1. 第二王子の婚約
コミカライズ完結巻である3巻が、2026/8/28頃発売です!
こちらのSSは、ノベル2巻の電子書籍限定特典として掲載される予定でしたが、編集部側の都合により掲載できなかったものです。
今回、編集部のご厚意で許可がでましたので、コミカライズ完結巻発売記念として投稿します。
(講談社ラノベ文庫編集部ブログに掲載されていたものを転載)
全3話です。楽しんでいただければ幸いです。よろしくお願いします。
どうやらセイラス王国第二王子たる私、フェルナンドに、婚約話が持ち上がっているらしい。
お相手は、王家直属の騎士団の団長のご息女、ベアトリス嬢ということだ。彼女の父である騎士団長はワーナー侯爵でもあるから、王子妃となるに十分な身分を持つご令嬢である。年齢は、私のひとつ下の十七歳なのだという。
今は王家と騎士団の関係に問題はないが、やはり武力を持つ集団とは、縁を繋いで良好な関係を維持しておきたい、という計算もあるのだろう。
私としては、あちらこちらから縁談がきているという話も耳に入っているし、もうそろそろ身を固める時期なのだろう、と薄々は感じていたので、特に抵抗はない。
政略結婚なのだから、お相手を選り好みする余地はないのだが、できれば、可愛らしい素直な女性がいいな、なんて期待していた。
そして初顔合わせの場が設けられ、私の目の前に現れたベアトリス嬢は。
なぜか騎士服を身に纏っていた。いや、なんで。
◇
王城の庭園に設置された四阿にて、テーブルを挟んで向かい合って腰かけると、顔合わせのお茶会が始まった。
「騎士服……お似合いですね」
実際のところ、やけに似合っていた。
彼女は銀髪を頭の後ろで編み込んで纏めている。一本たりとも乱れのない髪型は、凛々しささえ感じられた。それに、女性にしては長身のスラリとした身体つきで、頭の上からなにかで吊っているんじゃないかってくらい背筋が伸びている。
その彼女の外見に、白い騎士服は完全に馴染んでいた。
私のほうはといえば、肩を過ぎたところで切り揃えられて流した金の髪と、水色の瞳に似合うようにと侍女たちが見繕ってくれた、若菜色の生地に常盤色の糸と金糸で繊細に刺繍が施されている宮廷服を、身に纏っている。
どう見ても、守る者と守られる者だ。
視界に入らないところに直立不動で立っているのではなく、目の前に彼女が座っているのが不思議なくらいだ。
「申し訳ありません。フェルナンド殿下にお会いするならば、ドレスを着用すべきか迷ったのですが」
「ああ、いや」
「しかし、これがわたくしの正装なので、いいかと判断いたしました」
やんわりと服装について探りを入れたことに気付いたようだ。彼女はきっぱりとそう答えた。
どうやら彼女は、騎士団の末端に所属しているらしい。
そして今は、父上の担当ということだ。だとしたら、腕前のほうもなかなかなんだろう。
「それに、正装ということもありますが、こういった場ですから護衛も遠巻きにしているかと思いまして。フェルナンド殿下の大事な御身になにかあってはならないと、動きやすい服装にしてまいりました」
「そ、そうか。そこまで気にしなくともいいんだけれど」
「いえ、陛下が私などにお声をくださったのは、護衛という役目も考えられたのではないかと」
この婚姻話が湧いて出たのは、まず、父が彼女を気に入ったのがきっかけらしい。
自分を守る女性騎士を第二王子の妃にどうか、と父が言い出して、あれよあれよという間に話は進んだとか。
国王である父の言葉は重かったというのもあるだろうし、周囲の打算も絡まったことは、想像に難くない。
もちろん、彼女の気持ちは無視されただろう。
「……ごめんね、父上の思い付きに巻き込まれて」
もし他に想い人がいたとしたら、気の毒すぎる。
しかし彼女は、小さく首を横に振った。
「いいえ、わたくしの身には過ぎたお話ではありますが、光栄に思っております」
「そう言ってもらえると」
