No.33 汚部屋の主
現在時刻は午後一時四十五分。
授業を終えた学生達の陽気な声が窓の外から響く。
周囲には数えるのも嫌になるくらいの大量の本がいくつも山を作っていて、随所に雪崩の跡がある。
「いやぁ~だぁ~、お願いお願いお願いお願いぃ! 私に出来る事なら何でもするから、授業は聞いてくれなくても良いから、選択科目で古代文字選ぁんでよぉ~」
ホコリ臭い汚部屋の中、駄々をこねる子供のような泣き声が響き渡る。
……それも僕の足元から。
下を向くとモサモサとした脂ぎった毛玉が、僕の足に取り付いてぎゃあぎゃあわめき、僕の隣ではルルス先生が頭を抱えている。
……なんでこんなカオスな状況に陥っているのか。
それを説明する為に、一旦数時間前を振り返ってみよう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔術理論、もとい自習の時間が終わり、ホームルームが終わった後。
教室を出て行ったルルス先生を追いかけ、例のアンケートを持って僕は廊下を走った。
「先生! あの、話したい事が」
「? どうしましたか?」
ルルス先生は立ち止まり振り返る。
「このアンケートで一つ気になる事があって……」
そこまで言いかけて、僕は用紙を先生に渡そうとする手を途中で止めた。
あれ、問題の文章は文字が小さすぎて普通の人には読めない件、結局解決してないじゃないか。
あれ? あれだけ時間あったのに、そこんとこ何も考えてなくない?
このままだと僕、ただの変な人だよ。
「……その紙がどうかしましたか?」
ルルス先生は僕の手の中の紙に目を向ける。
……どうしよう。ここで引き下がるのは不自然だよな。
この状況で『あ、やっぱ何でもないでーす』なんて言ったら、それこそ僕はヤバいやつだ。
イコール、僕に先生にこの紙を見せるモーションを続ける、以外の選択肢は残されていない。他にも無い事は無いが、この選択をする事が、これ以上悪目立ちの種を増やさない為の最善のルートだ。
「それが……僕のアンケート、なんか訳分かんない事書いてあって。ちょーっと文字が小さすぎて、先生が読めるかどうかは分からないんです……けど……」
「それってもしかして、古代文字の欄の近くに書かれていたりはしませんか?」
「え、なんで分かったんですか?」
……おっとこれは想定外だ。
紙を見せる前に、言いたい事をズバリ言い当てられるとは。
何? やっぱり先生何か知ってるの?
ルルス先生は、行き場の無くなった僕の手の中の紙に目を向ける。
「どうせ『お願いだからここを選んで』とでも書いてあったのでしょう?」
「え、なんで内容も分かるんですか?」
僕が答えると、先生は今まで(とはいえ会ってからまだ数日)見た事無いような顔をして、大きく溜め息をついた。
「ハァァ〜〜、あんの馬鹿。生徒の大切な書類になんて事してくれてんのよ……」
……ルルス先生ってこんな表に感情を出す事出来たんだ。
怒ってる(呆れてる?)時限定なのかもしれないけど。
「……ごめんなさいセルマリエス君。今から時間空いてたりしませんか?」
「はい? ああ、全然。大丈夫ですけど……」
「良かった。案内したいところがあるので、ちょっと私についてきてください」
「はぁ。分かりました」
ってな訳で急遽どこかに連行される事に。
外に出てだだっ広い学園の敷地内を歩く。
様々な研究棟や施設の前を通り過ぎ、数分ほどしてルルス先生はある建物の前で立ち止まった。
「ここは何をしている棟なんですか?」
「考古学の研究棟です。この建物内に教室は無いのですけど、蔵書がたくさんあるので、その道に興味のある生徒がいる事が多いですね」
そして僕はルルス先生とその建物内の二階に上がる。
本校舎とはまた違った雰囲気だ。
考古学専門の棟なだけあって、廊下を進むたびに遺物らしきものがたくさん展示されている。
しげしげと展示を眺めていると、ルルス先生はある部屋の前で足を止めた。
そしてゆっくりと扉を開ける。
部屋の中の様子があらわになったその時、僕の頭に真っ先に浮かんだのは……
(カビくっさっっっ)
だった。
いや、もちろん言いたい事は他にも色々あったよ。
『なんで本で山脈出来てんの?』とか、『うわ、人が倒れてる』とか。
でもそれぐらいならまだ良いじゃん。
うわぁ、とは思うけど、僕に実害は無いんだから。
あ、今黒光りする影が高速で走り去って……あれってもしかして異世界版ゴ(以下自主規制)
……まあとにかく実害は無い。
でもこっちは話が違う。
煙のように立ち上るホコリに、鼻の奥がギャンッ! ってなるくらいの強烈な臭い。
ああ、もう嫌だ。こんなとこ絶対入りたくない。
黒獅子騒動の時言った通り、僕は種族柄人間より圧倒的に鼻が鋭い。
この刺激感を通常の人間の感覚で例えるなら、まるで鼻先でシュールストレミングの缶を開けられたかのような……
……こんなの想像出来るか?
「ラミナ! この馬鹿姉! 何してくれてんのよアンタ!!」
ルルス先生が怒声を上げると、床に転がっていた小汚い女は一瞬ビクゥッ! って勢い良く跳ね上がり、頭を掻きながらおもむろに起き上がった。
「ふあぁ~あ。なにルルス……私、二徹明けで眠いんだけど……」
「二徹? へぇ……まだ今学期授業は無い、研究にも手を付けてないってのに、その二徹の間、あなたは一体何をしていたのかしらね……?」
「なにってそりゃあ、学園長の下で暗躍とか、職権乱用して小細工とか、それはそれは忙しかった訳で……」
「職権乱用?」
「うおっと口が滑った、今のナシね。」
「無しになんて出来る訳無いでしょ。全部洗いざらい話してもら……」
「はいはいうるさい、うるさ~い。ナシったらナ、シ。ところであんた何しにここに来……」
あ、目が合った。
「た……あ……」
待って、嫌な予感ン゛ッ、
「うおぁぁぁあなた!! 一年の首席クン!!」
うわ近づいて来たカビじゃない臭いが混ざって刺激臭が、んがっっ、
は、鼻がもげる……




