No.42 本気になるほど馬鹿馬鹿しい
目の前に相手がいないのだから、こちらから攻撃しても意味がない? はっ! そんな馬鹿な話があってたまるかよ。
この光の矢がありとあらゆる方向から向かって来るのは、全て『穴』を通してここまで転送されているから。
要するに、光が飛んで来るこの瞬間。ほんのコンマ一秒にも満たないこの時間だけは、僕と相手のいる空間が一直線に繋がっているんだ。
でもその一瞬のタイミングを掴むのは至難の業。ならどうするかって?
……こうするんだよ。
『大気ヨ、風ヨ、遍ク震エ……爆裂セヨ!!』
……たった一瞬のうちに起きた事だ。周囲が赤く染まっていき、まばゆい赤光が視界の全てを飲み込んだ刹那。
けたたましい轟音と共に、赤光は白光へと変わり、炸裂した。
衝撃波が同心円状に広がり、辺りには爆風が吹きすさぶ。不幸にも光に巻き込まれた芝や雑草は、塵も残さず消え去った。
「フフフ……アハハハハ!!」
どうだ! ここまでしたならばただでは済むまい。人間なら確定で死、同族相手でも鱗がはげるくらいの威力が……
「……チッ、駄目か」
またもや『穴』からの攻撃の転送。今度は全部上からだ。毒か酸の類だろうか? 見るからにヤバい液体が雨のように降り注ぐ。
むぅ……直接攻撃を仕掛けた訳じゃないからしょうがないとは言え、流石にこれだけじゃ効かないか。
でもさっきまでのおちょくるような光の矢で返さないって事は、全く効果が無かったって訳でも無さそうだ。
「ちょっとは認めてくれたって事で良いのかな!?」
上空に向かって声を張り上げる。もちろん返事は無い。その代わり僕の問いかけに応えての事なのか、毒水の雨に電撃が混ざる。
知ってんだよ! どうせこれも結界は無意味なんだろ! 本当にたちの悪い避けゲーめ。
『跳ネ返セ、水鏡!』
……水の方は水鏡である程度打ち返せる。だけど重力が働くせいで、圧倒的にこっちの方が分が悪い。
その上この水をつたって来る電撃だ。これが一番怖いんだよ。水プラス電気は危険過ぎるだろ!
この体にどれだけ電撃耐性があるのか分からないから、これだけは絶対に食らいたくない。
どうする? このままだと負け確、また逃げてるだけに逆戻りだ。安全なところから一方的になぶろうとか、悪趣味なやつめ。
……待てよ、悪趣味?
……思えばさっきからおかしいじゃないか。攻撃は全て当たれば致命傷になるようなものなのに、殺意は一切こもっていない。
殺す気が無いなら、本当にただの嫌がらせ? それなら、こっちもまともにやり合う必要は無いのではないか?
「ああ……そうか。単純な話じゃないか」
敵さんよ、僕を弄ぶのは楽しいかい? でも、いつまでもその気分が続くなんて……思うんじゃねぇぞ!!
「ふふ……弄ばれる側の気持ち、そっくりそのまま味わわせてやる」
『幾千幾万、星ノ軍勢。汝ハ閃光ノ矢ヘト化ス』
詠唱と共に右腕を天に掲げると、青白い光が僕の右腕を中心に円を描く。
これで準備はオッケー。あとは発動させるだけ。
『——疾ク奔レ!!』
上空を見据えて叫ぶ。円は一瞬震えると、大きめの腕輪くらいのサイズから半径二メートルほどにまで拡大。
円環が整然と並んだ光の矢へと変化し、数多の青白い光の筋が、空に向けて飛んだ。
最初に僕が受けた攻撃の物量特化バージョン。威力は半減するにしろ、数千単位の矢が毒雨を押し返す。
しかもこの攻撃は、僕が解除しない限り半永久的に続く。もうこれ以上の隙を与えてなんかやるもんか!
ほら、お前が始めに僕をおちょくってたのと同じ攻撃だぞ。まさか自分がこれの的にされるとは思ってもみなかったか?
「おい! どこからかは知らないが見えてるんだろ! なら分かるな。これでもまだ続けるか?」
僕の問いは穴の向こうに消える。反応は何一つとして返って来ない。
でもさっきまでとは違い、形勢は逆転してこっちの優勢。もうさっきまでのようなやる気のない攻撃は僕には当たらない。
「まだやんのかって聞いてんだ!!」
圧倒的な物量を盾に攻防を続ける。すると突然、ピタリと向こうからの攻撃が止まった。
不審に思って僕も攻撃の手を止める。空には一つの裂け目が残り、その奥から何かの気配をほんのわずかにだが感じた。
「……フフ……」
穴の内側から、小さく笑い声がした。人を嘲るような嫌な笑い方だ。
(何だよ……どこまでも薄気味悪いなぁ)
そんな思いを込め、ジト目で穴の内側を見つめる。もう人の気配は感じなくなっていた。ほどなくして穴も消え失せる。
遠いところから好き勝手やって、逃げる時には、ほんのわずかな痕跡すら残さない。
まったく、都合のいい能力だな。
「……い、さっきの光……から……」
……人の声。まぁあれだけ暴れたら、流石に誰かしら気づくか。面倒な事になる前に、さっさとここから離れよう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「う〜ん、流石に遊び程度じゃ無理かぁ。どうにもちょいと怒らせちゃったようだねぇ……」
某所、としか言いようのないところ。女は太い木の枝の上に腰掛け、呟く。
女はリズミカルに足をバタつかせると、一度大きく伸びをして、枝から地面に飛び降りた。
「まぁ、子供とは言え青竜。手抜きでやりゃぁこうなるもやむなし。せっかく餌に本命が食いついたんだから、急いで逃すのはもったいない。じっくり気楽にいきましょう」
実に、奔放。まさにそんな言葉がふさわしい。女は不敵に微笑むと、パチンと指を鳴らし、もう一人の観察対象の元へと『穴』を繋げた。
穴の向こう側に、少年の姿が覗く。
表面的には、ただクラスメイトと談笑しているだけのように見える。普通の感性を持つ者、とりわけ彼の実情を知らない者の目には、その光景はそう映るだろう。
だが、彼の心情、本音。その何一つもを知らないと言う条件は同じなのにも関わらず……
……その心の矢印が、その場の誰の方も向いていない事を、なぜだか女は知っていた。
ちなみに余談。この時のエスのムカつき度合いは、例えるなら、痒いところにギリギリ手が届きそうで届かない。そんな感覚です。
ってな訳で(謎)次回、番外編です。