断片・キノコ狩り
忘れようったって忘れられませんよ。
**県へは夫の転勤で引っ越したんです。私は生まれも育ちも関東、親戚もみんなそうだから、長期の旅行気分でした。三年でまた戻るって最初から決まっていましたし。
それでフラワーアレンジメントの教室で仲良くなった人たちと、キノコ狩りに行こうって話になって。ええ、その仲間のおひとりでチヨコさんって呼ばれていたかたが、**市に実家があって。山に土地があるから、好きに取っていいって。
マツタケなんかは期待しないでって言われましたけど、シイタケとかシメジとか生えてるっていうし、一度やってみたいなって思ってたから。ええ。山ガールとか、流行ってましたし。山歩きってやったことなかったんですけど、挑戦してみたいなって。
歩きやすい服とか靴とか、ショッピングセンターでそろえまして。楽しみにしていきましたよ。当日は、チヨコさんが車を出してくださって。車じゃないと行きにくいからって。みんなでワイワイおしゃべりして、楽しかったですよ。
殺人事件のことは、そりゃ知らないわけじゃありませんでしたけど。だって当時は、毎日のようにニュースやワイドショーで取り上げられてましたからね。私も見てた覚えはあります。でも、もう何年も前のことでしたし、自分が住んでいた場所と結びつけて考えていなかったですよ。誰もそんな話はしませんし。私、**県で起きた事件だってことも忘れていたと思います。
到着して、チヨコさんのご両親にご挨拶して、お茶とかお茶菓子を出してもらって。
**県は、あそこ、県庁所在地は、和菓子がおいしくて、土地のひとの自慢なんですけれどもね。そこでいただいたのは、正直、あんまり……。なんだかボソボソして、食べにくくて。もちろんそんなこと言いませんけれど。『おいしいです』って言っていただきましたけれど。
それで、キノコは好きに採っていいけれど、慣れないひとが毒キノコを食べてしまうといけないから、持って帰る前に確認させてと言われまして。好意で採らせていただくので、もちろん了承しました。
それと、まだヘビが出るかもしれないから気を付けてとか、もしクマやイノシシにあったらとか、いろいろ注意がありましたね。サルと目を合わせたらダメとか。
それで最後に、山の斜面を指して、『あのへんまではうちや親戚の土地だからいいけど、あの低い尾根から先には絶対行かないように』と少し厳しい口調で言われました。他のひとの土地だからとか、小声でおっしゃったようですけど、はっきりとは聞き取れませんでしたね。
お昼前くらいから、チヨコさんの案内で山に入りました。彼女、もうアラフォーなのに道も何にもない斜面をひょいひょいと登って行かれるからびっくりしましたよ。いえ、チヨコさんに言わせるとそこが道なんだそうですけれども。
むき出しの土の筋みたいなのがあるだけで、足掛かりらしいものもないんですよ。私にはただの斜面にしか見えなくて。
まごまごしていたら、『大丈夫やけん』って笑いながら手を引いてくれましたけれども。なんか、もう少し自然公園みたいなところを想像していたので。思ったよりも山すぎて、失敗したなあってちょっと思っちゃいましたね。
格好も、みなさん学校のジャージみたいなのを着て。本当にお子さんの古いジャージを着てきたってかたもいらっしゃいましたね。私だけ、山スカートをはいていったら『やっぱり関東のひとはオシャレね』って言われて。県庁所在地のショッピングセンターで買ったのよって言ったら、『あそこでそんなの売っているんだ』ってみんな笑いました。
手袋も、私、わざわざ買ったんですけど、みなさん軍手なの。軍手が一番だわーって、みんな。私だけ、なんだか浮いちゃって。ちょっと恥ずかしかったですね。
斜面を登ったあと、少し開けたところに着いて、チヨコさんが木のところに連れていってくれて、こういうところに生えてるとか、これは食べられるとか、これは毒だから取っちゃダメとか簡単に説明してくれて、最初はみんな一緒に行動していたんですけど、慣れてくると少しずつばらけたんですね。
それでね、私、山に慣れてないせいもありまして、一番みんなから離れちゃったんです、いつの間にか。でも、もしかしたらちょっと、そういう気持ちがあったからかなって、ふてくされるってわけでもないんですけど、私だけ浮いているみたいな気持ちになっていて。それでなんとなく、自分のほうからみんなと距離を置いてしまったのかもしれません。
説明を受けた場所の近くは歩きやすかったので、そのへんだけでキノコを探せばいいかなって思っていたんですけど。途中で、『**さーん、どこー』って私の名前を呼んでいるのが聞こえたんです。
