、これはオシャレで……いやなんでもないです。えっとドワーフ……あ、そうだ、『体が頑丈で手先が器用』ですっ!」
四番目、そして五番目の生徒が叫び、五大人種全ての特徴が出揃う。
先生は剣を鞘にしまう。
すると不意に満面の笑顔で、パチパチと手を叩き出した。
「おお、全員正解。急に聞いたってのによく出てきたなぁ。まぁ、別に叫ぶ必要は無かったんだが」
脈絡の無いガイウス先生の行動に、生徒たちはまばらに後ずさる。
理由はなんとなく分かる。
なんて言うかこの人……
「んじゃぁ、それをふまえてヨセフのじいさんの話な」
――怖いんだよ! テンションに温度差ありすぎて、心臓に悪いわ!
今の今まであんな永久凍土も融けるような笑顔をしていたのに、話を切り替えたと思ったら、今度は昼間の砂漠くらい乾いた真顔だよ!
この人、万年ポーカーフェイスのメルト、ルルス先生、エレオノーラとはまた別のベクトルで感情がつかめなくて怖えェ……
「聞くところによるとお前らぁ、もうあのじいさんの魔術は見てるんだよなぁ?」
先生は、闘技場の床にこびり付く汚れにチラリと目を向ける。
あの時の黒獅子の体液だ。
掃除はもちろんされたのだろうが、ああも派手なパフォーマンスをされると、汚れも染みついてなかなか取れないらしい。
「だったらぁ、その魔術がただの人族にはあるまじき威力をしていたのは、言うまでもなく分かるよなぁ?」
ガイウス先生はぐるりと生徒を見回す。
みんなは先生と目が合わないよう、一斉にうつむいた。
誰一人として、口を開こうとはしない。
「どうなんだぁ? んん?」
低い声が響いた。
張り詰めた空気感の中、さらに先生からプレッシャーがかかる。
するとなぜか、いつものざわめきがみんなの間に帰ってきた。
「え、ああ……いや……」
「あれ、確かに威力……でもどうなんだろ」
「……なぁ、お前はどう思った?」
「え、いや特には何も……」
「ってか、ヨセフ先生って人族じゃなかったの?」
「知らないよ。何で私に聞くの?」
「でもそんなに威力あったっけ?」
「あんた何見てたの? 炎ででっかい魔獣の頭ぶち抜いてたじゃん」
「うあ……あのグロいの思い出しちゃった」
「確かにあれはすごかったけどさ、そこまで異常な威力してたかなぁ……?」
「あれくらいなら人族でも出来そうじゃなかった?」
「うん。でも……え、普通はあれ見ておかしいって感じるの?」
「なんだよそれ? 俺らの認識が間違ってるっての?」
「いや、まさかそんな……」
「仮に本当に僕らの認識が間違ってたんだとしたらさ、そもそもなんでそうなったの?」
「なんで……確かに何かきっかけがあったような……」
「何だっけ?」
「ほら、アイツのせいじゃない?」
「アイツ?」
「ほら、アイツだよ。実技試験の時の……」
「アイツ……」
…………?
――え?
……待って、何かがおかしい。
なんで…………
…………
……なぜみんなそろって僕を見る?