もし不満に思っていたとしても、私の前でそれを明らかにするわけがない。卑怯な話の運び方だったか、と少々反省していると、彼女は自身の胸に手を当て、滔々と述べた。
「たまたま陛下の目に留まったのがわたくしでしたから、このような話が進んでおりますが、わたくしも至らぬ点が多々あるかと思います」
「そんなことは」
「けれど、王子妃としてはまだ足りぬわたくしでも、できることがございます」
「え、なんだろう」
彼女は腰に佩いた剣に手を当て、こちらにまっすぐに視線を寄越した。
「わたくしは常にお側にお仕えすることになるのですから、不埒な者から殿下の身を守れます」
いや、なんで。
◇
これは、あれか。私が頼りないということだろうか。
お茶会が終わってから自室に戻ると、私はぐったりとソファに身を埋めて考え込む。
いや、いい人だと思う。外見も美しいが、内面も美しいのだろう。真面目で、清廉。そして高潔。少し話をしただけで、それがひしひしと感じられる。
私がほんのりと希望していた、素直で可愛らしい、という女性像からはかけ離れているが、今日話した印象の限りでは、あれはあれで素晴らしい女性だと思う。なんの不足もない。
だが彼女にしてみれば、降って湧いた話をどう受け止めればいいのか迷っているのではないか。だからあのような、妃というより護衛の役割に価値を見出しているのではないか。
おあつらえ向きに私の見た目は、決して、強そう、と思われるものではなかった。
そういえば弟のレオカディオは、やたら兄のベルナルディノに懐いている。
私もレオのことは可愛がっている。隙あらば構ったりしているのだが、どうにも兄上のほうにばかり興味を示す。
なんとなく悔しくて、ディノ兄上のどこが好きかと尋ねてみたところ。
「ディノ兄上は、大きくて強いから大好きです!」
と、キラキラした穢れのない眼で返されてしまったことがある。
いや確かに、兄上は大きくて強い。そこは間違いない。
そして私が大きくて強いか、と訊かれると……とても困る。
それなりに身長もあるが、兄上とは頭ひとつ分も違う。強さも、武術において兄上に勝ったことが一度もない。
言い訳させてもらえれば、私が弱いわけじゃない。兄上が規格外なんだ、と強く主張したい。
だから、自分の身は自分で守れないこともないし、そんなに気負う必要もない、と彼女に伝えたかったのだが……言えなかった。あの確固たる決意に水を差すのも悪いような気がしてしまったのだ。
難しい顔をして考え込んでしまっていたのだろうか、侍女の一人が紅茶を目の前のテーブルに置きながら、声を掛けてきた。
「なにか、心配ごとでも?」
彼女は少し首を傾げて、私の答えを待っている。
「ああ、いや……、心配ごと、というか……」
この場合、なんと答えればいいのだろう。
ベアトリス嬢とのお茶会から帰ってきたばかりだから、そのことを考えていたのはお見通しのはずだ。となると、彼女に関連することを返答しないとおかしい。
「彼女はこの婚姻話を、どう考えているのかと思って」
誤魔化しがなにも思いつかず、そのまま言ってみる。侍女たちは信頼のおける者ばかりだ。多少はいいだろう。
それに、同じ女性だ。なにか私には考えも及ばない意見が出てくる可能性もある。
「フェルナンド殿下のお妃さまになるのですもの、光栄に思っておられるのでは?」
けれど、当たり障りのない返事で、少々がっかりしてしまう。
しかし、それはそうだろう。侍女の立場では、そう返すしかない。
だからもう少し、突っ込んだことを訊いてみる。
「私は、女性からは頼りないと思われるのではないかと心配してね。やはり頼りがいのあるほうがいいだろう?」
これくらいでどうだ、と侍女の表情を窺う。
「あら」
彼女は、少々華やいだ声を出した。他にも控えていた侍女から、クスクスと小さな笑い声が漏れる。恋愛に関した話のように聞こえたのかもしれない。
「どう思う?」
と見回して訊いてみると、彼女らは顔を見合わせたあと、口々に話し始めた。
