No.34 利用し合う関係
「ちょ、ちょっとストップ。一旦二人とも後ろ向いててもらえませんか?」
「はにゃ? なんでだね?」
「ほら、十中八九あんたが悪いんだから黙って後ろ向く!」
「な、なにすんだー!!」
ルルス先生が嫌がるラミナさんを無理矢理押さえつける。よし、この隙に……
『浄化セヨ』『浄化セヨ』『浄化セヨ』
魔法で浄化三重からの……あーしてこーしてルーン組み立てて……
——完全防臭結界——
これでどうだ!! ……うーん、空気が清浄。二人は僕がした事には何も気づいてないし、完璧だな。
「あ、もう大丈夫です」
「は……はなせルルスゥ!!」
僕が最強のマジカルガスマスクを展開し終わると同時に、ラミナさんがルルス先生の拘束を振りほどく。
「お、なんだか知らないけど終わった? じゃあほら、どぞどぞ遠慮無く。中入ってゆっくり話そうじゃないの」
「は? あんたこんな汚部屋に客を招こうっての?」
「いいから来ぉい!!」
ラミナさんに腕を掴まれ、僕とルルス先生は魔窟の中へと引きずり込まれた。それにしてもおぞましいな、ここの環境は。これだけ対策したのに、僕の対臭気結界を貫通して鼻に臭いが届いて来る。
「お姉ちゃんここクサい! あれだけ掃除しろって言ってるのに!!」
「ぅうるさぁい! 私の部屋のベストコンディションにケチつけるとは、妹とて許さんぞぉ!!」
「……この惨状がベストですか?」
ドドドドォ! バサバサ、カラァン……
タイミング良く部屋の隅の山で雪崩が起こる。
「……わ、私は気にしてないから、別にこのままで良いのだ」
……目が泳いでる。やっぱベストじゃないんじゃん。
「って、今は部屋なんてどうでも良い! ここに来たって事は首席クン! キミは私のメッセージに気がついてくれたって事でよろしいのかね?」
「はい?」
「やっぱあんたの仕業か馬鹿姉ェ!!」
あ、先生がキレた。でもラミナさんはそれを完全無視。
「気づいているなら話が早い。今一度お願いさせてもらおうじゃないの」
ラミナさんは両膝をつき、僕の足にすがりつく。
「んぉぉおお願いだから古代文字の授業選択してくださぁーい!!」
「うぇぇ、そんな事言われたって……」
「おーねーがーいー!!」
……ってな感じで前回の冒頭に至る、と。
いや駄々っ子か!? 何でこの人こんな僕に執着してるの?
「……それにしても、何でそんなに僕を引き入れたいんですか? たかが僕一人が増えたところで、授業レベルが上がるって訳でもないでしょうに」
「……たかが……?」
ふとラミナさんはわめくのをやめ、ゆっくりと立ち上がる。
「フフフフフ、キミは自分にどれだけの価値があるのか気づいていないようだねぇ……」
え、何この人、今度は笑い出したよ。ちょっと怖いんですけ、どっ!
「あなた入学式で自分が何やったか覚えてるのぉ!? あの原稿私が三日前からコツコツコツコツ頑張ってぇ!! 他の先生たちも巻き込んでぇ!! やぁ~っと出来たぁ、首席クンどんな反応するかなぁ、って楽しみにしてたのにぃ!! それをあなたは一瞬、一瞬で全部解読してぇ!! も、もう、あの時私がどれだけ、どれだけ驚いたか、分かってるのかねキミはぁ!?」
「あべべべべべ、し、知る訳無いでしょうよ。あんな極限状態でそんなこと考えてる余裕なんて……」
「だったらなおさらおかしいでしょぉ!?」
「ぐっへ。く、首が……それやめてくださぁ!?」
ラミナさんは僕の肩を掴み、これでもかっ! ってくらいにガクガク激しくゆする。あ、視界が、回ぁる……
「やめなさいラミナ! ステイ!!」
はぁ、はぁ、はぁ、あ゛あ゛~しんど。幸いにもルルス先生がラミナさんをひっぺがしてくれたおかげで、これ以上僕の首が痛めつけられる事は無くなった。
全く、これが僕だったから良かったものの、普通の人間だったら間違いなく脳震盪モノだぞ。
「またかルルスゥ!! 私が言いたい事はまだまだたくさんあるってのに……」
「いいから、あんたは黙ってなさい!!」
——聖母の誘い——
ルルス先生がくるくると魔術陣を描くと、ラミナさんは膝から崩れ落ち、床に激しく頭を打ちつけた。
「スコー……」
心配になるくらいの倒れ方をしたってのに、当の本人は何事もなかったかのように気持ち良さそうな顔で眠っている。
「ルルス先生、これ大丈夫で……」
「良いの。いつもの事だから」
……これがいつもの事なの? それ本当に大丈夫か?
「とにもかくにも、うちの姉が迷惑かけてすみません。悪い人では無いんですけど、ちょっと見境の無いところがありまして……何もコレの意見に従う事ありませんから、アンケートではあなたの本当に学びたい教科を選択してください。あとで用紙も取り替えましょう」
アンケート? ああ、忘れてた。そもそもその為にここに来てたんだった。
そうだな、アンケート……
手の中の用紙を見る。もう二つ分の教科は決まっているが、あと一つ、三つ目だけが選択されていない。
教科名の羅列、左上から右下に読み進める。目が滑る。無機質な文字列、こう言っちゃ悪いが、面白みは感じられない。そんな中、ある教科にだけ意識が引っ掛かった。
『古代文字』、そしてそこに綴られた熱烈な文章。これを書いた本人を見たからかもしれないが、その文面からは並々ならぬ熱い思いが伝わって来た。
情に絆されている訳じゃない。僕は同情なんてしない。だからこれは、完全に僕自身だけの意思だ。
そこら辺に転がっていたペンを拾い、最後の欄に教科名を記入する。
「いいえ、取り替える必要はありません。決心がつきました」
ルルス先生に紙を渡す。先生ははっとした表情を浮かべ、真剣な眼差しで僕に向き直った。
「本当に……これで良いのですね?」
ルルス先生の瞳をまっすぐに見つめ返す。もう決めた事だ、迷いは無い。
「はい。ラミナさんの事を見てて思いました。彼女の性格的に、彼女が僕に求めているのはおそらく研究への協力。通常の文章と同じように古代文字で書かれた文章を読む事が出来る僕がいれば、今までより短時間で、より多くの文献を紐解く事が出来るようになるでしょう」
話を切り、山の中から本を一冊拾い上げる。『冒険者クーの日記』、かなり古い本のようで、全編古代文字で書かれている。禁書指定を免れた数少ない本のうちの一冊だろう。
「……僕は知りたいんですよ。一般には知られていない古代の物事が。ラミナさんさっき言いましたよね? 『自分に出来る事なら何でもする』って。こちらとて願ったり叶ったりです。あちらが僕を利用しようと言うのなら、僕も存分に利用させてもらいますよ。だから……」
本を閉じ、そっと山の中に戻す。そして顔を上げ、再びルルス先生の顔をしかと見つめた。
「ラミナ先生が目を覚ましたら伝えておいてくれませんか? 『これからよろしくお願いします』と」