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断片・モリ

 はあ。第一発見者は私の母ですけれども。

 去年、亡くなりましたよ。夏に一周忌も終えました。


 もうそっとしておいてほしいんですよね。年取ってから警察だ裁判だって、あのころは本当に大変だったんですから。


 ええ。『モリ』のお嫁さんとは仲良くしていましたよ。昔から『早奈(さな)ちゃん』って呼んで、家に呼んだりもしていました。


 いえ。奥さんだけ。

 旦那さんは、『モリ』でしたんで。気楽に付き合うような人と違いますから。


 でも奥さんは遠くから嫁いできたひとだし、『モリ』の血筋じゃないけん、仲良くしてやらんといけんよって母は……。


 いえ。なんていうか、屋号みたいな。田舎ですから。あそこのお宅のことは、みんな『モリ』って呼んでいたんです。


 さあ。お宮の、神主さんみたいなことをしていたからじゃないですか。『モリ』は『守る』からだって、子供のころに父から聞きました。


 いえ。鎮守さんとかそういうんと違います。だいたい、ちゃんとした神社じゃなかったんですよ。

 お祭りや縁日もないです。村のもんは下の里の、***のほうの氏子だったです。お寺やお墓もそっちで。


 お宮や塚は、『モリ』の家の人だけが看るものでしたけん。私らは関係ないです。


 塚ですか。塚は……。

 よく知らないです。あれは『モリ』が看るものでしたから。


 あの事件の話じゃなかったんですか。話しますけん、もう帰ってもらえません。


 ええ、電話をしていたんですよ。歌手の*****さん。あの人が、市民会館に来るっていうので母は楽しみにしていて。田舎ですけん、そんなことめったにありませんので。地域の人たちはみんな楽しみにしていたと思います。


 ああ、バス? あれは地のもんは誰も使わんです。一日一本しかない路線なんて、どうにもならんですもん。車ですね、みんな。母は足が悪かったんで、運転はしませんでしたけんど。


 病院なんかは、誰かしら里のもんが車で連れてってくれてましたけん。もちろん私もちょくちょく行きましたけど、子供もまだ小学生でしたけん、毎回とはいかなかったから。昔ながらの密な付き合いはありがたかったです。


 今は限界集落って言うんですかね。あれでしたんで。もう年寄りばかりでしたよ。私も町で結婚しましたけん。こっちまで下りてこないと、仕事、ないですけん。


 山で田んぼやってもねえ。稼げんですしねえ。

 若者はみんな町に下ります。里にはねえ、残れんですねえ……。


 ええ。だからリサイタルには、『モリ』の嫁さんの車で行くって話だったみたいで。その話をするんで電話をしていたんですよ。


 夜の八時半くらいだったって言ってましたね。

 田舎ですし、年寄りですし、夜は早いんですよ。九時くらいにはみんな寝ちゃいます。


 で、話の途中で、玄関のチャイムが鳴ったのが聞こえたそうです。

 おかしいなあと思ったそうですね。里のもんが出歩く時間でもなし。そもそも、日が落ちてから『モリ』の家に行ったりはしないので。


 それでもあの家にはよそから客人が来ますけん、そういうのかと母も最初は思ったらしいですけど。

 早奈子さん、お嫁さんが、『なにかね、うるさいね』って言ったらしいです。ええ、ピンポンピンポン、チャイムがけたたましく鳴っていたって。


『ちょっと待って、気味悪いけん、うちのひとに出てもらう』

 ってお嫁さんが言って。電話越しに旦那さんを呼ぶ声がしたそうです。


 それで少ししたらチャイムの音が静かになって。また、*****のね、リサイタルの話の続きをしようと思ったらしいですけど。


 叫び声が聞こえたそうです。

 たぶん旦那さんのだったんでしょうけど、男の人の、恐ろしい叫び声がしてえらくびっくりしたそうです。


 それでお嫁さんがあわてて、

『なんじゃいね、ちょっと様子を見てくるけん、いったん切ります。すぐにまた連絡するけん』

 って言って、電話は切れたそうですよ。


 母は十時くらいまで待っちょったけど、電話はかかってこなかったって。

 それで、もう電話する時間でもなし、まだ日にちもあるし顔を合わせたときに話せばいいと思って眠ったんですよ。ええ。だってねえ、あげなことになっとるなんて思いませんけん。田舎の、年寄りばかりの山奥ですけん。ねえ。そげでしょ?


 けれど母は、どうもその叫び声のことが気になったそうで。

 いつもご夫婦で顔を出していた道の駅の朝市にも、早奈子さんら来んかったのでね、もしかして旦那さんが急に心臓でも悪くなって、夜のうちに山向こうの大学病院に連れて行ったんじゃないかって思って、様子を見に行くことにしたんだそうですよ。『モリ』の家に。


 あそこは里でも奥まったところにあって、家に入るのに長い坂を登らんといけんし、足の悪い母には行きにくいところだったです。

 だから隣りの家のひとに付いてきてもらって。ええ。


 奥さんの車があったけん、帰っとると思ったらしいです。

 でもチャイムを押しても誰も出ない。引き戸がちょっと開いてたんで、声をかけようと、その隣りのひとが開けたですよ。


 ええ、里はみんなそうでしたから。鍵なんかかけんですね、田舎ですし。

 みんな子供の頃から、声だけかけてずかずか上がり込むですよ。


 ええ。『モリ』の家だけは別でしたけど。普段は閉まっていて、チャイムを鳴らして呼んだんです。

 でも、そのときはチャイムを押しても出ないし、開いていたから開けて声をかけようとしたんですって。


 真っ赤だったそうです。玄関の中。

 血まみれで、二人が倒れてて。

 両目のところから涙みたいに血の痕が。

 すさまじかったそうです。


 時々、うなされてました、母。

 PTSD だ言われて、医者にね。里を離れて少しボケたけど、その光景はね、死ぬまで忘れられなかったみたいでしたけん。


 隣りのひとと二人で、ぎゃーっと叫んで逃げ出したそうですよ。

 母は足が悪いから、坂道で何度も転んで、アザだらけになって。ほうほうのていで自分の家に戻って、警察を呼んだんです。


 でもね、そのときはまさかね。

 続いてあげなことが起こるとは誰も思わなかったですよ。本当にねえ、怖ろしぇ話ですよ。


 え?

 たりごう、ですよ。たりごうと読むのが正しいです。

 バス停の読みかたが間違っちょったんですよ。

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