ⅩⅠ
「......私には......XXに支配されている意識はなかった──なにか漠然としない、腑に落ちない感覚があっただけだったが──無性に止めた筈の葉巻が吸いたくなった──」
「そう言えば、マイアミで訪ねた奥さんが夫の好みが、急に変わったと言ってましたね」
「メアリ......という名前だったな」
「メアリのことは覚えているんですか......!?」
「そうだメアリのことは覚えている。だが......その後のことはよく思い出せない────」
「......XXって一体......何なのでしょうか?」
「分からん......地球外生命体らしいということ以外はな──」ザイラスは首を振った。
「ザイラス、あなたの話を聞いていて少し分かったことがあります」
「なんだね、それは?」
「XXは小さな子供達には寄生できないということです。それと、メアリが話してくれた近所の死んだ犬、納屋で死んでいたキャットのことを考えると、XXは人間以外の生き物には寄生できないと、そう考えて良いでしょうね」
「うむ......政府の連中やあの総司令官はそのことに、気付いていると思うか?」
「どうでしょうかね......あの総司令官や政府のお偉方が、何を考えているのか、我々にはさっぱり分かりませんよ──」
「そうか......君にも分からんか......」
手にしていたコーヒーを飲もうと、口をつけたザイラスは中身が空になっていることに気付いた。
「コーヒーのおかわりは?」サルマンが、にこりとしながら訊いた。
「いただこうか。君の淹れるコーヒーは美味すぎる」
「そういえば、マイアミから戻って来たあなたは既にXXに寄生されていた筈......なのに何故〝我々のイサラ〟を守る様にとミンガムに命じたのですか?」
サルマンがコーヒーを淹れながら尋ねると窓辺に立つザイラスが答えた。あの日──
ミンガムを部屋に呼んで────ザイラスは記憶を呼び覚まそうと必死で考えた。
「そうだ、どんなことがあっても〝我々のイサラ〟を守れと、ミンガムに命じたことは覚えている......イサラは我々にとって、重要な存在だったからだ──
だが砂漠でもう一人のイサラを見た瞬間〝我々のイサラ〟を殺せという考えに──XXに──支配されてしまった......」ザイラスの唇が少し震えた。
「これは仮説ですが、ミンガムにイサラを守れと言った時のあなたは、まだ完全にはXXに支配されていたわけではないのかも......だが砂漠で〝我々のイサラ〟を殺せと命じた時のあなたは、XXに完全に支配されていた」
「そのようだな......」
「ミンガムが、イサラを撃たなかったのは賢明な判断でした──」
「そうか......ミンガムはあの時の私の命令に従ったのだな」ザイラスが目を細めた。
「XXは寄生した人間の脳を、まだ完全には支配出来ないのかもしれませんね」
「XXには......謎が多すぎるな」
「ザイラス、コーヒーを。あなたがXXに寄生されていることが、総司令官にばれなくて良かったですよ」サルマンがコーヒーを渡しながら言った。
「それは、何故かね」
「例の実験の話、耳に入ってないんですか?彼等はXXに寄生された人間を捕まえては、あらゆる実験を試みているらしいですよ。あなたがそうだとばれたら、総司令官のことだから何をしでかすことか。考えただけでゾッとしませんか?」サルマンが笑って肩をすくめた。
「君の想像力も大したもんだなサルマン」
「おほめにあずかり光栄です」
「サルマン──今から食事でもどうだ?」
「コーヒーを飲んだばかりですが」
「今夜が最後になるかもしれん......。部下達を食事に連れて行きたいのだが......」
「ああ......そういうことですか。きっと部下達も、喜ぶことでしょう。早速伝えてきますザイラス隊長」
サルマンはにこやかな顔でザイラスに言った。それからチラッと、ザイラスを見て密かに微笑んだ。
イサラが死んだことを伝えると、総司令官の反応はサルマンの予想に反するものだった。
サルマンの予想は、イサラの死を聞いた総司令官が激怒するものと考えていたからだ。
「そうか──では直ちに全員本部へ帰還する様、ザイラスに伝えておけ」
