No.41 ふざけやがって
「一応情報は得たけど、これからどうしたもんかねぇ……」
「ポー?」
「うん? ああ、いやだって、内容もソースも、とてもじゃないけどあの二人には話せないようなものだろ?」
「ポー?」
「……」
……ハァァ~、僕はハト相手に何をやってるんだか。
あの後、白猫亭で食事を終えた僕は、先輩いわく『サイラス誘拐の現場』である学生寮の裏口に足を運んだ。
ざっと辺りを見回した感じ、証拠になりそうなものは何も無い。物理的な痕跡はおろか、空間内の魔力の揺らぎでさえも、何一つとして見受けられなかった。
(本当にここで合ってるのかなぁ? まさかあの話が嘘だったなんて事は無いだろうし、犯人はよっぽどのやり手か?)
壁にもたれかかり溜め息をつく。事件のあらましが分かっても、証拠が見つからないんじゃ話にならない。
あ~あ、どこかに解決の糸口になりそうなものが落ちてたりしないかなぁ……
……だから何も落ちて無いんだったな。僕の目で何度も確認して微塵も見つからなかったのだから、本当にこの場に残された証拠は”ゼロ”なんだろうなぁ……チッ、めんどくせぇ。
「もういいや。一旦部屋戻ろう」
見つからない手がかりを探すのがかったるくなってきて、僕は裏口のドアノブに手を伸ばした。……その時だ。
バサササササ!
「うわ、ちょ、何?」
僕の肩の上でハトが大きくハト胸を膨らませ、狂ったように羽ばたきだした。
至近距離からの風圧に、髪が激しくなびく。
ハトは飛び立つでもなく、両足で僕の肩をがっしりと掴み、翼を僕の顔に叩きつける。
「クククククー!!」
「お、おい、何だ急にやめ……っ!」
ハトが天に向かって首をもたげ、大きく叫んだその瞬間。
顔の横を、一筋の青白い光がかすめた。
ハトは飛び立ち、光をよけきれなかった横髪が、数本はらはらと地面に舞い落ちる。
(攻撃された?)
光が飛んで来た方向に目を向ける。視認できる範囲に人はいない。隠れられるような場所も……
「っく、また!?」
今度は左からだ。すんでのところで体をのけぞる。光は僕の鼻の前を通り過ぎると、その先にあった木を貫通した。
木に出来た風穴から、向こうの景色が覗く。
……今のは確実に頭を狙われていた。
「くっそ、誰が……って、油断できねぇなおい!」
左、右、前、後ろ。ありとあらゆる方向から攻撃が来る。しかもそのどれもが正確に急所を狙ってきていて、スレスレでよけるので精一杯だ。
(っ、一撃一撃が速過ぎて、どっから攻撃されてるかの確認すら出来やしない。それに感覚で分かる。この光、僕でも当たったら致命傷になりかねない。……僕は竜だぞ)
情け無くも逃げ回っているうちに、僕はよりひらけた方へと誘導されていく。
ひらり、ひらりと。左足、次は右脇腹。右腕、左耳、胸を反らせてよける。その姿は傍から見るとまるで……
(踊らされてるみたいだ)
こいつ、僕がギリギリよけられるようにわざと狙ってやがるな。
「……まったく、ふざけたまねを」
——対魔術結界——
攻撃魔術の防御に特化した結界だ。即席用に簡易化したものだけど、これで多少は防げ……
「なっ、気休めにもならないか」
球状に展開された結界は、ものの二秒としないうちに砕かれた。
あ゛あ゛! この程度じゃやっぱり使えないか。でもこの一秒ちょいで、少しだけは解析出来たぞ。
まず第一に、攻撃を飛ばしているやつは近くにはいない。一瞬だったけれど見えた。どうもこの光、突然何も無い空中から現れては、僕に向かって一直線に飛んで来ているっぽい。
第二に、光の出現に合わせて、大気中にほんのわずかにだが歪みが生じている。
こんなの、集中しなければ分からないくらいだ。
ぴんと張った糸を真ん中からハサミで切った時のような衝撃が、静かな空間をパチパチと揺らす。
第三に、その空間の歪みこそが、おそらく先輩の言っていた『穴』。一つ一つの規模は小さく、開いてもすぐに閉じてしまうが間違いない。
そして最後にもう一つ。魔術とは、あくまで自然現象の延長線上にあるものを発生させる術。空間に干渉するなんて事は、たとえどんな天才であったとしても不可能。
これは理の外にある現象。つまり、『穴』の正体とは……
——魔法!
「っつあ!」
首筋に鋭い痛みが走る。一撃よけきれなかったか。
攻撃はおさまるどころか、より一層激しさを増す。
いよいよ余裕がなくなってきた。ごちゃごちゃ考えてる場合じゃない。
……時間帯が良かったな。運の良い事に、今この辺りには人一人いない。
いや、運が良いと言うのとはまた違うか。周りに人がいたら、もしかしたら攻撃される事すら無かったかもしれない。
でもそれは、今となっては関係の無い話だ。
今のこの状況は誰にも見れらていない。だから……心おき無く戦うことが出来る。
ああ……痛ぇ。首から生温かい液体がじわじわと流れ出て来るのを感じる。この程度の傷なら死にはしないけど……
……流石にちょっとムカつくなぁ……
……バレなきゃ、少しくらい暴れても良いよね。
「さぁ……反撃といこうじゃないか!」