No.3 魔法と臨死体験
それからというもの、学園に入学出来る年になるまで、僕は父さんに魔法や魔術の修行をつけてもらっていた。のだが……
その修行といったら、まるで地獄のようだった。
……いや、それでも魔術を覚えるところまではまだ良かったんだ。
みんな、きっと一度は思い描いたことがあるはずだ。自分が炎や氷を使いこなしている姿を。
もちろん僕だって例外じゃない。
前の世界ではありえないような現象を自分の手で作り出すのは、本当に、すごく楽しかった。
今でも初めて魔術を発動させた時の感動は鮮明に覚えている。
それに、自分で新しい術式を作り出すのも、魔術の醍醐味の一つだ。
魔術の習得は簡単に出来てしまった。
だからこそ僕は油断していたんだ。
『魔術はすんなり覚えられたから、どうせ魔法も同じだろ』って。
今となっては後悔している。
父さんの修行を二つ返事で承諾した、数分前の自分を殴りたいくらいに……
一体何があったか?
順を追って説明しよう。
あれはそう、僕が魔術の扱いにだいぶ慣れてきた頃の事だった……
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(これだと火力が高すぎるから、もう少し魔力供給線を細くして……)
「……よし、出来た! ――線香花火――っ!」
パチパチと火花が弾け、赤く明滅する。
だいぶ魔術が上達してきた僕は、こんなふうに新しい術式を作ったりして遊んでいた。
はじめ父さんは、そんな僕を遠くの方から見守っているだけだった。
笑顔でじっと眺めているだけ。
ちょっと術が暴発したりしても、僕が怪我をしない事を分かっているのか、特に止めようとするそぶりもない。
そんな父さんが、ある時突然僕に提案した。
「エス、そろそろ魔法の練習も始めてみないかい?」
もちろん僕はそれに賛成した。
魔術が使えるようになって、浮かれていたのもあるかもしれない。
それにしても、もっとよく考えるべきではあっただろうが……
父さんはちょっと笑って人化を解いた。
この時、僕は初めて竜の姿の父さんを見たのだけれど……
……なるほど、道理で普段元の姿に戻らない訳だ。
想像してたよりかなり大きい。
小屋に入る入らないってレベルではなく、背の高い木々を突き抜けるほどのデカさだ。
しかし見惚れていたのも束の間。
父さんの放った一言で、僕は現実に引き戻される。
「エス、魔術は使わないで私を倒してみなさい」
「え?」
何事?
魔術は使わないで?
倒す?
(いや、無理だろ。絶っっっっ対無理)
もう本当に、それしか出てこなかった。
現状の僕の唯一の武器である魔術が封じられては、父さんを倒すどころか、一撃を入れる事すら叶わないだろう。
でも、今更『やっぱやめる』なんて言えないし……
……通用しないのは承知の上で、とりあえず爪で攻撃でもしてみるか。
爪を伸ばして一撃、上げた腕を振り下ろす。
渾身の力を込めて放った攻撃は、父さんの前肢の鱗に直撃し、乾いた音が鳴った。
だが……
(嘘だろ、これで無傷かよ……)
父さんには傷一つついていなかった。
これでも、直撃すれば木が倒れるくらいの威力はあったはずなのに。
「……それで終わり?」
「そんなわけっ!」
かかってこいと言わんばかりに、悠然と佇んだまま微動だにしない父さん。
どうしようにもかなわない。
そんないらだちすらも巻き込んで、僕は父さんに攻撃を打ち込み続ける。
何度も、何度も、何百回でも。
どれだけやったか分からないほどに、僕は攻撃を続ける。
それなのに、僕の全力が父さんに効いている様子は全く無い。
むしろ消耗してるのは僕の方だ。
だんだんと息が上がり、振り上げる腕にも勢いがなくなってきた。
自覚があるくらいなのだから、側から見ればよっぽどなのだろう。
「そろそろ……疲れてきたみたいだね」
父さんは頭を下げて僕を見下ろした。
いつもと全く変わらない表情。
なのに、今だけはすごくムカつく。
「ハァ、……いや、まだっ!!」
もう一度と爪を剥き出す。
でも、飛びかかろうとした矢先に、頭上から声が降ってきた。
「いいや。それだけ疲れてるなら、もうそろそろ大丈夫だろう」
これまた挑発するような余裕の笑み。
すると父さんは、なにやら口の中で唱え始めた。
父さんの右前足に、無色のエネルギーが収束する。
ビリビリと鳴動する世界。
異変を感じ取った鳥達が、ギャアギャアと騒ぎ立てながら我先にと飛び去ってゆく。
凄まじい圧だ。
張り詰めた空気が眼前から押し寄せて、今にも吹き飛ばされそう……
……いや、違う。吹き飛ばされそうなのは、ただ物理的にではない。
もっと感情的な側面。
――そう、これは恐怖だ。
前世で死んだ時さえ感じなかったほどの恐怖。
それこそ体がバラバラに切り刻まれそうなほどの『死に対する恐怖』が背筋を駆け抜ける。
(やばい……死ぬっ!)
