No.10 知覚外のあれこれ
「ルーンに意味が無いなんて聞いた事もないけれど……仮にそれが事実なら、各国の王や教皇達が何かを隠している事になるのかしら?」
「何か、ですか?」
「ええ。それこそ、知ってしまったら首が飛びかねないようなものかもしれないわね」
「そんな、学園長!」
「大丈夫よ。この部屋には完全防音の魔術がかけてありますから。万が一にでも、盗み聞きなんてされないようにね」
……どう言う事だ?
たかだか僕がルーンに意味など無いと言っただけでこの騒ぎ。
首が飛ぶとか、そんなたいした話ではないと思うんだけどな。
ああ、そうそう。
ところで王族と言えば……
「あの、そういえば一つ聞きたい事があるんですけど……」
「ええ。何かしら?」
「実技試験の時の……エレオノーラ王女の事です」
実技試験。あの時エレオノーラが的の破壊に使ったのは、間違い無く『竜言語魔法』だった。
人間である彼女があれを使うことが出来た事には、ほぼ確実に彼女の血筋が関連している。
……学園長は、何か知っているのだろうか?
「あの時彼女が使っていた魔法。あれについて何か知っている事はありませんか?」
学園長の目をじっと見つめる。
学園長も周りの教師達も口を閉ざし、しばらくの間沈黙が流れる。
……ふいに、学園長が口を開いた。
「……『王血魔法』と。そう言われているものらしいわ」
「王血魔法?」
学園長の口から出たその言葉を僕は知らない。
僕の知っているあの魔法の名前はそんなものではない。
混乱と同時に、頭の中から怒りに似た感情がふつふつと湧き上がる。
その理由は自分でもよく分からない。
「トルグイネ王国の王族には、代々受け継がれている魔法がある。それが『王血魔法』。王族の中でもその適正にはかなりの差があって、彼女は先々代王以来の天才と言われているらしいわ。それ以上の事は……ごめんなさい。私にもよく分からないのよ」
……学園長が嘘をついている様子は無い。
そもそも、嘘をつく理由が無い。
彼女は本当に何も知らないのだろう。
トルグイネの王族、その原点の事も……
「そうですか……ありがとうございます。すみません、急にこんな事」
「いえ、こちらこそ役に立てずごめんなさいね」
学園長は再びほほえむ。
「それで……お話しした事は他にもあるのだけれど、今日のところはここでやめておきましょうか。わざわざこんなところに呼び出して申し訳ありませんね」
「ああ、はい……失礼します」
僕は学園長に向かって一礼し、その場を去った。
ラーファル達のもとへ向かう道中、先ほどの話について思い返す。
入学試験の件はもう取り返しがつかないからいいとして、学園長がトルグイネの王族について何も知らないのは少し意外だった。
なにせここは学園都市。
その規模と政治的に中立と言う立場上、ここの長たる彼女なら何か知っているんじゃないかと思っていたのだけれど……
それに、不可解な点はそれだけじゃない。
直接話してみた時に分かった。
あの紙の語り口調は、学園長のものではない。
つまり、あれを書いたのは学園長とは別の誰か。
って事は最後のあれは学園長の意思ではなかった可能性も……
……じゃあ、誰なんだ?
謎は深まるばかりだ。
まぁ良いさ。どうせ深入りしたところでろくな事にならないだろうから。
さっさとラーファル達を探そう。
ところで居場所が分からない。
メールでやり取りなんて出来ないこの世界。普通ならば諦めてどこかで落ち合うことを期待するのみだ。
でも“普通”ではない僕は違う。
――こんな時には魔力探知だ!
こいつを使えば、魔力に干渉するものの位置や形が手に取るようによく分かる。
もちろん近場から遠くまで、なおかつ立体的にだ。
固有魔力を覚えてさえいれば、物探しに人探しも簡単。
GPSなんかよりよっぽど便利だ!!
さて、二人はどこにいるかな……っと、さっそく見つけた。
ここは……多分中庭かな?
