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少年イサラ  作者: 森島小夜
10/13

 ラシアの体内から、全ての卵が吐き出される瞬間を、その時をイサラは待っていた。

イサラは、もう一人のイサラに向けた銃を握りしめて、もう一人のイサラが歌い終わるのを、じっと待った。

......ぼくは......

ぼくはお前を(イサラを)殺して......ラシアを取り戻す、ラシアの中から全ての卵が消えた時......その時ぼくは......もう一人のイサラを殺す。


 もう一人のイサラが歌い終わると、ラシアはゆっくりと口を閉じた。そして両手を胸に押し当てた後、イサラの姿を捜した。

「......兄さん......」

「ラシアから離れろ!」

イサラが銃を向けながら言った。

「こっちへ来るんだ、ゆっくりと......」

もう一人のイサラは立ち上がり、憐れむ様な目つきで、イサラを見た。


 「......兄さん......お願い殺して......私をその銃で殺して............」

ラシアの声にならない叫びは、イサラの心に届いた。

「ラシア......!」


 「......私を殺して兄さん......私を自由にして............」

「......ラシア......ラシア......」

イサラの銃を持つ手が小刻みに震えた。


 「君にはラシアは殺せない......君にはぼくは殺せない......なぜなら──」


 「黙れ......!もう何も喋るな......喋ったらお前を殺す............」


 「兄さんお願い......私を死なせて......」


 「だめだラシア......だめだ......ぼくはお前を殺さない......ぼくはお前を死なせたりしない......」

するとラシアは、もう一人のイサラに顔を向けて言った。


 「だったらイサラ......あなたが変わりに私を殺して......私の心と体を自由にして............」

ラシアの言葉に、()()()()()()()息を飲んだ。

「やめるんだラシア......お前は絶対に死なせない......お前はぼくが守るんだ......」


 「兄さん分かって......私は死ぬしかないの......そうしなければ、私はこの体の中で、一生卵を育て続けなければならない......それが宿主に選ばれるよいうことなの......だから......お願いイサラ......私を殺して」

もう一人のイサラが、座り込んだラシアの腕を取り立たせた。

「......イサラ」

「ラシア......ぼくには、宿主である君を殺せない。ぼく達は同胞を殺したりしない」

「イサラ......私は......あなた達の同胞じゃないわ」

「......ラシア......」

「だからあなたは、私を殺せる......お願いイサラ......私の願いを叶えて」


 もう一人のイサラが、ゆっくりと頷いた。

「ぼくは、君を守る為に()()()()()。君が自由を望むなら......君がそれを望むなら......ラシア......ぼくは君の願いを叶える」

「イサラ......」

もう一人のイサラは、隠し持っていたナイフを、素早い速さでラシアの心臓に突き刺した。ミンガムは咄嗟に、イサラの手から銃を奪い取った。


 「ラシアァァ........................!」


 イサラの口から、叫び声が上がり、もう一人のイサラが、ラシアの胸から血の付いたナイフを引き抜いた。引き抜かれたナイフは、もう一人のイサラの手から離れて地面に落ちた。

ほぼ同時に、イサラがラシアのもとに駆け寄った。

「これで......ラシアは自由になれた......そしてぼくもここで死ぬ......」

もう一人のイサラが、ミンガムに向かって歩き始めた。

「ぼくを殺すのは君だ......」


 それまで静かにことの成り行きを見守っていたザイラスが、突然ミンガムに向かって叫んだ。

「ミンガム今だ!イサラを殺せ!」


 ミンガムは驚いて、声のした方に顔を向けた。一瞬、ミンガムの脳裏に、ザイラスの言葉がよぎった。


 ミンガム、どんなことがあっても......

イサラは殺すな......イサラは殺すな......


 ミンガムは、もう一人のイサラに向けていた銃を、今度はイサラに向けて言った。

「隊長。どちらのイサラをでしょうか?」

「もちろん()()()イサラだ」

ザイラスはそう言いながら、ミンガムの側へ歩み寄って来た。後ろからやって来たサルマンが、ミンガムを見て首を左右に振った。

『サルマン......?』


 ミンガムは、もう一度、もう一人のイサラに銃を向けた。

「そうだミンガム。君が殺すのはぼくの方だ」もう一人のイサラが言った。


 「ミンガム何をしている。殺すのは、()()()()()()()」ザイラスが言った。


 ミンガムはもう一度、イサラに銃を向けた。

イサラは少しだけ顔を上げると、ミンガムに頷いた。イサラの眼には、絶望と悲しみの色が浮かんでいた。

イサラ............

