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たりごー

 何度も話したことだけど、それで良かったら。


 朝の八時ごろ、改札でひとと待ち合わせをしていたんだ。

 学生で混んでたけどね、**駅は住宅地で、勤め人が都心に向かうには時間が遅いから、混雑のピークは過ぎてた。

 

 それでも、まごまごしてる女にわざわざ声をかけるやつはいなかったな。

 俺は暇だったんだよ、待ち合わせの相手が遅れるって言ってきたから。


 電車に慣れてない年寄りがまごついてるんだと思った。自動改札機と交通系のICカードが普及しだしたころで、いつも駅を使っているやつは慣れっこだったけど、様変わりした駅にビビってる年寄りはよく見かけたから。


 年寄りくさい、野暮ったい恰好をしていたよ。うん、そう。ねずみ色…… なのかな。黒っぽい、暗いグレーだったと思う。白い帽子をかぶってて、上着と合わねえなと思った。マスクをしてて、少し咳をしてた。きったねえ婆さんだなと思ったけど、年寄りなんてそんなもんだし気にはしなかったな。


『どうしました』

 って聞いたら、

『たた、たり、たたた、たり、たる、たたたり、たりご、たりごー、どう、どうやっていきますか』

 聞き取りにくい声で、早口に言われて。面食らったよ。外国人かと思った。


 どうやって行くかってところは何とか聞き取れたから、

『何。どこに行きたいの』

 って聞き直した。


 相手はね、小さい声になって、

『……たりごー』

 って繰り返した。


 その辺りの地名じゃない。俺もキョトンとして、

『たりごー? たりご、たるご、たんご? たりごう?』

 繰り返しているうちに、ひとつ思いついた。

『まさか、**県の垂郷じゃないよな?』


 あんた、調べてるんだから知ってるよね。垂直の垂に、故郷の郷で、たれごう。

 地元の人は『たりごう』って発音するんだけど、バス停は『たれごう』になってるから、そっちが正しいんだと思うけど。


 いや、ど田舎だし、遠いし、違うって思いながら言ったんだけど。相手がうなずいたからびっくりした。

『**県。たりごー。行かなきゃ、行かないと、です』


『本当に? ****山の近くだよ。山奥だし、電車は近くを通ってないよ』

 確かね、自動車道のインターは割と近いの。峠ひとつ越えるけど、鉄道よりは。


 俺、学生時代に登山やってたから。****山も登ったことがあったのね。あと、滝。垂郷から東にいったところにまあまあ名のある滝があってね。県の名勝にもなってる。そこに、撮影に行ったことがあったから。


 その仕事のときに、迷わないように道を調べて。依頼元の県庁の人が、目に効く神社があるって言ってたから覚えてた。


 過疎で、住人以外めったに行かないところだけど。そこの神社はものすごく霊験あらたかなんだって。その人の伯父さん、ご祈祷してもらって目のガンが治ったんだって。


 それは別に関係ないんだけど。で、そのお婆ちゃんが、

『たりごーダメですか行けませんか』

 って困った様子になって。


 行けなくはないんだけど、とにかく鉄道の路線が遠いから。一日に一本か二本しかない路線バスを乗り継がなきゃ行けないから。


 それを説明して、それでもいいなら切符は窓口で買いなって教えた。遠いからね。券売機じゃ買えないから。お礼を言って窓口の方へ歩いていったよ。大丈夫かなって心配になったな。


 事件のことはね、警察のひとに教えてもらうまで気が付かなかったの。地名が違うだろ。垂郷って、あれ、通称だったのな。


 そういえば、さ。これも関係ないと思うけど。

 若い感じの声だったよ。見た目と違って。

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