女はみんな小悪魔だ
蟻宮と彰の初めての歌作りが始まったのは、高校1年生の9月だった。そんな二人を、蟻宮を取り巻く周囲の人は、それぞれの想いで見つめることになった。
「アントちゃんさあ」
神座えるるは、イヤホンをそっと耳から外すと、ソファーに向かい合って座る蟻宮に言った。
蟻宮吉野が所属するVチューバーアイドルグループ〝FREESiA〟は、地方都市名古屋に事務所を構える社員5人、嘱託7人の極小プロダクション〝FREESiA〟によって運営されていた。その事務所を率いるのが、元トップアイドルグループ〝Mystic Rank'M〟の不動のセンター、人呼んで往年の伝説級アイドル、神座えるるだった。
えるるは、芸能事務所の社長であると同時に、若い女性に大人気のファッションブランド〝FREESiA〟のデザイナー兼社長でもあった。さらに、ダンススクール〝Charis〟の理事長でもあった。
もっと言うと、ファッションブランド〝FREESiA〟の看板を掲げた地上7階、地下2階の商業ビルの1階から3階までがダンススクールになっていて、さらに、そのダンススクールの一角に芸能事務所〝FREESiA〟があるという構図だ。言うなれば商業ビル丸ごと、神座えるるの〝城〟だった。
ややこしいので、内部の人間は、ファッション系の部署を〝F〟、ダンススクールを〝S〟、アイドル事務所を〝A〟と呼んでいた。
その〝A〟の狭い事務所に、この日、神座えるるはいた。
「これ、誰に作ってもらったの?」
えるるが右手でつまんだ細いコードの先で、サクランボのようにぶら下がったイヤホンが揺れた。
「庄司彰くん。高校の同級生です」
「……ふうん」
えるるは、納得いってないように相槌を打った。
「ただの同級生には思えないんだけどねえ。男子でしょ?アントちゃんの彼氏だったの?」
えるるが絶妙な不意打ちパンチを繰り出した―――つもりだったが、蟻宮はきょとんとした顔をした。
「彼氏?ただのお友達ですけど?」
ただのお友達なわけないだろ!
えるるは内心で激しく突っ込んだ。
「アントちゃんの声に合わせてカスタマイズされてるよね、これ。高校生らしい青臭さは感じるけど、何ていうのかな、熱い情熱みたいなものを感じるよねえ」
「そうなんですよ。頑張って一緒に作りました。みんなの前で歌ったのは1回きりなんだけど、せっかく作った思い出の歌だから、歌枠配信で歌いたいなって」
無邪気に笑う蟻宮を見て、えるるは全てを悟り、作曲者とやらに深く同情した。
「……それで、作曲者に連絡はつくのかな?作ったの3年前でしょ」
「連絡先ですか?大丈夫ですよ。FN交換してるから」
ほら、と、蟻宮が差し出したスマホ画面に、燦然と輝く虹色のフラクタル。
はあぁ―――――――――!
えるるは盛大に息を吐き出した。
あたしゃ、気の毒でしょうがないよ。その男子高校生がさ。最上級のフラクタルを獲得しておきながら、「お友達」なんて言われちまったらねぇ。
「?どうしたんですか?社長?」
「―――いや、いい。気にしなくていい。その〝お友達〟が〝超いい人〟なのは、わかったからさ」
蟻宮は、えるるの言葉に首を傾げた。
「悪いけど、その作曲者に、いつでもいいから事務所に連絡してって伝えて。事務所のメアドを伝えるのがいいかな。JASRAC(ジャスラック:日本音楽著作権協会)通した方が話は簡単だから。手続きはこちらで進めるけど、契約結ばないと、どうにもならないからね」
「わかりました」
蟻宮は素直にうなずいた。
「―――ゆのは、なんかないの?さっきから黙ってるけど」
えるるは、隣でにこにこしている〝FREESiA〟のマネージャーを睨みつけた。
こいつ、絶対、楽しんでるでしょ。
この件は、蟻宮から相談を受けたゆのが、「社長に相談した方が絶対いいですよ!」と力説して、ちゃっちゃとアポ取って、蟻宮を事務所に引っ張ってきた。確かにこの件は、後々のことも考えると、社長のえるるが対応した方が話が早い。ゆのらしい、的確な判断だが―――明らかにえるるの反応を面白がっている様子を見ると腹が立つ。
「ございません」
ゆのはすまして答えた。
こいつ―――
「あ」
「え?なに?」
ゆののすました顔に、一瞬だけ浮かんだ隙を見逃さず、えるるが突っ込んだ。
「社長にお任せしてよかったですわ。さすが社長!」
ゆのは、えるるを見て、にっこり笑った。
「!!!!!!!!!」
くそー!
