No.27 炎のゴミ、再来
二章突入であります
一限、二限と時間は飛ぶように過ぎ、早くも残すは四限だけだ。今日も今日とて特に変わった事は何も無い。実技の授業が無かった分、むしろ昨日より平和なくらいだ。
次の授業は魔術理論。担当は担任のルルス先生。入学試験の時と言い、Aクラス担任の件と言い、彼女には何かと縁がある。一体どんな授業をしてくれるのか楽しみだ。
……おや? 何やら視線を感じるな……まだ僕は何もしていないんだが。
「静粛に。本日最後だからと言って気は抜かないように。それではこれより授業を始めます」
ルルス先生の号令とともに教室からざわめきが消える。先生はそれを見届けるでもなく、持っていた大量の紙を数束に分け、最前列の生徒に渡していった。
「一枚取ったら後ろに回して、全員に渡ったら教えてください」
そう告げると、先生はコンパスで黒板に大きく円を描き始める。しばらくそれを眺めていると、僕のところまで紙が回って来て、『早く受け取れ』と言わんばかりに前の生徒がバサバサと紙を突き出して来た。
(そんな事しなくても回って来てるのは分かるっつーの。そんなに僕の事が気に食わないかね)
前の少年から紙を受け取り、一枚取って後ろに回す。
紙には一つ、魔術陣が描いてあった。形状、線、ルーン。あれ、何だかすごく見覚えあるぞこれ。
「先生! 全員に渡りました! あと、一枚余ったのですがどうすれば良いですか?」
一番後ろにいた生徒が叫ぶ。ルルス先生は魔術陣を描く手を止め、振り向いた。
「余り?おかしいですね。ちゃんと人数分用意したはずなのですが。他にプリントを受け取って無い人はいませんか?」
わずかに教室がざわめき立つ。だが一人として手を挙げる者はいない。
「……おかしいですね? 休みの報告は受けていないのですが。……とりあえず、余った紙は机の端にでも置いておいてください。後で私が回収します」
そして最後に黒板にルーンを付け足すと、自分の描いた魔術陣を一べつ、手についたチョークを払い、ルルス先生は改めてこちらに向き直った。
「さて、みなさんには今私が黒板に描いた魔術陣と同じものを印刷した紙を渡しました。もちろんみなさんは、この陣に見覚えがありますよね?」
手元のプリントに視線を落とす。うん、やっぱりそうだ。見れば見るほど間違い無い。
「入学試験の時の最終問題ですか?」
相変わらず酷い術式だなぁ、と紙を眺めていると、前の方で誰かが答えた。
「その通り。みなさん記憶に新しい事でしょう。これは原因不明の暴発を繰り返す事で悪名高い炎熱系統の魔術、通称『火付きの導火線』です。絶対に試してみよう、などと企んではいけませんよ。この魔術はすでに何人も学者を殺していますので。」
……そんな危ない魔術だとは聞いて無い。
僕は思わずその紙から手を離した。
いや、僕の場合はこの魔術が暴発したとして傷一つ負う事は無いんだろうけど、こんな人殺しの為だけに存在するみたいなもの、たとえ印刷物だったとしても触れていたくは無いよ。
それに、なんだってこんな危険物を入試試験、不特定多数の目に触れるようなところに載せるんだ。『あ、この問題全然分かんなぁ〜い。見てても分かんないから一回試してみよ』なんて考えるやつがいたらどうする!? そうじゃなくても、仮にこれを悪用しようってやつが出て来たら? こんなの身近な物で作れる爆弾の製造法を街角でばら撒くようなものだぞ!? 下手したら事故じゃ済まない事くらい、子供でもちょっと考えりゃわかるだろ。
まったく、この世界の倫理観は一体どうなってんだ? ……主にこの学園が。
(ああ、帰りたい……切実に……元平和ボケ日本人には、ここは刺激が強すぎる……カムバック、僕のスローライフ……)
そうは言っても後戻りなんて出来るはず無いし、これ以上は黙って受け入れる他に道は無いだろう。
一人目を閉じ、何事も無い日常を諦めかけたその時、
——悪夢は突然訪れた!
「……と、この術式についての説明はこのくらいにして、さっそく本題に入りましょうか。先ほど言った通り、この術が暴発する理由は『原因不明』。これは学者達の間では長年の未解決問題でした。ですが先日、その未解決問題がついに解明されたのです。」
ルルス先生の言葉に、クラスにはどよめきが広がる。あーもうだめだ、くそっ。こんなのもう『最悪』どころじゃねぇ『悪夢』だ。
「それだけでもう大変な事件なのですが、これが解明されるに至った場がこれまた問題でして……その場と言うのがまさに、先日行った筆記試験なのです。」
もうやめてください。それ以上は本当にやめてください。
「筆記試験の最終問題は、みなさんが答えの無い問いに対しどこまで思考できるかを計る為のものであり、決してこの魔術の暴発の原因を解明する事は求められていませんでした。しかしそんな中で一つ我々の予想に反し、完璧な解答が述べられたものがありました。その上問題の部分だけでなく、術式自体もより洗練された形状に整えられていて。はぁ、本当、激震が走りましたよ。一体何をどうしたらあんなものが思いつくのやら……教えてください、セルマリエス君。」
あああああああ!!
約百人の目が一斉に僕を見る。もう何度目だよって感じだが、何度目だろうとこればっかりは慣れない。不意打ちじゃなかった分、入学式の時とは比にならないくらいの絶望が押し寄せる。
分かってたよ! もう! こうなる事くらい!
今までもこれからも、僕は一体何度こんな目にあわなきゃいけないんだろう。色んな事が立て続けに起こり過ぎて、頭がおかしくなりそうだ。これはもはや精神攻撃と言っても過言では無いだろ。
息を大きく吸い込み頭を抱える。はぁ、僕の身に平穏が訪れるのは、一体いつになるのやら……
主人公に聞いてみようのコーナー!!
Q. ……馬鹿ですか?
A. 「何が!?」