弾かれる。
そう思って、僕はとっさに身構えた。
その次の瞬間……
「ゥぐぁッ!!」
全身に衝撃が走る。
『痛い』とか、そう言う問題じゃない。
脳が痛みを認識するよりもさらに早く、全身に響く鈍い感覚。
何が起こったのかも理解出来ないまま、僕は後方にぶっ飛ばされた。
森の中に叩き込まれた僕は、次々に木にぶつかり減速する。
けれど、それにしても恐ろしい勢いだった。
完全に停止してから顔を上げる。
爆風が通り抜けたかのような跡。
樹齢何百年かと言うほどの大木が、まるで小枝のように五、六本へし折れていた。
本当に、訳が分からない。
(何だ……これは……)
「ああ、大丈夫かい? まだ大した威力は出してなかったと思うけど……」
呆けて立ち上がれないままでいると、いつの間にやらまた人型になった父さんが歩み寄ってきた。
いつもと同じ目が、心配そうに僕をのぞき込む。
父さんの価値観が色々おかしいのは分かっているつもりだったけれど、今、改めて実感した。
――信じられないくらい、この人は『化物』だ。
「父さん……何、今の?」
「簡単な強化の魔法だよ。こう言うのは実戦で習得するのが一番良いんだ」
……酷い言葉が聞こえた。
正気か?
こんなの続けてたら、間違いなく僕の体がもたないぞ。
(実戦……そうか、じっせんかぁ)
意味も無く、頭の中で言葉を繰り返す。
せめてもの現実逃避だ。
そうこうしてる間にも、父さんは再び僕を弾き飛ばそうと構える。
(僕学園に行く前に死んじゃうかもなぁ。)
……それからの事といえば、もう何も言わなくても分かるだろう。
突撃しては吹っ飛ばされての繰り返し。
戦闘と言うよりは、ただの蹂躙と形容した方がふさわしかった。
もちろん、僕だって黙ってやられてた訳ではない。
意識が飛びそうになりながらも、僕は僕なりに父さんの真似をしてみようとはしていた。
ほら、詠唱を耳コピで再現してみたりさ。
でも上手くいかない。
そもそも、発音方法が分からない。
言葉とも何とも言えなくて、試してみそうにも喉が痛くなるだけ。
成功の気配はゼロだ。
だけど、なぁんかあの音の感じ、聞き覚えがあるんだよな……何だっけ?
攻撃を続けながら懸命に記憶を辿る。
(前世で聞いた感じか?)
工事現場とかで、金属が擦れてきしむ音。
……いや、違う。
似てはいるけれど、あそこまでの不快感は感じない。
(前世じゃない。これはもっと最近の……)
――あ……
何だか、少し分かってきたかもしれない。
直近の暖かい記憶……
そうだ、思い出した。
僕がまだ喋れなかった時の『あれ』だ。
あの、喉の奥から笛の音が響いてくるような……
一か八か、やってみる。
あの感覚を思い出して……
一回目。
上手くいかない。
かすれた空気みたいな音が出た。
二回目。
やっぱりだめだ。
最初と何も変わらない。
三回目。
喉から血の臭いがする。
でも少し、音が出るようになってきた。
四回目、五回目、六回目。
発音自体はだいぶ出来るようになってきた。
ああ、喉が壊れそうだ。
七回目。
ここからは、声に魔力をのせてみようか。
八回目。
……本当にほんの少しだけだが、強化が出来たかもしれない。
体の内からじんわりと湧き上がる力を感じる。
――今度こそいける。
このまま、爪に力を収束させて……
バキィ!!
……確かな手応え。
最初とは違う、薄氷が砕けるような音がした。
土ぼこりが薄れ、恐る恐る目を開ける。
父さんの鱗には小さな亀裂が入り、じわりと赤く血液が滴っていた。
「やっと一撃、入れられたね」
嬉しそうに微笑み、父さんは再び人化した。
「そろそろ暗くなってきたし、戻ろうか」
その言葉に辺りを見回す。
集中していたからなのか、もしくはただ単に必死だったからなのか。
どちらにせよ、気づかないうちにキラキラと青く生い茂っていた草花は、夕日で紅く染まっていた。
遠くの空では、カラスの代わりに巨大なワシのような鳥が鳴いている。
――そして、今までの集中が切れるとやって来るのが、全身の痛みと疲労感だ。
いくら竜の体が頑丈だからって、流石にここまでされてはキツい。
散々吹っ飛ばされてもう限界だ。
産まれたての子鹿のように足が震えている。
それでも僕は、なんとか気合いで体を支えて頑張っていた。
……が、やっぱり無理があったようだ。
「あ……」
せめて一歩踏み出そうとしたその瞬間。
とうとう体重を支えきれなくなって、どっと地面に倒れ込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それからとてもとても歩けるような状態ではなかった僕は、父さんに担がれて泉に水浴びをしにいった。
真新しい生傷に水がしみる。
とはいえ、冷たい水はなんとも心地良い。
「父さん」
「うん?」
「僕、あれで魔法使えてたの?」
僕の強化は、父さんのものとは比べ物にならないくらい、魔法というには粗末なものだった。
それこそ、心配になるくらいに。
だから、ついそう聞かずにはいられなかった。
「誰でも最初はあんなものだよ。魔法も魔術も、一朝一夕で身につけられるようなものじゃない。むしろエスは筋が良い方だと思うよ。だから、誇って良い」
父さんは優しく僕の頭を撫でる。
安心感のわくような声色。
どうやら無用の心配だったようだ。
「キュルゥッ」
ついつい喉から声が漏れる。
僕は何だか嬉しくなって、尾を揺らして伸びをした。