「フェルナンド殿下はしっかりなさっておいでですから、ご心配する必要はないかと思います」
「なんといっても王子さまですもの、それになにもかも優れていらして……、これ以上の頼りがいはございませんわ」
やはりそういう返事しかないか、とこっそりとため息をついたとき。
「とはいえ、ベアトリスさまですもの。そもそも頼らないかもしれませんわね」
聞き捨てならない発言が飛び出した。
「それ、どういう意味?」
バッと顔を上げて、それを発した侍女を見つめる。
すると、彼女は目を細めて頬に手を当てると、うっとりとした声を出した。
「だって、白百合の君ですもの」
「白百合の君?」
「はい、私たちの間では、そう呼ばれています」
「へえ……」
どうやら彼女は、侍女の間では憧れの人物であるらしい。白百合か。確かに、そういう凛とした雰囲気の女性ではあった。
そしてその辺りから徐々に、侍女たちの雰囲気がはしゃいだものに変わっていった。
「すっごく、かっこいいんですよ!」
「そんじょそこらの殿方では、とてもとても」
「私たちもお近づきになりたいです!」
「ぜひともご結婚後も、私たちをお側に置いてくださいませ」
「そうしたら、ずっと白百合の君を眺めていられます!」
「なんてご褒美なの!」
確かに、突っ込んだ話がしたいとは思った。しかしこれは、ぶっちゃけすぎではないか。口にはしないが、私のことなどどうでもよさそうだ。
キャッキャッとはしゃぐ侍女たちの後方に、今日は侍女頭のクロエもひっそりと控えている。
大丈夫か、クロエは厳しいぞ。怒られるんじゃないのか。いやむしろ、軽く怒られてくれ。軽くでいいから。
そう思ってクロエを見つめていると、彼女は察したのか、コクリとうなずいた。
ホッと安堵のため息を吐くと。
「正式にご結婚となりますと、ベアトリスさまも、王家の一員ということになりますね」
「え、あ、まあ……」
なんだなんだ。
なにを言い出すのかと戸惑っていると、クロエは満足げな笑みを浮かべて続けた。
「王家の方々への愛は、仕事をする上で大事なことですから」
そういえばクロエは、王家……というか、弟のレオへの愛が過剰なのだった。
だめだ、これ。
◇
そうこうしている間にも、招待された夜会に参加したりしながら、貴族の面々との交流もしなければならない。
するとそういった場では、すぐに私の婚約話となる。
「フェルナンド殿下も、もうご結婚する年になったとは、月日の流れは早いもので」
「お相手は、騎士団長のご息女の、ベアトリスさまだとか」
「おめでとうございます」
どうやら概ね、好意的に受け取られているらしい。
王太子である兄上の結婚話のときは、それなりに権力闘争があったらしいが、第二王子の結婚はそこまで躍起になるものでもないのかもしれない。もしくは、勢力図は完全に固まってしまっているのか。
なんにせよ、揉めごとにならずに結婚となりそうな雰囲気だ。
そうして和やかに会話を交わしていると。
一人のご令嬢が私の前にやってきた。この夜会の主催者、国内でも有数の有力貴族であるスピノザ侯爵家、その娘であるアグネス嬢だ。夜会の始めに挨拶していたから、名を覚えていた。
「招待ありがとう、アグネス嬢」
そう呼びかけると、彼女は笑みを浮かべて、優雅に淑女の礼をする。
「お目もじ叶いまして光栄ですわ、フェルナンド殿下。ご婚約、おめでとうございます」
「ありがとう。まだ正式に婚約したわけではないんだけどね」
「まあ、そうなのですか」
アグネス嬢は小首を傾げて、目を瞬かせる。
内定はしていても、それだけで婚約とは言えない。まずは教会の信任を受け、後日の婚約発表会を経て、そしてやっと婚約成立となる。
とはいえ、ほとんど決まったようなものだから、婚約者、と言い切ってもいいのかもしれない。よほどのことがない限り、これが覆ることはないだろう。
「いや、失礼。よけいなことを言ってしまった。祝いの言葉をありがとう」
私が苦笑交じりにそう付け加えると、アグネス嬢は納得したように、小さく頷いた。




