第20話
演説を終え、城へと歩いて戻る道すがら、俺は街を見回した。ほんの数言だったにもかかわらず、人々の顔には活気が漂っていた。
だからといって、すぐに内需が潤うことを望むなら、それはあまりに虫が良すぎる。だが、これは俺が意図した通り、世界を変えるための最初の一歩だった。
俺が驚いたのは、公国の市民のために用意した金が、まるで減っていなかったことだ。
先ほど、演説が終わったあと、誰かが俺にこう言った。
『私たちも、この金がどれほど尊いものか分かっています。これを使えば数日は、どうにか食いつなげるかもしれない。ですが、レイン様にとっては、そうではないでしょう』
そう言って、自ら進んでその金を、俺に返してきたのだ。もっと大きなところに、賭けてくれと。
この者たちがいるからこそ、公国はまだ滅びずにいられたのだ。
国を、我が身のように思う心。それを実践する者は、ごくわずかしかいない。とりわけ、自らの生計が脅かされる状況では、なおさらに。
俺は未来の時代を生きてきたからこそ、こういう心がどれほどたやすく踏みにじられるかを、よく知っていた。だからこそ、その期待に応えたかった。
ここでだけでも。俺が、そして彼らが夢見る未来を、共に歩んでいきたかった。
俺は今日、自らに課した任務を見事に成し遂げたと思っていたが──そこには、瑕疵があった。商業地区を通り過ぎる際に耳にした言葉が、ずっと耳の奥で響いていたせいだ。
「ところで、肝心の革はいつ配られるんだ?」
しまった。
公爵と話を交わし、ただ銅貨を新しく鋳造すれば局面が好転する、という思い込みのまま事を進めた結果、俺もこんな人間らしい失策をやらかしてしまった。
俺を責めるだろうという予想とは裏腹に、商人たちの話題は、たちまち自分たちの手にした新銅貨へと移っていった。
両替はどうするか、金はどうやって抜くか。そんな細々とした話題へと移り変わり、久方ぶりに商業地区の宿屋が活気づいた。
だが、これもまた、その場しのぎにすぎなかった。
彼らとて、結局は手持ちの金が尽きれば、受け取れなかったものへと目が向く。これはつまるところ、人間の本能的な心理だ。
そこまでが、そうだとすれば、革の最終的な期限ということになる。
いつしか、夕食の時間になっていた。
俺も適当に何か腹に入れて寝ようとしたとき、思いがけない人物に出くわした。
公爵が、庭園にいた。彼女が執務の場ではない、別の場所にいるというのは、珍しいことだった。おそらく、近頃の出来事が影響しているように見えた。
俺は軽く目礼をし、あてがわれた自分の部屋へ戻ろうとしたが、彼女が呼び止めた。
「一緒に、食事でもどうだ?」
食事の場は、こぢんまりと整っていた。
魔法ですべてが成り立つ世界だが、ここだけは、その流れから外れているように見えた。食卓の間には、ありふれた蝋燭が一本、俺と公爵の間を取り持つように灯っていた。
供されたのは、仔牛の腿肉のステーキと、じゃがいものスープ。公国の財政を思えば、これとて十分に贅沢だったが、見ようによっては、そうでもなかった。
俺が久方ぶりのまともな食事に、がつがつと食べ始めると、公爵が口を開いた。
「私にも、未来を約束した男がいた」
思いがけない言葉だった。そして、それを今、俺に語ってくれるとは、夢にも思っていなかった。
公爵の言葉が続いた。
「あれは、この公国はもっと良い場所へ進む資格があるのだと、いつも私に言ってくれた。それが……お前という人間が私を訪ねてきて、最初に口にした言葉が、実に印象深くてな」
自分が語りたい肝心のところを、意図的に飛ばしているように見えたが、それは構わなかった。問題は、公爵が口癖のように言っていた言葉を、俺が偶然のようにそっくり同じく、彼女へ告げてしまったこと。
まるで、公爵の夫が生き返って戻ってきたかのような心地が、したのだろう。
「私に、彼になれと望まれるのですか」
「誰であれ、死んだ者は戻ってこない。残された者は、それへの深い負い目と、それにまつわる思い出を抱えて生きていくだけだ」
彼女の記憶の中には、いつも同じ場所を巡る男がいるようだった。今はもう、送り出してやらねばならぬ時が、彼女に訪れているのかもしれなかった。
未来を、未来へと。より良い公国のために。
あるいは彼女は、もはやその場所を、自分一人で苦闘しながら描き出さずとも済むのだと──そう感じ始めているように見えた。
「今日の食事の時間は、楽しかったな。時間があれば、また頻繁にやろう」
近頃耳にした言葉の中で、もっとも喜ばしい響きだった。
俺の上に立つ者が、どんな考えを抱いているのかを、平素から聞けるということは、これから何か事を進めるたびに、制約が一つずつ消えていくという意味だったのだから。
だが、何を差し置いても。
人間らしい彼女の姿を、知ることができて。
よかった。




