歌えない歌
『Vチューバー始めてみたけどこれって正解ですか』の続編です。前作と同様、時間軸が乱舞します。なぜなら思い付きで書いてるから。お願い!ついてきて!
「庄司くんって陰キャだよね」
クスクスと笑う女子どもの声が頭の後ろの方でした。
耳障りで不快な音。頭の芯でキンキン響く。消えろ!消えてくれ!
あいつらは、俺に聞こえない体で、わざと俺に聞こえるように悪口を言ってくる。言い返してこないやつに悪口言うのが、そんなに楽しいのか?まあ、楽しいんだろうな。でなきゃ、わざわざ足りない脳みそと時間を使ってまで、こんな嫌がらせしようと思わんからな。
だが、俺は席を立たない。立てない。今、動いたら聞こえていたのが丸わかりになってしまうし、何より、俺が逃げてるみたいで嫌だ。
庄司彰は、鞄からイヤホンを取り出して装着し、アプリの再生ボタンを押した。
鼓動のような重低音がリズムを刻み、うねるようなベースと絡み合う。乱入してきたギター音が、波打つ音を切り裂いてかき混ぜる。目まぐるしく色を変えながら収縮する音の塊の表面で、ピカピカしたキーボードの音が跳ね回って遊ぶ。
ああ、安心する。ここは、自由で心地よい自分の、自分だけの世界だ。
「おい、庄司、授業始まってるぞ」
「いつっ!」
彰の耳から乱暴にイヤホンが引き抜かれた。目の前に社会科教師が立っていた。威圧的な態度で彰を見下ろしていた。イヤホンから漏れた音の残滓が干からびたようにチリチリと鳴っていた。耳にはジンジンと痛みが残っていた。
周りの生徒達が、声を出さないように抑えてはいるものの、嗤いながらチラチラこちらを見ているのが肌で感じられた。
彰は無言でスマホとイヤホンを鞄にしまい、社会科の教科書を出して机に置いた。
社会科教師は、彰の謝罪を期待していたのか、不快そうに眉を吊り上げた。しかし、彰が不意の痛みで悲鳴を漏らしてしまったことが加虐心を少しは満たしたのかもしれない。不満そうな顔をしながらも、何も言わず、教卓へと戻っていった。
どいつもこいつもクソばっかりだ!
彰は怒りや羞恥が顔に出ないよう、最大限の自制心をはらいながら心の中で毒づいた。
俺は、何のためにここにいるのか。他にやりたいことはあるのに。こんな監獄で無駄な時間を過ごすことに何の意味があるのか。彰は窓の外を見ながら、何度も自問自答した問いを、今日も自分にぶつけていた。
「ねえ!」
6時間目の授業が終わり、担任が熱も声量もない業務連絡を1分で終わらせると、彰はすぐに席を立った。
「ねえってば!」
背後で女の声が聞こえるが、俺には関係な……
「何で無視するのよ!」
左手首を掴まれ、ぐいっと引っ張られた。
そこで彰は、自分が呼ばれていたのだということに初めて気が付き、後ろを振り返った。
金を極限まで引き延ばしたような細い金髪、小さな顔に血色の良すぎる唇、不釣り合いになる直前でぎりぎりのバランスを保っている大きなアイスブルーの瞳、一時代前の少女漫画から飛び出してきたような美少女がそこにいた。
そして背も小さい。
「なに見おろしてるのよ!」
美少女、蟻宮吉野がそこにいた。蟻宮は、ぷうっと頬を膨らませた。子リスみたいだと彰は思った。
「何?蟻宮さん」
彰は、女子と話すのは久しぶりだ、と思いながらも、そういえば最近、男子とも話してないなと苦笑した。
「さっきの音楽!あ、ほら、ダンチに怒られてたやつ!」
ダンチというのは、社会科教師、山田智也のあだ名だ。山田の〝ダ〟と智也の智を〝チ〟と呼んで〝ダンチ〟。あれ?〝ン〟は、どこから来たんだ?まあ、いいか。勘違いしないでほしいのは、生徒に好かれてるから、あだ名で呼ばれるわけじゃないってこと。逆もありだ。
こいつは、教師に怒られた俺を嗤いに来たのか?