予想外の反応に、サルマンは確信した──
総司令官が──政府が──もう、イサラを必要とはしていないことに。もしかするとイサラは、始めから必要とされていなかったのではという疑問が湧いてきたが、それはもうサルマンにとってどうでも良いことだった。
これで見飽きた砂漠から解放されるのだから。
そのことを、部下達に伝えると部下達が歓声を上げたのは言うまでもない。
その夜──
ミンガムは早めにベッドに入った。だがもう一度イサラに会いたいと思うと、眠るどころか目が冴えるばかりだった。
明日になり、砂漠を離れてしまえばもう二度と、イサラに会うことはないだろう。
そんなことばかり、あれこれ考えているうちにミンガムは朝を迎えていた。ほんの少しだけうとうとした気もするが、その時外に面した部屋の窓が開いて、イサラが現れた。
「......イサラ!どうしてここに」
イサラは窓辺に立っていた。奇跡の泉でミンガムと初めて出会った時の様に、戸惑った表情を浮かべながら。
頭には茶色い布を巻き、砂漠の民が好んで着る紺色の衣装を、さらに茶色い布が覆っていた。
「イサラ......!?」
「ミンガムに......別れを言いたくて──」
「イサラぼくも、君に別れを言いたいと思っていたん......けど君が会いに来てくれるなんて嬉しいよ──」
「ミンガム......ぼくを助けてくれてありがとう──」
「礼なら、先にザイラス隊長に言われたよ。君を守ってくれてありがとうって」
「ザイラス隊長は、君の父さんだったんだね」イサラが微笑んだ。
「知ってたのかイサラ......!?」
「うん、部下達が噂してるのを聞いた」
「そうか......皆知ってたんだな」
ミンガムは、思わず爪を噛んだ。
「そうだイサラ。君は死んだことになってるから、誰かに見られたらまずいことになる」
「ぼくが死んだことに......?!」
「ザイラス隊長が──そう本部に伝えたんだ。だからもう誰も、君を追って来ない。だから安心して」
「ありがとうミンガム」
「イサラ......君に会えて良かった」
イサラは......たった一人の妹ラシアまで失ってしまった。ひとりぼっちになってしまったイサラは、この砂漠でどうやって生きていくのだろうか────
イサラを見ていると、ミンガムの胸が痛んだ。
「じゃあ。イサラお別れだ」
「うん。ミンガムも元気でね」
イサラの小さな体が陽炎の様に揺れてミンガムは目を覚ました。
今のは?夢だったのか?
それとも現実......!?
隣の部屋から、部下達の笑い声が聞こえてきた。そうか......あれは夢だったのか......。
ミンガムは、急いで身支度を終えると、ザイラス隊長とサルマンのいる一階のロビーへ降りていった。
宿のボーイは、ミンガムがロビーへ現れるのを待っていたのか、ミンガムの顔を見るなり駆け寄って来た。
「金髪で青い瞳。名前はミンガム?」
「そうだけど?!」
「ああ、良かった。これを渡してくれって頼まれたから」ボーイが小声で言った。
「えっ!誰から?」
「さあ。名前は聞いてません」
ボーイはそっけなく答えると、ミンガムに紙で包まれた何かを差し出した。
イサラ............なのか!?
「その男の子が〝ありがとう〟って、伝えてくれと言ってました」
それだけ言うと、ボーイは自分の持ち場に戻っていった。
「イサラ......だ」ミンガムが囁いた。
急いで紙の包みを開くと、中には珍しい貝の化石が入っていた。
イサラが......砂漠で拾ったものなのか?
ありがとうイサラ......ミンガムは胸が詰まる思いだった──ありがとうほんとに。
宿のロビーから離れようとしないミンガムに、サルマンが声をかけてきた。
「何をしているミンガム。それはなんだ。さっきのボーイからか?」
「これは......イサラからです」
「そうか──イサラはここに来たのか。危険を冒してまで......君に、それを届ける為に......」サルマンがため息をついた。
「待たせてしまってすいません」
「ミンガム。これは私の連絡先だ。君からザイラス隊長に、連絡することはなさそうだからな」
「......サルマン」
「さぁ行こうミンガム」
「はい──」