えるるが、どう言い返してやろうかと頭をフル回転させていると、
「あのぅ、何か問題が?」
蟻宮が怪訝そうに尋ねた。
「ありり、何でもありません。さ、行きましょう」
ゆのが、さっと席を立って、蟻宮に退室を促した。
「ゆのさん、何だか嬉しそうですね」
「あら、そうかしら、ふふふふふ」
と親し気に言葉を交わしながら退室する蟻宮とゆのを、えるるが悔しさ全開で見送ったのは言うまでもない。
時を遡ること3年
「調子乗ってんなよ!」
女子が怒ると怖えな。彰は内心で震え上がった。
きっかけは、つまらない話だった。いつものように、彰と蟻宮が歌作りの相談をしていると、クラスの女子がからんできた。陰キャと付き合ってんの?蟻宮さんって男子なら誰でもいいんだね、みたいなことを、面と向かってではなく、通りすがりに、つるんでる仲間に言うふりをして、わざと聞こえるように言ってきたのだ。別にいつものことだし、気にしな―――
「言いたいことあるなら、はっきり言えば?」
蟻宮が正面からミサイル撃ち返した。
今時のいじめは、大人がイメージするように、悪口浴びせたり、暴力を振るったりはない。「うざい」「死ね」とか口に出してる姿を想像してるなら、そいつはダウトだ。ないわけじゃないが、実際にそんなことが起きていたら、それはもう末期症状だ。小学生だって、ターゲットをちらちら見ながらひそひそ話をするぐらいのことはやる。「わたしは、なんにもしてないのに、〇〇ちゃんが勝手に怒ってえ」みたいな。より陰険なのは「やめなよー、そういうこと言うの」とか言ってるやつが、煽ってる黒幕だったりする。
「―――何よ突然。蟻宮さんって怖ーい」
先頭の女子が嫌な笑い方をして、「ね、行こ」と他の女子に声を掛け、去ろうとした。
「面と向かって言えないなら黙ってれば。そんなんだから、せっかくできた彼氏にも愛想尽かされるんだよ」
蟻宮が言った瞬間、言われた女子がブンと音のしそうな勢いで振り返った。
「調子乗ってんなよ!」
般若の面のような顔で言ったのが冒頭のセリフだ。傍らで聞いていた彰が縮み上がるほどの迫力だったが、当の蟻宮は、「今日はいい天気ですね」とでも言われたかのように涼しい顔をしていた。
勝負ありだ。衆人環視の中では、感情的になった方が負け。取り巻きの女子3人が、必死になって鬼と化した女子を引っ張り、校門の外へと引きずり出して行った。
女子って怖え。
彰は改めて思った。
今時、これほど攻撃的な奴も珍しい、と思って、よく見たら、あいつ、5月に蟻宮に泣かされてた奴じゃねえか?高野とかいったか?
「ひどくない!?西臣くんに色目使っといて振るとか、あんた、どんだけ自己中なのよ」
蟻宮を責めたのは、高野じゃなくて、取り巻きの久米だった。唐島と小堀が後ろで同調するように、わあわあ言っていた。入学直後に仲良しグループを結成し、「トイレぐらい一人で行けよ」と思うぐらい、常にべったりの4人組だった。
高野は「日菜子やめてよ」と、久米のスカートを掴んで半べそでかいているが、あれも演技なんだろうな。扇動しているのは高野に違いない。「女子怖えー」と、彰は、傍観者席で冷静に見ていた。
「は?わたしは西臣くんに興味ないから、そう言っただけじゃん。ていうか西臣くんって誰?」
とんでもない反撃パンチが来た!
