番外編② 戒めのオブジェクトX
「――な、なんでなんだぁぁー!! 」
……数年前、父さんの激マズ飯事件から、そうしばらくも経っていない頃。
人の気配の一切無い静かな霊峰に、僕の半ば絶望したような大声が響き渡った。
「どうしてぇっ! 前世では普通に出来てたのにぃ! なんで……なんで僕まで……っ料理が出来なくなってるんだぁぁぁぁ!!」
喉の奥がヒリつくほどに叫ぶ。
そこに一個人、ましてや竜としての誇りなんてものはどこにも無い。
ただただ惨めに、絶望の嘆きを吐き出す。
一体全体何があったか。
……説明するまでも無い。
たった今僕が叫んだ内容、それが全てだ。
そして僕がこうなった原因が、目の前に置いてあるコレ。
そうそう、この黒と茶色の糸くずの寄せ集めみたいな……あー、なんて言うか……モノ? 物体? あぁ……そんなありきたりな言葉じゃ形容出来ないな。
そうだな……言うなりゃ、この『オブジェクトX』。
こいつが今回の件の元凶だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「死活問題だよ、これは」
三つ目ウサギの両後脚を掴み、呟く。
こいつは先程、薮の中で草を食っていたところを捕まえてきた。
僕がこれからこいつをどうするかは、もう想像に容易い事だろう。
ウサギは必死に逃げようと、全身の力を振り絞って蹴りのモーションを繰り返す。
生死の瀬戸際に立たされた生き物は、とにかく強い。生存本能により、身体能力が限界を超えて引き出されるからだ。
ウサギはその小さな体躯からは想像も出来ないほど、強く、激しく暴れる。
衝撃で腕が痺れる。ウサギが体を跳ね上がらせるたび、ビリビリとした感覚が骨の中を走った。
でもいくら抵抗されようと、その脚からは絶対に手を離さない。
可哀想だとは僕も思う。
だけど、今からこいつを食おうと言うのだから。僕の一方的な事情で、こいつから命を奪うのだから。
『可哀想』の言葉を盾にして、目をそらす訳にはいかないんだ。
身勝手に相手から奪うのなら、それ相応の覚悟を持たなければならない。
「……ごめんね」
三つ目ウサギの柔らかな毛皮に鉤爪をあて、一思いに首を刎ねる。
ウサギは一瞬硬直するも、すぐに全身から力が失われ、刎ねられた首が地に落ちた時には、すでに命無き肉の塊へと成り果てていた。
あっさりと屠殺が済み、続いて血抜きの工程に進む。
小川の上に伸びていた枝にウサギを括り付け、丁寧に内臓を取り皮を剥ぐ。
取り除いた内臓や最初に落とした頭は、近場の岩の上に置いておいた。
しばらく放っておけば、いずれ鳥か獣が処理してくれる事だろう。
しっかりと血が抜けたのを確認して、肉の準備は完了。次はいよいよ調理を始める。
さあ、ここからが本番だ。
どのように調理しようか?
焼く、煮る、揚げる。色々あるけど……うん。今回は焼く事にしよう。
火をつけ、これまた便利な結界を鉄板代わりにし、いざ肉を焼いていく。
適当なサイズに肉をカットして、結界に並べる。
ジュワッと軽い音が響き、すぐに香ばしい匂いが漂ってきた。
いよいよ完成を待つだけ。
まだ少し気が早いけど、今から出来上がりが楽しみだなぁ。
……そう思ってから、まだ数分と経たないうちの事だった。
……本当、マッッッジで意味分かんない。
前兆は無かった。
原因も不明。
これまでおかしいところは何も無かったはずだ。
なのに、なのに……
――なんでこんな事にぃっっっ!!
赤身に、外側から茶色い焼き目がついていく。
ここまでは順調だった。だが次の瞬間……
……その肉の良い感じに焼けた部分が、まだ生の部分との境目からボロッと崩れた。
さらに崩れ落ちた部分は、筋繊維がほつれてバラバラになっていく。
「……へぁ?」
思わず変な声が漏れた。
あまりにも謎過ぎる現象に、驚くを通り越してもはや虚無る。
何が起きているのかを脳内で処理できないまま呆然としている間にも、肉はどんどん崩壊していく。
やがて三つ目ウサギの綺麗な赤身は完全に原形を失い、かつて肉であったモノ、『オブジェクトX』が誕生した。
……以上が事の顛末。
あぁ……もう酷すぎて泣きそう……
「はぁ……ごめんよ、三つ目ウサギ。無駄に命を散らさせた挙句、こんな姿に……」
……本当、どうしよっかコレ。……コレを食べる……うぅ~、流石に無理だぁ……
元々は三つ目ウサギだから、毒は無いはずなんだけど……うぁー、怖いなぁ。
見た目もそうだけど、何より無臭ってのがこれまた……
……しょうがない、これは灰にして川に流しておこう。
たぶんそれが一番安全だ。
あぁ、ウサギには申し訳ない事したなぁ……まさかあんな惨い姿になるなんて……
わざとじゃないとはいえ、我ながら最低だよ。
なるべく丁重に葬るから、これがせめてもの弔いになれば良いんだけど……
でも、これ以上の犠牲が出る前に、こうなる事が分かったのは、ある意味良かったのかもしれない。
もしここで気づかないまま、僕が父さんみたいに……いや、これ以上はやめておこう。
考えようとするだけでゾッとする。
……とにかく今回の件でよく分かった。僕はもう、絶ぇっっっっっ対に調理中の食べ物に触っちゃ駄目だな。
ハァ~、誓おう。
もう二度と、僕は料理はしないって……




