Ⅸ
ラシアの体内から、全ての卵が吐き出される瞬間を、その時をイサラは待っていた。
イサラは、もう一人のイサラに向けた銃を握りしめて、もう一人のイサラが歌い終わるのを、じっと待った。
......ぼくは......
ぼくはお前を殺して......ラシアを取り戻す、ラシアの中から全ての卵が消えた時......その時ぼくは......もう一人のイサラを殺す。
もう一人のイサラが歌い終わると、ラシアはゆっくりと口を閉じた。そして両手を胸に押し当てた後、イサラの姿を捜した。
「......兄さん......」
「ラシアから離れろ!」
イサラが銃を向けながら言った。
「こっちへ来るんだ、ゆっくりと......」
もう一人のイサラは立ち上がり、憐れむ様な目つきで、イサラを見た。
「......兄さん......お願い殺して......私をその銃で殺して............」
ラシアの声にならない叫びは、イサラの心に届いた。
「ラシア......!」
「......私を殺して兄さん......私を自由にして............」
「......ラシア......ラシア......」
イサラの銃を持つ手が小刻みに震えた。
「君にはラシアは殺せない......君にはぼくは殺せない......なぜなら──」
「黙れ......!もう何も喋るな......喋ったらお前を殺す............」
「兄さんお願い......私を死なせて......」
「だめだラシア......だめだ......ぼくはお前を殺さない......ぼくはお前を死なせたりしない......」
するとラシアは、もう一人のイサラに顔を向けて言った。
「だったらイサラ......あなたが変わりに私を殺して......私の心と体を自由にして............」
ラシアの言葉に、二人のイサラが息を飲んだ。
「やめるんだラシア......お前は絶対に死なせない......お前はぼくが守るんだ......」
「兄さん分かって......私は死ぬしかないの......そうしなければ、私はこの体の中で、一生卵を育て続けなければならない......それが宿主に選ばれるよいうことなの......だから......お願いイサラ......私を殺して」
もう一人のイサラが、座り込んだラシアの腕を取り立たせた。
「......イサラ」
「ラシア......ぼくには、宿主である君を殺せない。ぼく達は同胞を殺したりしない」
「イサラ......私は......あなた達の同胞じゃないわ」
「......ラシア......」
「だからあなたは、私を殺せる......お願いイサラ......私の願いを叶えて」
もう一人のイサラが、ゆっくりと頷いた。
「ぼくは、君を守る為にここにいる。君が自由を望むなら......君がそれを望むなら......ラシア......ぼくは君の願いを叶える」
「イサラ......」
もう一人のイサラは、隠し持っていたナイフを、素早い速さでラシアの心臓に突き刺した。ミンガムは咄嗟に、イサラの手から銃を奪い取った。
「ラシアァァ........................!」
イサラの口から、叫び声が上がり、もう一人のイサラが、ラシアの胸から血の付いたナイフを引き抜いた。引き抜かれたナイフは、もう一人のイサラの手から離れて地面に落ちた。
ほぼ同時に、イサラがラシアのもとに駆け寄った。
「これで......ラシアは自由になれた......そしてぼくもここで死ぬ......」
もう一人のイサラが、ミンガムに向かって歩き始めた。
「ぼくを殺すのは君だ......」
それまで静かにことの成り行きを見守っていたザイラスが、突然ミンガムに向かって叫んだ。
「ミンガム今だ!イサラを殺せ!」
ミンガムは驚いて、声のした方に顔を向けた。一瞬、ミンガムの脳裏に、ザイラスの言葉がよぎった。
ミンガム、どんなことがあっても......
イサラは殺すな......イサラは殺すな......
ミンガムは、もう一人のイサラに向けていた銃を、今度はイサラに向けて言った。
「隊長。どちらのイサラをでしょうか?」
「もちろん我々のイサラだ」
ザイラスはそう言いながら、ミンガムの側へ歩み寄って来た。後ろからやって来たサルマンが、ミンガムを見て首を左右に振った。
『サルマン......?』
ミンガムは、もう一度、もう一人のイサラに銃を向けた。
「そうだミンガム。君が殺すのはぼくの方だ」もう一人のイサラが言った。
「ミンガム何をしている。殺すのは、我々のイサラだ」ザイラスが言った。
ミンガムはもう一度、イサラに銃を向けた。
イサラは少しだけ顔を上げると、ミンガムに頷いた。イサラの眼には、絶望と悲しみの色が浮かんでいた。
イサラ............
