#4 友人の彼氏はどこから?
学校に辿り着いた私は下駄箱で上履きに履き替えてから、早速職員室に向かった。ドアを開ければコーヒーの匂いが漂っているものの、私は気にする余裕を見せないで担任の先生に一直線へ向かった。その先生は珍しいな、と言わんばかりの表情でこちらを見ていた。
「先生、ちょっと、相談があるんですけど」
「んっ?」
私のクラスの先生は普段生徒と関わり合いを積極的にしているためか、どのクラス担任よりも、私の学校で働いている先生よりも随一で人気が高い。いずれあの先生に面倒を見て貰いたいと思う生徒もいれば、あの先生のもとで生まれたかった、と変態じみた考えを思い浮かべる生徒もいるほど、カースト的に考えればトップに値するのではないかと私は思っていた。
そんな先生に私はぐいっと顔を近づけ、「はっきり言います。ストーカーに遭ってるんです!」と伝えた。だが先生は冗談交じりに私の相談事を「気のせいなんじゃないの?」と視線を逸らした。
「本当なんです!」
「へえ、本当なんだ?」
意味ありげに接してくる先生だったが、真剣そうな表情はしていた。良かった、さすが私たちのクラスの担任だ、と一安心をしかけた時、「でもねえ、そんな風に普通はストーカー被害を訴えてこないんだよ、被害者って」と冷静な口振りで話した。
「それはそうなんですけど……でも、私、登校するときに背中から気配を感じたんです。ジロジロと見られてるって言う感じが」
「じゃあそれが本当なら……証拠ってあるの? いつからそれが始まったの?」
二つ、質問をぶつけられ私は言いよどむ。証拠などないし、先生に訴えている内容は全て私の主観に基づくものだ。だから、余計に私は先生からの質問に答えられない。もどかしい、どうすればこの問題を解決できるのかな。
「じゃあ、先生、教室行くから」
先生は椅子から立ち上がる。職員室から出て行く背中を見て、何となくの無力感に襲われたような気がした。
※
昼食の時間。クラスメートはそれぞれ、友人とご飯を食べながら雑談を楽しんだり、一人で食べながら静かな時間を過ごしたり、教室から出て別の場所で食べるクラスメートの恋人たちがいる。そんな中、私は昨日の放課後で一緒に帰宅した友人と共に昼食を食べることにした。
話題は友人の希望……というより、一方的に自分の彼氏について永遠と聞かされることになったのだが。
「でねでね、私の彼氏って……」
「恋愛小説で聞いたことのあるテンプレ、もう何十回も聞かされたから」
「え、そう? てっきり一回しか話してないかと」
舌を出しておちゃらけてくる友人。リアルで充実しているキラキラな恋人の居る生活を、リアルで充実していない、むしろストーカーに追われて大変な日々を送っている私の生活に押しつけないでくれ……! 頼むから……!!
「まあ、冗談はそこまでにしておいて」
冗談は顔だけにしろよ。いかにも、自分は恋人がいて幸せですー、恋人がいてキラキラな高校生活を送っている自分が眩いですー、と言う顔が出てるからな。本人には決して出さないけども。
「あのさ、千聖」
「……んん?」
「ちょっとヤバめな相談、していいかな」
「……ヤバめ? どういうこと?」
ヤバめな先生に言うべきでしょ……なんで私なんかに相談するのさ、と思いつつ、これから話す友人の話に耳を傾ける。音に集中しているからか、周囲の音が途端に静かになったように思えた。友人がこちらの耳に小声で語りかけてきた。
「なんだか……私の彼氏、様子……じゃなくて容姿がおかしいの」
「容姿? 様子じゃなくて?」
「うん。昨日のこと、覚えてるでしょ?」
昨日の放課後であのストーカー男が爆誕したんだったけ、と記憶が脳裏に蘇ってしまい、苦虫を噛み潰したかのような表情をしてしまう。そんな私のことが気に障ったのか、友人が「大丈夫?」と声を掛けてくれた。大丈夫、なはず。一応。
「ああ昨日の事? 空き家を見学したんだっけ」
「そうそう。あの後、千聖が先に帰ってって言った後、私たちだけで帰ったのね」
「うん」
「そしたら、私の彼氏、急に魔法が解けたかのように容姿が一瞬で変わって」
「……は?」
へ、は、え? 魔法? なんで? いやいや、急に魔法が解けたかのように、と言っているだけであって、現実にあるわけないから。友人が見たのは恐らく、まばたきをした直後に、ということだから、きっと実際に使っていた魔法が解けていた、なんてことはない、はず。
そうだそうだ。きっとそうに違いない。私は現実に魔法なんて、ましてや異世界なんて存在するわけがないんだ、と自分に言い聞かせながら、「え、魔法が解けたかのように?」と冷静に訊ねた。友人は「そう! 魔法が解けたかのように!」と主張してきた。
「魔法……魔法ねえ、そんなの、現実にあるわけ」
「いやだって私がこの目で見たんだもん!」
「えっ待って、見たの?」
「うん。見た」
と言って友人が昨日の放課後で目撃したであろう、魔法が解けた光景をジェスチャーし始めた。彼女のジェスチャー曰く、どうやら何かの効果音やエフェクトがかかっていたわけではなく、突如として見慣れていた容姿がいきなり変化していたとのことだった。
恐る恐る、その話を聞いた私は「その彼氏……どこに居るの?」と聞けば、友人は私の横を指差してきた。振り返れば、指差した先にあるのは黒板であり、教卓で駄弁っていた複数人の男子生徒が楽しそうにしていた。
「ほら、耳がとんがっている人。あの人が私の彼氏」
「……そう言えばそうだ。私、見たことがあるんだった」
意識的に避けていたとは言え、まさか友人の彼氏が現代人とは違う耳をしていたとは……。しかも、その耳を魔法で誤魔化して普通の耳に変化していたなんて、まず現実の世界であり得ないことなんだ、と思っていた。
「……って、あの彼氏ってどこからきたの? よく平然と居られるよね」
私が友人に問うた時、彼女は「そうなんだよねえ」と同調してきた。どうやら私と同じ気持ち、もしくは考えを知らぬ間に共有していたんだな、と思いながら友人の彼氏を一瞥する。この時、友人が自分の彼氏の名前を呼び、こちらに近づいてきた。とんがり耳が一際目を引くな、と思った。
「あのさあのさ、この人が聞きたいことがあるんだって」
友人が彼氏に説明した後、その彼氏はこちらに視線を向けてきた。よく見れば顔も整っており、そりゃ彼女もできますわ、私なんかよりもかわいげのある友人を選びますよ、と自虐的に独りごちたくなるような顔貌を持っていた。
ただ、嫌な予感がしていた。
私を見ている男のとんがり耳、どこかで見たことがあると思ったら、昨日放課後で偶然にも遭遇してしまったあのアレンとか言う男とそっくりだ。しかもこの男の瞳は黒色や茶色の瞳と言った日本人の瞳ではなく、アレンのような青い瞳だった。そのためだろうか、整った外見に青い瞳を持っているのはどこかアレンを彷彿とさせる、そんな感じがした。
私は意を決して──男に問うた。
「あなた、もしかして異世界から来た人?」