君は......死にたいのか......ミンガムは心の中で呟いた。

「隊長。もう一度命令を」

「よしミンガム。我々のイサラを殺せ」

ミンガムはイサラに向けていた銃をおろすと、その銃をザイラスに向けて言った。

「隊長......その命令には従えません......」

「......ミンガム......?」

ザイラスの声は、僅かに震えていた。

サルマンは素早い動きで、ザイラスの背後に回りこみ、首に注射針を突き刺した。

ワクチンを打たれたザイラスは、どさりと音を立てて、その場に倒れこんだ。


 「よくやった......ミンガム」

「隊長......!」ミンガムが駆け寄った。

「大丈夫だミンガム。ザイラスは......気を失っているだけだ」

「ほんとに......?」

「ああほんとだ。これは体内に寄生したXX()だけを殺すワクチンだ......試作品だがな」

「......」

ミンガムの顔が、みるみる青ざめた。

「気付いてなかったのか?」

「まさかそんな......隊長が......」

ミンガムが震える声で言った。

「その、まさかだ......ミンガム......。ザイラスは君に会う前から、XX()に寄生されていたんだ......」

サルマンが、悲しげな顔で言った。

二人の側へやって来たイサラが(我々の)ミンガムに手を差し出した。

「その銃をぼくに。イサラはぼくが殺す」

ミンガムは黙ってイサラに銃を渡した。

イサラは近寄って来るもう一人のイサラに向かって────銃を放った。


 地面に崩れ落ちた、もう一人のイサラが、どさりという音と共に死んだ。

イサラの頭に、もう一人のイサラの声が聞こえた──

その声はいつまでも、ラシアの名前を呼び続けていた──


 ミンガムは地面に倒れたイサラを見つめながら思った。

もう一人のイサラは死んだ......

だが......イサラは......何度でも蘇る。

ミンガムはイサラの側に立つと、そっと肩に触れた。

「イサラ......銃を渡してくれ」

イサラはうつろな目をして、ミンガムを見つめた。

「......イサラ銃を......」

イサラは無言で銃をミンガムに渡した。


 ......イサラ......君には初めから分かっていたんだろう......

これが運命(さだめ)だと────

これが君の......運命(さだめ)だということを......


 ミンガムがサルマンに視線を向けると、気を失ったザイラスを、(ジープ)の座席に乗せようとしている所だった。

「イサラ......ぼく達と一緒に行こう」

「い......やだ......。ぼくはここに残る......」

「......イサラ」

「ぼくは......ラシアを救えなかった......」

「そうかな......ぼくはそうは思わない。ラシアは......君の妹は......自由になることが出来た......君は、ラシアの心を救うことが出来たんだよ」


 ミンガムの差し出した手を、イサラは振り払った。

「でも......ラシアは死んだ......生きていなければ、例え心が自由になれても......生きていなければ......何の意味もない」

イサラは悔しそうに、ミンガムから顔を背けた。

「............」

ミンガムには何も言えなかった。

ミンガムはかける言葉を捜したが、何も......見当たらなかった。

「イサラ......ぼくは一度宿に帰るけど......また戻って来るから、ここで待っててくれ」

イサラからの返事は無かった。


 サルマンが早く(ジープ)に乗る様にと、手を振ってミンガムを呼んだ。

ミンガムが、助手席に座ると同時に、サルマンは(ジープ)を走らせた。

ミンガムは、ラシアの側に座り込むイサラの姿が、どんどん遠ざかっていくのを、走り去る(ジープ)の中から見ていた。


 イサラ────

イサラの願いは、ラシアと共に生きる事。

 ラシア────

ラシアの願いは、イサラと共に生きる事。

その為にイサラは、ラシアは何度でも蘇る。何度でも────

イサラが、ラシアがそこにいる限り

何度でも何度でも────





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