それでハッと、私がはぐれたと思って心配してるんじゃないかと気付きまして。山に慣れていないからって何も言わないで皆から離れるなんて、招待してもらったのに失礼だったと遅ればせながら思いまして、みんなと合流しなきゃって思ったんです。
『最初のところにいるよー』
って、大声で返事をしました。
『私、戻るから、そこにいてー』
チヨコさんがそう応えて。ええ、そのとおりにしなきゃいけなかったんですよ。でも私、自分が悪かったって気持ちもあったので。
少しでも自分から、みんなのほうに行かなくちゃって思ってしまったんです。
『みんな、どこー』
って、声をかけながら、ここが道かなっていう歩きやすそうになっているところを進んで。
でもね、
『こっちよー』
って声のほうに行こうとするんですけれど、いつの間にかだんだんそれが遠くなってしまうんです。
『動かないで、こっちから行くから』
って言われるんですけれども、そのときにはもう不安になってしまっていて。
動かないではいられないんです。
それで、迷ってしまったんですね。
『おーい、おーい』
って声はかすかに聞こえるんですけれども。私も、
『おーい』
って応えるんですけれども。遠くて。
不安でたまりませんでした。いえ、思い返せば私が悪かったんですけれども。山をなめていたというか。よそのおうちのお庭にお邪魔するみたいな感覚で行ってはいけなかったんでしょう。わかっていなかったんです。
とにかくみんなのいるほうに行こうと声を頼りに進んでいるうちに、木の陰にちらりと見えたんです。
洗濯物が干してある、そう思いました。
ホッとしましたね。ひとが住んでいるなら、休ませてもらえるし、チヨコさんのおうちにも連絡してもらえるかも。そう思ってかけよりました。
そして、見つけてしまったんです。
ぶらさがっていて、木の枝から。長い髪がバサバサになっていて、ボロボロの服からのぞく腕も、足も骨が見えていて。風が吹くとそれが動いて、顔が……。
ゾッとします。思い出したくないです。でも、忘れられないんです。
目のところに、小枝が突き刺さっていました。誰かが刺したんだと思います。
だって、そんなところに自然に突き刺さるわけがないでしょう。
腰を抜かしてへたり込んでいましたら、私を呼ぶ声がやっと近づいてきまして。
何とか力を振り絞って、
『ここよぉー』
と叫んだら、少しして薮の中からチヨコさんが出てきました。
ぶら下がっているものにも気づいて、私に見せないようにしながら、ご実家まで連れて帰ってくれました。
警察は、おうちのかたが呼んでくれたみたいです。
私もいろいろ話を聞かれました。当たり前ですけれども。
あの事件の遺族のかただっていうのは、報道で知りました。襲われたけど、ひとりだけ助かったかた。若い女のひと。
なんでですかね。せっかく助かったのにね。ご家族みんな殺されてしまったので、世を儚んでしまったんでしょうか。
ああ、でも、自殺じゃないかもしれないんですよね。だって、あの小枝は……。
落ち着いてから、チヨコさんにはあやまりました。私が軽率な行動をしたのでご迷惑をおかけしましたから。ご実家にもおわびにうかがいました。
怒ってはいらっしゃらなくて、嫌な思いをしたねとか、見つけてほしかったから呼ばれてしまったんだろうとか、逆に気遣ってくださって。
たまにあることなんだそうです。よそから来たひとが山に入って勝手にそういうことをするというのは。
帰るときにお祓いを勧められました。
私がそれを見つけたのは、そこのおうちの地所ではなかったのだとか。私、いつの間にかよそのおうちの山に入り込んでしまっていたんです。そして、
『こげなこと言うと悪口みたいやけど、あそこの山は祟り山やけん。入ると障りがあると昔から言われとりますけん。いろいろ事件もありましたやろ』
チヨコにはもうお祓いを受けさせた、私も行ったほうがいいっておっしゃるんです。
温泉町のほうの古いお宮を紹介されて、そこでお祓いしてもらいました。私も気持ち悪かったので、そうして良かったと思います。
そこで神主さんに勧められて、一か月ほど関東の実家に帰りました。
あれ以来、キノコは食べられなくなってしまいましたね。どうしても思い出してしまうので。
ご冥福を祈るしかできませんけれど。せめて、何があったのかがはっきりすれば亡くなったかたも浮かばれるし、私の気持ちもスッキリするのでしょうけれどね。
このままずっと、わからないままなのでしょうかねえ。




