No.45 とにかく気だるい
照明が消え、月明かりの差し込む部屋の中。
僕はベッドの上であお向けになり、ぼんやりと天井を見つめる。
『……魔法? は? 何だよそれ……それが本当なら、アイツは誰に、いや、何に攫われたって言うんだ?』
さっきの話し合いの中での、メルトの動揺した表情を思い出す。
ほんのわずかに、薄っすらと。一見するとただのポーカーフェイスにしか見えないあいつの表情に、恐怖を感じているような色が混じっていた。
そしてその直後。尾羽の下がりきったラーファルの『この話、もうやめようよ』という言葉で、半分茶番から始まったこの会議はお開きになった。
その時のラーファルにも、メルト同様、漠然とした恐怖に囚われているような印象があった。
誘拐犯が魔法を使えるという事実。これは魔法を使える僕にとっては、それほどの衝撃にはならなかった。
でもあの二人は違う。
魔法を使う事の出来ない彼らにとって、魔法とは理解の及ばない羨望、恐怖の対象。
そして、その訳の分からない力を行使出来る者も、同様に畏怖の対象。
数千年にわたり大国を統治し続ける、トルグイネ王族がその良い例だ。
そんな『真の意味での化物』が起こしたこの事件に、二人がこれ以上関わりたくないと感じるのは、必然の事だったのだろう。
「……もしも正体がバレたら、僕は…………」
暗闇の中、ぽつりと言葉をこぼす。
その先は声にはならなかった。
魔法を使えるにも関わらず、エレオノーラが自然と受け入れられているのは、彼女が王女だから。
トルグイネには歴史がある。
人々からの信頼がある。
だからこそ、アイツは生まれながらに『人間社会での自分の居場所』を持っている。
……じゃあ、僕は?
僕は人間じゃない。
本来この世界に、僕の居場所は存在しない。
なのに力だけがこの体には有り余っている。
今はまだ子供だけれど、いずれ父さんの力を完全に継承したら、僕は…………
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから二日後。いまだサイラスは見つかっていない。
昨日は一昨日の雰囲気を引きずったまま、何の進展も無く一日が終わった。
そして今日も、僕たちの間にサイラスの話題は上がらない。
そしてなぜだろうか?
いまだサイラスの失踪に気がついている者は、僕たちを除いて他にいない。
生徒が一人消えた事に誰も何も違和感を抱かないまま、ホームルームも授業も、始まっては終わっていく。
そして今日もまた、この休み時間が終われば四限。
明日が休日だから、これが一週間最後の授業だ。
鐘が鳴り、教師が一人教室に入る。もう見慣れた光景。
だが、入って来た教師の顔は、今まで一度も見た事の無いものだった。
ついさっきまでざわめいていた教室内が、途端に静まり返る。
「えー、それでは授業を始めるぅ。全員闘技場に出ろぉ。話はそれからだぁ」
気だるげな声でそれだけ伝えると、教師はさっさと教室から出ていってしまった。
(……ああ、また実技か)
入学試験での事に加え、ついこの間のゼフィルの黒獅子の件もあり、実技と聞くとあまり良い気はしない。
でもこれは授業だ。
いくら気が乗らなかったところで、黙って受けるしかない。
闘技場に出ると、先生は大量の剣と共に、僕たちの事を待ち構えていた。
……なるほど。
この人の担当は剣術か。
「全員集まったかぁ?」
先生は剣を肩に担ぎ、僕達の方を見回す。
そして肩から剣を下ろし地面に突き立てると、心底面倒臭そうな様子で名乗った。
「俺はガイウス・ゼクスター。担当は見ての通り剣術だぁ、以上。何か質問のあるヤツはいるかぁ?」
本当に教師なのかを疑うくらい雑な態度だ。
この人、僕以上にやる気を感じられない。
そんな教師、……ガイウス先生に誰しもが戸惑いを隠せない中、一人の少年がおずおずと手を挙げた。
「あの……失礼が無ければ、一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何だぁ? 言ってみろぉ」
「……えっと…………」
少年は目を泳がす。
そしてだんだん小さくなっていく声で、ガイウス先生に問う。
「あの……先生はもしかして…………魔人族……でしょう……か…………?」
「ああ? そんなん見りゃぁ分かるだろぉ?」
少年の質問に、先生は『何当然の事聞いてんだ?』と片眉をつり上げる。
顔の入れ墨のような模様と、頭から生える二本のツノ。
フム、これが魔人族の特徴か。
それにしても魔人か……エルフや獣人ならたくさんいるけど、魔人は何気に初めて見たな。
「なんだぁ? そろいもそろってジロジロ見やがってぇ。そんなに魔人が珍しいかぁ? まぁ、確かに純血魔人は、ここには俺しかいないけどなぁ」
先生は自分の顔の模様を、人差し指でつうと撫でる。
ところで、ここいらで魔人もドワーフも全然見かけないのは、例の数千年前の戦争とやらの名残なのだろうか?
かなりの時間が経過しているとはいえ、世界が二極化するような大事件だったらしいし、それで今でも生活範囲が分かれて……
……ん? 待てよ、純血魔人は?
先生はおもむろに剣を持ち上げ、特に目を向ける事も無く、自らの右の空間を素早く薙いだ。
僕の耳でギリギリ聞き取れるくらい小さく、パチンと破裂音のような音がした。
先生の足元に、おかしな方向に翅が曲がり、胴体が真っ二つになったハエが落ちる。
「だが半魔なら見た事があるはずだぜ。たとえば……ヨセフのじいさんとかなぁ」
切り落としたハエには目もくれず、先生は再び剣を地面に突き立てる。
気圧されているのか、先ほど先生に質問をした少年を最後に、生徒達は一切の話声をも上げようとはしない。
そんな生徒達を一瞬眺めると、先生はその顔にどことなく邪悪な微笑を浮かべた。
「そうだな……どうせ今日はそこまでやる事はねぇからなぁ……少し無駄話でもしようかぁ」




