Ⅹ
遠ざかる泉の周りで、陽炎が揺れた。
やがて、青々とした緑に囲まれた泉の周りが、見渡す限りの砂地へと変わった。
走りだす車が点になり、誰もいなくなると、ラシアの中からもう一人のラシアが生まれてきた。
「ラシア......?!ラシアなのか?」
「......兄さん」
「ラシア......行こう新しい泉を捜しに」
ラシアが頷いた。
「......兄さん」
イサラはラシアの手を繋ぎそして〝奇跡の泉〟を目指して歩き出した。
小さな砂嵐が、倒れているもう一人のイサラを覆い隠した。砂嵐は死んでしまったもう一人のラシアも覆い隠した。
二人はもう......誰の目にも触れることはないだろう。
サルマンの運転する車が宿の前で停まると、部下のトマスとダンの二人が、駆けつけて来た。サルマンは運転席から降りると、後部座席のドアを開けた。
「ザイラス隊長!!」
気を失っているザイラスを見て、トマスが声を上げた。
「心配するなトマス、ダン。隊長は気を失っているだけだ」
「何があったんですか、サルマン副隊長」
「そのことは後で説明する。ミンガム、隊長を部屋まで運ぶので、手伝ってくれ」
「ぼくが手伝います!ミンガムよりぼくの方が力がありますので」
サルマンに呼びとめられて、足を止めたミンガムは、部下の一人ダンにチラッと視線を投げかけると、そのまま行ってしまった。
「ではダン、ザイラス隊長を運んでくれ」サルマンが言った。
ザイラスを部屋に寝かせたサルマンは、ダンに描くじ部屋で待機する様にと言った。それからミンガムを、私の部屋に寄こす様にと。
「サルマン副隊長。何故ミンガムを!?それに......イサラの姿が、見当たりませんがイサラはどこに?」
「ダン!部屋で待機する様に言ったはずだ」
「はっ。サルマン副隊長失礼します」
ダンはサルマンに敬礼すると、部屋を出た。
その時ザイラスがうめき声を上げた。
「サルマン......いったい何があった?」
ベッドの上に起き上がろうとするザイラスを見て、サルマンが近寄って来た。
「気がついたんですね」
「サルマン!?私は何故部屋で寝ている」
「あなたは丈夫な人だ。試作品のワクチンを打たれても死なないとは」
サルマンが笑みを浮かべ、からかう様に言った。
「そうか!私は......」
ザイラスは、一瞬言葉を失いサルマンを見つめた。起き上がろうとする、ザイラスをサルマンが止めた。
「まだ寝てた方がいいですよ」
「いや、私なら大丈夫だサルマン。起き上がるので手を貸してくれ」
「やはり寝てた方が」
「サルマン......イサラはどうなった?」
「イサラは......」
ザイラスには、XXに支配されていた時の記憶が無いのだろうか。サルマンは慎重に言葉を選び、ザイラスに訪ねた。
「あなたは、あの時ミンガムに、イサラを殺せと命じたのを覚えていますか?」
「この私が......?」
やはり覚えていないのか......サルマンが心の中で呟いた。
「我々のイサラを、殺せと言ったのか?それでミンガムは......イサラを殺したのか......?」
「いいえ。ミンガムは、あなたの命令には従いませんでした......」
「では、イサラは生きているんだな」
「はい。ですが......ラシアは死んでしまいイサラをもう一度見つけ出すのは、難しいでしょう」
「ミンガムでもか......?」
サルマンはザイラスを見て、首を左右に振った。そこへ、サルマンに呼ばれたミンガムがやって来た。ミンガムがドアを叩くと、部屋の中から、ザイラスの声が聞こえてきた。
「ザイラス隊長......気がつかれたんですか」ミンガムが心配そうに訊いた。
「心配するなミンガム。私なら大丈夫だ」
ザイラスは、ミンガムに笑顔を向けたままで沈黙した。
「用が無いのなら......失礼してもいいでしょうか」ミンガムが言った。
「いや、用ならあるぞミンガム」
「......」
「よくやったミンガム。礼を言うぞ」
「ありがとうございますザイラス隊長。ですが......言ってる意味がよく分かりません」
「お前が〝我々のイサラ〟を殺さなかったことに礼を言っている────」
「イサラを、逃がしたのにですか?」
「ああ、そうだ。心配するなミンガム、イサラはもう自由だ」
「ザイラス隊長......」
「行ってもいいぞミンガム。それと、イサラは......砂漠で死んだと部下達に伝えてくれ」
「それで良いんですか......あなたは!?」
「ああ、構わんよミンガム」
「では......失礼しますザイラス隊長」
ミンガムは、静かにドアを閉めてザイラスの部屋から出て行った。
「ほんとに良いんですか?イサラが死んでないことが総司令官にばれたら、大変なことになりますよ」
「サルマン。君もミンガムと同じことを訊くんだな」
「それは──」サルマンは不満気な声を出した。
「ばれはしないさ。イサラは見つからんだろうと、サルマン君が私に、そう言ったんだからな」
「確かにそう言いましたが、でも──」
「では君は、このままずっとイサラを捜し続ける気なのか?一日中、車で揺れながら砂漠を走り回るつもりでいるのか?私は、御免こうむりたい」
「それは、私も同じです。イサラは......きっと見つからないでしょうから」
「ではサルマン。今すぐ総司令官に、その旨を伝えて一刻も早くここを離れよう」
「そううまくいくでしょうか......」
「イサラが死ねば──我々がここにいる意味はなくなる。そうじゃないかねサルマン?」
「確かにその通りですが......まったくあなたって人は──」
サルマンは、困った人だと言わんばかりに眉をしかめた。ザイラスはふらつく足で、窓に近づいて行った。
ザイラスが窓のカーテンを開けると、いつもの──砂漠の──風景が広がっていた。
「ここでの景色も見おさめだな」
「砂の山しか見えませんがね。コーヒーでも淹れましょうか」サルマンが訊いた。
「ああ、そうしてくれ」
サルマンがザイラスに、コーヒーを手渡しながら言った。
「ザイラス隊長。あなたの好きなコーヒーです。好みが変わってなければ良いんですが」
「いい香りだ......いつから気付いていたサルマン?私がXXに寄生されていることに──」
「あなたが葉巻を、くゆらす姿を目にした時からです」サルマンが事もなげに言った。
「そうか............」
「あなたは意志の強い人だ。あなたが止めたばかりの葉巻を、ああも簡単に吸うはずがないと、そう考えたんです」
ザイラスは窓から目を離さずに、手にしたコーヒーを一口飲んだ。
「それだけの理由でか?」
「それだけで充分ですよ。でもあなたは、他の寄生された人間と違って、何も変わった所が見当たらなかったので、見当違いなのでは?とおもったこともありましたが──」
サルマンも手にしたコーヒーを一口飲んだ。
「そうか。君の観察眼は確かなようだなサルマン」
「止めていた葉巻を、また吸い始めたのはXXに寄生されていたからだとして──
寄生されている間の記憶が抜け落ちているのは何故でしょうか?何か覚えていることはありませんか?」サルマンは真剣な顔でザイラスに訪ねた。