君は......死にたいのか......ミンガムは心の中で呟いた。
「隊長。もう一度命令を」
「よしミンガム。我々のイサラを殺せ」
ミンガムはイサラに向けていた銃をおろすと、その銃をザイラスに向けて言った。
「隊長......その命令には従えません......」
「......ミンガム......?」
ザイラスの声は、僅かに震えていた。
サルマンは素早い動きで、ザイラスの背後に回りこみ、首に注射針を突き刺した。
ワクチンを打たれたザイラスは、どさりと音を立てて、その場に倒れこんだ。
「よくやった......ミンガム」
「隊長......!」ミンガムが駆け寄った。
「大丈夫だミンガム。ザイラスは......気を失っているだけだ」
「ほんとに......?」
「ああほんとだ。これは体内に寄生したXXだけを殺すワクチンだ......試作品だがな」
「......」
ミンガムの顔が、みるみる青ざめた。
「気付いてなかったのか?」
「まさかそんな......隊長が......」
ミンガムが震える声で言った。
「その、まさかだ......ミンガム......。ザイラスは君に会う前から、XXに寄生されていたんだ......」
サルマンが、悲しげな顔で言った。
二人の側へやって来たイサラが(我々の)ミンガムに手を差し出した。
「その銃をぼくに。イサラはぼくが殺す」
ミンガムは黙ってイサラに銃を渡した。
イサラは近寄って来るもう一人のイサラに向かって────銃を放った。
地面に崩れ落ちた、もう一人のイサラが、どさりという音と共に死んだ。
イサラの頭に、もう一人のイサラの声が聞こえた──
その声はいつまでも、ラシアの名前を呼び続けていた──
ミンガムは地面に倒れたイサラを見つめながら思った。
もう一人のイサラは死んだ......
だが......イサラは......何度でも蘇る。
ミンガムはイサラの側に立つと、そっと肩に触れた。
「イサラ......銃を渡してくれ」
イサラはうつろな目をして、ミンガムを見つめた。
「......イサラ銃を......」
イサラは無言で銃をミンガムに渡した。
......イサラ......君には初めから分かっていたんだろう......
これが運命だと────
これが君の......運命だということを......
ミンガムがサルマンに視線を向けると、気を失ったザイラスを、車の座席に乗せようとしている所だった。
「イサラ......ぼく達と一緒に行こう」
「い......やだ......。ぼくはここに残る......」
「......イサラ」
「ぼくは......ラシアを救えなかった......」
「そうかな......ぼくはそうは思わない。ラシアは......君の妹は......自由になることが出来た......君は、ラシアの心を救うことが出来たんだよ」
ミンガムの差し出した手を、イサラは振り払った。
「でも......ラシアは死んだ......生きていなければ、例え心が自由になれても......生きていなければ......何の意味もない」
イサラは悔しそうに、ミンガムから顔を背けた。
「............」
ミンガムには何も言えなかった。
ミンガムはかける言葉を捜したが、何も......見当たらなかった。
「イサラ......ぼくは一度宿に帰るけど......また戻って来るから、ここで待っててくれ」
イサラからの返事は無かった。
サルマンが早く車に乗る様にと、手を振ってミンガムを呼んだ。
ミンガムが、助手席に座ると同時に、サルマンは車を走らせた。
ミンガムは、ラシアの側に座り込むイサラの姿が、どんどん遠ざかっていくのを、走り去る車の中から見ていた。
イサラ────
イサラの願いは、ラシアと共に生きる事。
ラシア────
ラシアの願いは、イサラと共に生きる事。
その為にイサラは、ラシアは何度でも蘇る。何度でも────
イサラが、ラシアがそこにいる限り
何度でも何度でも────