第11話 僕は攻略対象じゃありません
商店街を通り過ぎて、そろそろお屋敷に帰ろうかと思っていると、ツバキさんが歩いているところを見つけた。
当たり前だけどちゃんと服は着ている。当たり前だけど。
黒いハイネックのシャツにレザーのロングパンツとブーツ。そして少し変わったデザインの上着を着ていた。アレは……確か、連邦の辺りの民族衣装だったかな。羽織とか言うんだったかな……。
(おっと…そんなことより声をかけた方が良いのかな?でも何か大事な用事だったらお邪魔になっちゃうかもしれないしなぁ……)
そんな事を思っている間に、ツバキさんは一軒のカフェに入ってしまった。
(うーん……わざわざ追いかけて入るのもなんかおかしい気もするし……ここは帰ろうかな……あれ?)
ツバキさんが入っていったお店の方をジッと見る。
……最初は気のせいかとも思ったけど──いや、間違いない。カフェの入口を監視してる人がいる……。
なんか、ガラの悪い人族の男の人が建物の影に隠れるようにしながらカフェの入口をチラチラと見ていた。──いやちょっと、バレバレすぎる……。
(……あれかな?調査とかしに来てる間諜じゃなくて、剣聖ツバキさんのファンとかかな?どう見ても素人さんだし……)
ただ、どっちだとしても放置は出来ない。
コノエ家に仕える者として、どう見ても不審な人を放置しておけない。
意を決して一直線に不審者へ声をかけようと踏み出そうとして──突然、肩を掴まれた。
「よ、ラヴィエスちゃん。今から帰るところか?」
「わぁっ…あ……ガゼルさん。は、はいそう…なんです……けど……」
ガゼルさんがいつの間にか後ろにいて、僕の肩を掴んでいた。
前にいる不審者に気を向けていたとはいえ、接近されたことにまるで気づかなかった……。
「驚かせちゃったか、ゴメンな。お詫びに一杯、美味い紅茶を奢らせてもらうよ。ほら、ちょうどそこにある店が知り合い──いや、恩人がやってる店なんだ。ささ、遠慮はいらないから」
ガゼルさんはそう捲し立てるように勢いよく話しながらスッと僕の腰に手を回して抱き寄せ、ぐっと力を入れてきて…そのまま顔がすごく近くに──いやいやいや!ちょ─ちょっと待って!!
「え?え?!ちょっ──!ガゼルさ──」
「ゴメン。周りを無視して店について来て」
焦る僕の耳元で、ガゼルさんが小さく言った一言で、僕は落ち着きを取り戻す。
周りを無視……つまりあの不審者に気づいていないフリをして、ガゼルさんとお店に入るってことだよね……。
何か事情があるんだろうし、何よりガゼルさんの指示だ。ここは言う通りにしよう。
「ゴメンゴメン、いきなり過ぎたね。さ、こちらへどうぞ。お嬢さん」
「は、はい……」
サッと僕から離れたガゼルさんは、今度は手馴れた動作で僕の手をとって、お店へと歩き出した。
……うーん……
いや、不審者の目を誤魔化すためなのはわかってるんだけど……ガゼルさん、こんな一面もあるんだなぁ。
(考えてみれば、奥様を三人も娶っておられるんだから当然──なのかな?)
そんな事を考えているうちにお店へと到着し、ドアベルが軽やかに音を鳴らした。
「いらっしゃい──あら、ガゼルくんじゃない」
「お久しぶり……でもないか。こんにちは、ヘカティさん」
「こ、こんにちは……」
お店に入ると、綺麗なブラウンの長い髪の巨人族のおじさんがフリフリのピンクのエプロン姿で、カウンターで紅茶を淹れていた。
紅いリップは派手だけど落ち着いたメイクをされているとか、どうして女性の格好なのかとか、色々気になるけど、何より僕の目を引いたのは、その腕だった。
二対の腕。
そう、その巨人族のおじさんには腕が四本もあったのだ。
色々な種族の話を聞いた事はあるけど、腕が四本の巨人族なんて聞いたことすらなかった。
「こんにちは、お嬢さん。貴女がウワサのラヴィエスちゃんかしら?」
「は、はい。そうですけど……」
「ウワサってなんだ?」
ガゼルさんの疑問に『ほらあそこ』と、ヘカティさんは指先で示してくれる。
その先にはツバキさんが頬杖をつきながらこちらを向いて、ヒラヒラと手を振っていた。
……なんだろう。笑顔なんだけど、ちょっとその……なんだか背筋がソワソワするような……。
「なんだ、来てたのか」
「来てましたわねぇ……昨日の今日で随分と手が早いのね?ガゼル?」
「──待て、誤解だ」
「腰に手を回したり、手まで繋いじゃって……」
少し唇を尖らせて、わかりやすく不機嫌な様子でそっぽを向いてしまうツバキさん。それを見たガゼルさんは、焦った様子で弁明をしながらツバキさんの傍に駆け寄る。
「誤解だって言ってるだろ?いやそれより、どこから見てたんだ?」
「ラヴィちゃんを口説きだしたところから。ホーント、この節操無し」
「だから違うって……」
「そ、そうです!ガゼルさんは──」
僕もツバキさんの誤解を解こうと声をあげたところで、ヘカティさんが目の前に紅茶を出してきた。
どう見ても僕が声を出すのを遮るようなタイミングで、どういうつもりかとヘカティさんの方を見ると、人差し指を唇に当てるように『しー』と静かに言いながらウィンクしていた。
僕はそれがどういう意味なのか、よくわからなくて首を傾げてしまう。
視線を戻すと、ガゼルさんはツバキさんの隣の席へ座って、肩をくっつけるようにして話をしていた。
あ……なるほど。そっか……。
アレは"夫婦の会話"の一つだったんだ。
──なら、僕が口を出すのは野暮ってものだよね。だからヘカティさんが、そっと止めてくれたんだ。
不審者の事とか、話したいことあるけど……ちょっと待ってからにしよう。
とりあえず……せっかく出してもらったことだし、紅茶で喉を潤そうかな。
◇
「それで、どんな言い訳を聞かせてくれるのかしら?」
「見てたならわかってるだろ……オッズの手下に声をかけそうになってたから止めたんだよ」
「やっさしい~」
「ふざけるのはよせよ。それに、それはどっちに対してだ?」
「さてね……しかしオッズのヤツ、あんな素人に尾けさせるなんてどういうつもりなのか……ちょっと"お話し"したいところね?」
「あのオッサンがこんな下手を打つとは思えない。手下の暴走じゃないか?」
「はぁ~?……まぁ確かにそうかも…。慣れない高級椅子に座って危機感が鈍ったのかしらね?」
「全部に目を届かせるなんて、そうそう出来ないってことさ。……あまり脅してやるなよ?」
「……ほんと、お優しいことで……」