高野が「うわーん」と大げさに泣いて、教室から飛び出していき、3人が「待って亜里沙」と言って後を追いかけ、教室を出る間際に、蟻宮を振り返って、きっと睨んだ。その3人の行動までもが判で押したように同じで、彰は、うわー演技くせーっと思ったものだ。だが、効果はあったようで、その日を境にクラスの雰囲気は一気に悪くなり、蟻宮に対し、よそよそしい空気になった。
もう9月だぞ。いつまで恨んでんだよ。
と、彰はうんざりした気分になった。
西臣とやらに限らず、蟻宮は目ぼしい男子を振りまくったが、男子は男子で、蟻宮がだめなら他の子に、と、手のひら返したように、手近な女子に声をかけ、付き合ったり、早い奴だと、すぐ破局して、もう3人目の彼女を捕まえたりしていた。そんな肉食系男子は、今や少数派で、どちらかというと肉食系女子の方が余り気味ではあった。
高野は、蟻宮との立ち回りをどう利用したのか知らないが、めでたく西臣とやらと付き合えたわけだし、もういいじゃねえかと彰は思うのだ。もし、蟻宮がOKしてたら、おまえは西臣と付き合えなかったんだしよ。上手くいってるかどうかは知らんけど。
当の高野が耳にしたら、今度こそ鬼と化して、掴みかかってそうなことを彰は思った。ところが、女子の敵は女子。そう簡単には行かないのだった。
「蟻宮、ごめんな。みんなのいないところで声かけるように、気を付けるわ」
「何で彰くんが謝るの?」
蟻宮は、きょとんとした顔で彰を見た。その顔からは、さっきの攻撃でダメージを受けた様子は微塵もなかった。
こ、こいつ……
彰は内心で冷や汗を流した。
心が強いとかいう話ではない。蟻宮にとって、逃げ道を確保してから、わざと人の多い下校時の校門を狙って仕掛けた高野の思惑とか、それを見聞きした周囲の反応とか、心底、どうでもいいんだろうな。
同時に彰は気づいてしまう。蟻宮は、彰のことでさえ、何とも思っていないということに。
家に着くと、母親と妹が大げさなぐらい大歓迎で出迎えてくれた。蟻宮は毎日のように彰の家に来た。普段は彰をゴミのように扱っている妹など、「おまえどこにそんな愛想のよさを隠し持ってたんだ?」と彰が思わず口に出して妹に蹴られたぐらいの豹変ぶりだった。
彰は、母親と妹の過剰なウェルカムオーラに、毎回、嫌な汗が背中を伝う居心地の悪さを感じていたが、妹は、すっかり蟻宮の虜になり、隙あればくっついていく。数十分前の同級生女子の姿を思い浮かべて、どうして同じ女子でこんなに違うんだろうなという疑問が消えない。
「蟻宮、先に行ってるぞ」
「あ、うん」
飼い猫のように、喉をゴロゴロ言わせている妹を放置して、彰は自分の部屋へと向かった。
「ねえ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「蟻宮さんは、お兄ちゃんのことを〝彰くん〟って呼ぶのに、どうしてお兄ちゃんは、蟻宮さんのことを〝吉野ちゃん〟って呼ばないの?」
「ばっ!なに言ってんだ!言うわけねえだろ!」
「ふうん」
妹は彰を試すような目で見た。
「蟻宮さん、わたしは、蟻宮さんのことを〝吉野ちゃん〟って呼んでもいい?」
「ええ、構いませんけど?」
蟻宮の答えを聞いて、妹は、ふふーんと言わんばかりのドヤ顔を彰に向けた。
「!!!!」
「お兄ちゃん、顔、真っ赤」
「なっ!そんなわけねえだろ!」
彰は玄関から急ぎ足で立ち去った。けらけらと笑う妹の声が追いかけてくる。
女ってのは、タイプは違えど、みんな小悪魔だな。彰は心底そう思ったのだった。
はい。
今回も、お読みいただき、ありがとうございました。
いやぁ、全く予想してない展開でした。今回も。
ほんとはね。この第2期は、蟻宮のVチューバーとしての活動を丁寧に描いていく予定だったのよ。それが、蓋を開けてみたらどう?VチューバーのVの字も出てこないじゃないかっていうので、まあ、今回、Vチューバーの話が出てきてよかったね、と。
え?こういうのはVチューバーの話って言わない?
まあまあ。
わたしだってそう思うよ。でもしょうがないじゃん。そもそも、ここまで読んでくれた人はわかると思うけど、このお話は、蟻宮視点じゃなくて、彰視点で描かれてるのよね。でも、その彰っていう人物が、ぽんと出てきたのは、なんと、第1話の1行目を書き始めた、その瞬間だったという、いい加減さだよ。あれー話が違うーと思っても、もう遅い。飛び出してきた人物達は、作者の〝予定〟なんか知るもんかと、勝手にお話を進めていきます。さあ、次のお話はどうなるのか?
いや、わからんのよ。これが作者にも。わたしは読みたいよ。続きを。でも、自分で書かないと続きが読めないっていうのが、つらいところよね。