でも、なんだか少し様子がおかしい。
あそこで二人並んでいるのがメルトとラーファル。
それはそれで良いのだが、二人を取り囲むように魔力反応が一、ニ、三……十人以上はいるな。
……トラブルの臭いがする。
ラーファルもメルトも同年代では強い方らしいし、大丈夫だとは思うけど……万が一って事もあるしちょっと急ごう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その少し前の事。
エスと別れた後ラーファルとメルトは、少し外の空気を吸おうと中庭に出ていた。
「ねえ、メルト」
「ん?」
「エスの事、どう思う? 昨日から普通じゃないのは薄々感じてたけど、ちょっと流石に人間離れしすぎてる気がするんだよね」
少し悩むようにしてメルトが答える。
「確かに、はっきり言ってあいつの能力は異常だが、態度や振る舞いを見る限り、頭の固い貴族連中なんかよりはよっぽど人間らしいと俺は思うけどな。それにお前の方こそ、ハイエルフが知り合いだの、正直得体が知れない」
「あはは……やっぱりそれが普通なんだね。僕の住んでたところではこれが普通だったからなぁ……それにメルトの方こそ、貴族にしては大分変わってると思うよ」
「そうか?」
二人の間にのどかな風が吹き抜ける。
一見静かな昼下がり。
だがその静寂を切り裂くように、二人のもとに多数の足音が迫ってきていた。
メルトもラーファルも、それには気配で気づいていたが、得に警戒心は抱いていなかった。
だがそれが悪かった。
違和感を察してメルトが立ち上がる。
しかしその時にはもう遅く、気がついた時にはもう複数人の生徒に囲まれてしまっていた。
取り囲む生徒達の中から一人、赤髪の少年がメルトの前に歩み出る。
「四年ぶりだな、メルト」
言い放った声は低く重く、メルトを見下ろす白銀の瞳は氷のように冷たかった。
「……」
メルトはその真紅の瞳で彼の目をじっと見つめる。
しかし、その言葉には答えない。
……否、答えられなかった。
赤髪の少年は失望したように息を吐く。
「お前は本当に……久しぶりの再会に挨拶も無しか。何だ? そんなに俺の事が厭わしいか?」
「違っ」
少年の言葉にメルトは勢い良く立ち上がる。
「俺はそんな事……」
「違う? そんなはずが無いだろう。お前は昔から無愛想で可愛げの欠片も無くて、必要最低限以上の言葉を交わそうともしない。どうせ俺の事なんか眼中にすら入っていなかったんだろう。あの男と一緒で……違うなら何が違うのか説明してみせろ」
「それは……」
メルトは歯噛みするも答える事が出来ない。
これにはラーファルも耐えられなくなり、ぐっと拳を握り締め赤髪の少年の前に立つ。
「……ああ?」
「……あなたにどんな事情があるかは知りませんけど……メルトがあなたを蔑むなんて、そんな酷い事するはずが無いでしょう?」
周囲の視線が一斉にラーファルに向く。
「何だ? こいつ」
「不敬な」
「アクト様、黙らせましょうか?」
騒ぎ立てる取り巻き達には目もくれず、アクトと呼ばれた少年はメルトからラーファルに視線を移した。
そして冷ややかな声で言う。
「……部外者は口を出すな」
気圧されてラーファルは口をつぐんだ。
そんなラーファルを尻目に、アクトはメルトに再び向き直る。
「おい、こいつはおまえの何だ?」
「…………友達」
メルトは小さく答えた。
アクトは驚いたように目を見開く。
「……友達? お前が? 見るからに貴族でもなさそうなやつと?」
下を向き、小刻みに肩を震わすアクト。
痙攣した喉から震えた声が溢れ出す。
――だが顔を上げた時、その目は笑っていなかった。
「ふふ……ははははは! 笑わせるな!! まさか情けでも掛けてやってるのか?」
「だから、ちが……」
「良い事をしてるとでも思っているのか?
「聞いてくださ……」
「ふざけるな!! それもどうせ偽善なんだろう? ……やはりお前は気味が悪い。いっそここで始末してやろうか?」
メルトの言葉には一切耳を貸さず、アクトはそう言い放つと腰の剣に手を掛けた。