彰の心底迷惑そうな顔を、蟻宮は毛ほども気に留めず、彰にぐっと顔を近づけた。急に近付いてきた蟻宮の人間離れした美しい顔に、彰は柄にもなくドギマギした。そんなうわついた気持ちは、次の蟻宮のセリフで瞬時に蒸発した。
「あれ、庄司くんのオリジナル?」
「え、なんで?」
蟻宮は庄司の問い返しに、きょとんとした表情になった。
「なんでって……」
「なんで、そう思ったんだよ。聴いてもいないのに」
蟻宮は、にへっとした顔になった。
「わかるよ。わたし、耳はいいんだ。ね!もう一度聴かせて!」
彰は気圧されるように、蟻宮にイヤホンを渡し、続いてアプリを開いたスマホを渡した。蟻宮は何の躊躇もなく、彰のイヤホンを両耳に押し込み、アプリの再生ボタンを押した。
そのまま時間が流れる。
俺は何をやってるんだ?
彰のこめかみから、どろっとした汗が流れた。俺のイヤホン、蟻宮の耳にはめると大きく見えるな、などとどうでもいいことを考えた。
蟻宮がそっとイヤホンを外した。そして、スマホと一緒に彰に返した。
「どう、だった?」
彰の口から、本人の意思とは関係なく、するっと問いがこぼれた。
「うーん、しつこい感じ?」
「は?」
彰は、あんぐり口を開けた。
「しつこいっていうか、ねちっこいっていうか、うーん、言葉で言うの難しいな。これじゃあ、ボーカル乗らないでしょ?」
彰は、目を見開いた。
「どうして……」
「ん?何?」
よく聞こえなかったらしく、蟻宮が耳を彰に近づけた。さっきまでなら、うろたえていたところだが、彰に今、その余裕はなかった。
「どうして、これが、ボーカル曲だと思ったんだよ」
「んー?」
茫然と尋ねる彰に、蟻宮は困ったように顎に人差し指を当てた。
「何となく?」
「何となくかよ!」
彰が思わず突っ込むと、蟻宮は、びっくりしたような顔をした。
「あ、ごめっ、ていうか、えーと」
困ったように、わたわたする彰を見ていた蟻宮が、吹き出した。あはははははっという、これまで聞いたこともない快活な笑い声が、蟻宮の口から飛び出した。
「なに笑ってんだよ」
「ご、ごめんね」
そう言いながらも蟻宮の笑いは収まらない。
「じゃあ、俺、帰るから」
笑い転げる蟻宮を前に、どうしていいかわからず固まっていた彰は、蟻宮の笑いが収まるのを待って、鞄を手に立ち上がった。
「ねえ、それ、わたしが歌えるように直せるかな?」
「え?」
蟻宮の意外な言葉に、彰は思わず立ち止まり、振り返った。
「歌う?おまえが?俺の歌を?」
「うん」
驚きのあまりカタコトみたいな日本語で返す彰に、蟻宮は無邪気すぎる返事を返した。
「でも、そのままじゃだめだなあ。庄司くん、歌う人のこと考えて曲、作ってないでしょ。それじゃ、歌えないよ」
「なっ!」
彰は言い返そうとして、蟻宮の、さっきまでとは全然違う、静謐なまでに澄み切ったアイスブルーの瞳を見て、言葉を失った。単純な言い方だけど綺麗だと思った。
「わかったよ」
二人とも何も言わない長い時間が過ぎ、彰は割り切ったような顔で言った。
「この曲は作り直す、絶対、お前が歌えるようにしてやる」
「うん。楽しみにしてる」
蟻宮の素直としか表現しようのない濁りのない言葉を聞いて、彰はくるりと背中を向けた。
「ただ、すぐとはいかねえ。時間がかかる」
「うん。わかってるよ」
その蟻宮の返事を聞いて、今度こそ彰は歩き始めた。
「できたら今月中がいいなあ」
