No.32 囚われしサイラス
ペラリ
まだ昼間だというのに、暗く静まり返った室内。
その静寂を切り裂くように、ただ本のページをめくる音だけが響く。
部屋の中には壁を囲むように本棚が置かれ、窓は無い。
明かりは本棚にランダムに配置されたランプの中で、魔石が淡い炎のような色で煌々と輝いているだけだ。
中央には小さなテーブルと、アンティーク調のロッキングチェアがあり、女が一人そこに足を組んで腰掛け、分厚い革の背表紙の本を黙々と読み進めている。
これだけでも世間一般で言う『普通』とはかけ離れた光景ではあるが、その部屋にはそこを異質たらしめるものがもう一つ存在した。
ギィ……
天井の、梁がきしむ。
「……うぅ……」
ロープでぐるぐる巻きにされ、逆さに吊り下げられた状態で少年は目を覚ました。
「ここは……うっ、頭が」
「ようやく目を覚ましたわね」
女は本を閉じ、それを丸テーブルの上に置くと、顔を上げて少年を見つめた。
「薬を盛った訳でもないのに、起きるのが遅ぉ~いわよぉ。一体私が何時間待ったと思ってるの?」
「……あの……あなた誰ですか?」
少年……サイラスは、薄明りの中目を凝らして女の顔を見、次いでゆっくりと部屋の中を見渡す。
「それに……ここはどこですか?」
「さぁねぇ。どっちも教えなぁいわ」
女は手のひらを上に向け、椅子に背をもたれる。
その反動でロッキングチェアが、キィと音を立てて前後に揺れた。
「……じゃあ質問を変えます。俺はあなたに攫われたって事で間違いありませんか?」
「ええ。そうとってくれてかまわないわ」
「目的は?」
「教えない」
「……あの子供は?」
「教えなぁい」
「……そもそも俺を連れて来た事に目的はあるんですか?」
「さぁ。どうでしょう?」
女の態度は一貫して変わらない。
質問に答えるどころか話を聞く気も無いようで、さっきからずっと目を閉じ椅子を揺らしている。
「……目的が無いなら、もう開放してはくれませんか?」
「それは駄目」
「えぇ……」
ミノムシ状態でサイラスは途方に暮れる。
相手が解放してくれないなら自力で縄を切って脱出する、という方法も無くはないが、腕が全く動かせないのでそれは実現不可だ。
一切の身動きが取れないなら、魔術で縄を切る事も、力こそパワー的発想で引きちぎる事も出来ない。
仮にそれが出来たとしても、目の前のこの女は明らかにサイラスより格上。
逃げたところですぐに再び捕まってしまうだろう。
「……それならせめて、この逆さ吊りだけはやめてくれませんか? 頭に血が上って、正直かなりキツいです」
ところでこの男、涼しい顔で吊るされているが、内心脳に血が溜まり過ぎて限界なのである。
……女はそんな事、全く意に介してはいないようだが。
女は小刻みにプルプル震えているサイラスを見て笑いをこらえる。
「っ、ふ……そう? そんなキツいかしら? ……ふふ……っ、くくく……」
サイラスの顔が徐々に赤くなっていく。女は下を向き、こちらもカタカタと体を震わせ、必死にこみ上げる笑いを抑えていたが……
「……っぶ、あはははははははは! 待ってw、その顔おもしろ……っぐ、うひw、もう無理w、にゃはははははははは、ウッ、ゲホッ、ゲェッホ、ゴホ」
女はロッキングチェアのひじ掛けをバシバシとたたき、むせ返るほどに爆笑する。
サイラスは女のその反応に、悲しそうに『笑わないでよ……本当に辛いのに……』と言ったが……
……その怒られたポメラニアンのような表情が、より一層女の笑いを助長した。
「あはははは、ゲホ、そ、その目やめて、笑い止まんな、ふは、あぁ~っははははは!」
女は長い事身をよじって笑いこけていたが、流石にそろそろサイラスの意識がもたないという事で、渋々ながらも彼の申し立てに合意した。
「ヒィw……分かった分かった、下ろしてあげるわ。仕方ないわね」
女が指をパチンと鳴らすと、縄がほどけ、サイラスは頭からドスンと床に落とされた。
「痛っっって、って、おぁ!」
サイラスは頭をさすり起き上がる。
だがその場で立ち上がろうとすると、何かに首を引っ張られ、後ろに引き倒された。
「今度は何?」
首元に手をやると、何か硬くて冷たい物が手に触れた。不思議とあまり重さは感じないが、金属のようなものが首に取り付けられている。
「ジャーン!! ほらほら見て見て、良く似合ってるじゃないの」
どこから取り出したのか、女はサイラスに鏡を向ける。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁ!!」
鏡の中のサイラスに首には、うっすらと赤味がかった銀色の首輪が巻き付いていた。
しかも首輪からは、同じく赤味がかった鎖が、床に向かって伸びている。
「そりゃあタダで下ろしてあげる訳無いじゃないの。脱走対策は念入りにしておかないとねぇ~。しかもなんとこの首輪、幻の素材、『竜の鱗』が練り込まれてるから、壊される心配もなく安心安全! まさに監禁・拘束にはおあつらえ向きの代物って訳なのさ!」
女はそう意気揚々に告げる。
彼女は軽く言い放ったが、サイラスにとってそれは死刑宣告並みの威力を持った言葉である。
「監禁!? 俺この部屋に監禁!?」
サイラスは叫んだ。すると女は笑って答える。
「そうそう監禁。でもこの部屋じゃあない。君が行くのは……」
女が言葉を切ると、サイラスの真下に『穴』が出現し、彼はなす術なくそこに落ちていった。
「え、ちょま、床が、うおわぁああああぁぁぁ……」
「……うん。言うより見た方が早いよね。そんじゃ、バイバーイ」