彰はぴたりと足を止めた。
「おまっ、わかってるって……」
「うん、わかってるよ。だから、お願いね」
蟻宮の、心底、上機嫌なにこにこした顔を見て、彰は何も言えなくなった。そして、そのまま、黙って教室を出て行った。
蟻宮吉野。
ひとことで言うと「変な女」だ。
高校入学して最初の1週間で、10人を超える男を振ったと聞いた。なんといっても顔がいいからな。日本人にはない、人形のような美しい顔は、男子だけでなく女子までも虜にする。でも、その振り方は、容赦なかったらしい。
それでも次の週には数人の男が群がってきたが、全員、瞬殺だった。それから、蟻宮の浮いた噂は聞かない。誰だって、傷つけられるのも、校内で不名誉な噂になるのも嫌だから。人呼んで〝氷姫〟。でも、これは男子の呼び名で、女子は〝液体窒素の女〟と呼んでいる。近付けば、カチンコチンに凍らされて砕かれちまうってか?いつだって同性の方が辛辣だ。
そうかと思えば成績は、理数系はトップレベル。運動は何をやらせても、部活の連中が青ざめるぐらい常人離れした動きをする。誰も本気で歌わない音楽で、プロの声楽歌手みたいな歌い方をして、ドン引きされる。どこを切り取っても〝変人〟としか言いようがなく、男子からも女子からも異質な存在として忌避されていた。
それがなぜ?
どう考えてもわからない。なぜ、蟻宮は、俺に話しかけてきたのか。俺の曲を聞きたがったのか。そして、歌いたがっているのか。そして、蟻宮の指摘は、彰の欠点を正確に撃ち抜いていた。
歌えないボーカル曲。
「わかってんだよ」
彰が作る歌は高音域から低音域まで幅広く、どちらかというと女性の声域を意識している。彰の頭の中には自然と歌が流れ、それに編曲をしていくからだ。そして、なぜか、頭の中に響くのは、自分の声ではなく、常に同じ女性の声だった。そうして完成した曲には、彰がボーカルを乗せることができない。足りないパズルのピース。それを補うため、自然と編曲を分厚くして物足りなさを補っているのだ。それでも、ボーカルという大切な要素が欠けている以上、理想には届かず、何度作り直そうとも、どれだけ努力をしようとも、自分が作る曲は常に未完成のままだったのだ。
「わかってんだよ。くそ!」
彰は駆け出した。
一刻も早く自分の部屋に行き、曲を作り直す。月の半ば前とはいえ、残された時間は3週間もない。
「それで作り直せとか無理だろ」
歌作るのが簡単とか言うやつは、自分で作ってからものを言え!作曲よりも編曲の方が100倍時間かかるんだよ!
「だが、やってやる!完成してから泣きごと言うんじゃねえぞ!歌えねえとか言わせねえからな!」
彰にとって、クラスの女子とか、社会科教師とか、もう、どうでもよかった。俺は、俺のやりたいことをやる。それで、あの変な女を黙らせてやる。もう、しつこい感じとか、絶対に言わせねえ!
駅までの道を全力疾走しながら、彰は心を重く押しつぶしていた嫌なものが、きれいさっぱり消え去っているのを感じていた。
はい。読んでいただき、ありがとうございました。前作が完結した翌日、どうにも我慢できなくなっちゃって、この作品に取り掛かりました。そして、このエピソード、最初の1行を書いてるあたりでは、どんな内容なのか、わたしにもわからなかったというwなるほどね~、こういう系の話なのね。わたしが続きを読みたいから、頑張って書いていきます!次はどんな話になるのかな?




