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幽霊探し -後-

 何とか茹った顔を冷ました少女は、猫宮の後ろをついていく。

 しばらく歩いていると猫宮が足を止めた。

 周囲からは少し見えづらい公園の中にある茂み。他よりも少し大きめの木が一本あり、その手前には以前見た猫がいた。まるで猫宮たちを待っていたかのように、じっとしていた。


「ありがとうな」


 猫宮がひと撫ですると、猫はそのままどこかへと行ってしまった。


(やっぱり猫使いなんだ)


「悪いな。待たせた」

「……え?」


 そう言って一点を見つめている。猫宮の背丈より少し下辺りの高さだ。

 少女は視線の先を追うも、困惑してしまう。


「あんたに礼が言いたいんだと」


 困惑している少女にかまわず、猫宮は話を続ける。猫宮の視線がぶれることはなく、確実にある一点を見ていた。独り言ではないことは確かだ。

 だが、少女の目には誰も映っていない。


「猫宮さん……幽霊さんがそこにいるんですか」


 ようやく少女を見た猫宮の目は、普通の人間の目とは思えないガラス玉のようだった。少女には見えないナニカが見えている。


(少し、こわい……)


「声も聞こえませんか?」


 変わらず猫宮の目には、すべてを見透かすような気味の悪さがあったが、問いかける声には優しさが滲んでいた。


(ちゃんと言おう)


「はい。私には幽霊さんが見えません。多分、今猫宮さんとお話ししてたんだと思います。でも、私にはあなたの声が聞こえませんでした。あのとき危ない目にあったから、たまたま見えただけなんですね」


 徐々に少女の声から覇気が失われていき、か細くなっていった。

 少女にも初めから分かっていたことだ。自分は霊など見えない普通の人間で、相手は幽霊。駅のホームで線路に落ちかけて、それを助けてもらっていなければ、本来関わることすらなかった関係。幻ではなかったと分かっただけでも、喜ばしく思うべきなのだ。


「いやー、駅のホームではありがとうございました!危うく落ちて大けがじゃ済まなかったところを助けていただき、本当にありがとうございます」


 相手の姿は見えないが、少女の言葉は聞こえるだろうと、要件を済ませることにした。泣きそうな顔をされても相手に迷惑なだけ、と懸命に明るく振る舞う。

 初めて会ったあの日から大して時間も経っていない、たった一度会っただけの相手。何も悲しむことはない。笑顔で別れるのが賢明だ。


(けど、ちょっぴり寂しいな)


 幽霊が見えるような、特別な力など持たない平凡な人間が、夢を見ていただけ。


「勝手に落ち込んでるとこ悪いですが、こいつは霊じではなく。妖です」

「もう幽霊でも妖でも何でもいいですよ。だって私には全く分からない。いないんじゃ、どっちも同じです」


 隠す様子もなく落胆を露わにして、卑屈になっていた。少女にとって霊と妖の違いなど知り得ない上、知る必要性も感じなかった。何故そのような些末なことを言うのか、と理解に苦しんだ。


「意外ですね。『あの人がいたってことは、記憶の中に有り続けるから問題ない』とでも言うと思ってましたが」

「なっ……!忘れてなんかないですよ!もちろん!」

「なら、ちゃんと思い出して言ってみては?」


 思い出すも何も忘れてなどいない。猫宮に煽られて少女は意地になり、目を閉じて男のことを思い浮かべる。


「深い紫色をした切れ長の目と、同じくらい深い色の結った髪を前に垂らしていて。私を気遣う声と、身体を支えてくれた手に優しさを感じました」


(あと、これは猫宮さんにも内緒だけど、『しょうがないな』ってほんの少しだけ目元を緩めたあの表情が、私を虜にしたの)


「霊と違って、妖は他生物のようにこの世で生活している。中には普通の人間が視認できる妖もいる。気づいていないだけで、そういう妖が人間社会に意外といる」

「何が……言いたいんですか」


 変な期待をしたくないと閉じた瞼に力が入った。


「こいつは認識されにくいタイプだってことです。つまりちゃんと意識すれば、──その目で見ることができる」


 目を開ければきっとあの人が、と思いはしても一向に行動を起こせない。開けてしまえば、見えないことの証明になってしまうかもしれないという恐れが、少女を踏み止まらせた。


「『見えなかったらどうしよう』って?怖がってるだけじゃ勿体ない」


(勿体ない選択は嫌だな)


 少女がゆっくりと目を開く。






「きれい……」


 紫紺色の髪をたなびかせる旅装束の妖がいた。会いたかった人。少女のことを見つめる目には温かさがあった。


(このドキドキは本物だ)


「礼については先程聞いた。用が済んだのなら、私はこれで失礼する」


 口調が硬いせいで一見冷たい態度に見えるが、言葉にトゲはない。不器用な気質が伺える。


「あっ、あの!!」


(今言わなきゃ。もう会えないかもしれないんだから)


「私の彼氏になってください!!」


 予想外の発言に場が凍りつく。少女の力強い声が周囲にこだました。

 少女の妖に対する好意を知っていたが、本当に告白をするとは思っておらず、妖と共に固まってしまった。


(猫宮さーーん!?あなたも驚くんですか!?)


「かれしとは?」

「え?あ、えっと、好き同士の人といいますか。恋人?愛人……じゃなくて、伴侶?」

「なるほど」


 妖がいち早くフリーズ状態から回復した。と思えば、そもそも彼氏の意味を知らなかったため、説明を求めた。


(あああ、いきなり言われても困るよね、そうだよね!?へるぷみー猫宮さんー!!)


「言っておきますが……こいつは女です」

「男性じゃない!?」


 猫宮は、助け舟ではなく爆弾を投下した。

 確かに旅装束は男物ではあるが、


「私は流離。動きやすい恰好をしたまで」


 ということで、旅人が機動性を重視するのはごもっともである。

 少女は妖が女性であってもめげなかった。


「あなたが女性でも、私はあなたとお付き合いしたいんです。あなたに惹かれたんです」

「私は、君と恋仲になる気はない」


 ハッキリとした拒絶だった。淡い期待を抱く隙もない。いっそ清々しいまでの断りの言葉。


「変に期待させないところも優しくて好きー」

「感情が麻痺してないか?」


(短かったなぁ私の初恋。実らないってやつ、ほんとだったー)


 魂が抜けたように萎れてしまった。自分が好意を抱いたとしても、相手も自分を好くとは限らないのだから、至っておかしなことではない。


「恋仲になる気はない」

「うぐっ!……そう、ですよね」


 念を押すような容赦のない二撃目によって、少女の目が僅かに潤む。流石に猫宮も少女を哀れに思った。


「はやるな。事を急いても良いことはない」

「はい……」


 猫宮が妖の様子に気づき、おはぎにも確認すれば勘違いではなさそうだ。予想が間違っていなければ、今回のは悪いようにはならないだろう。ふたりの成り行きをそっと見守る。


「私は旅をしている者。だがたまには、立ち止まってみるのも吉だろう」

「えっ、それって」


 妖から差し出された手が意味するものは──。


「友人からよろしく頼む」


 途端に、はち切れんばかりの笑顔が咲いた。


「はいっ!!!」




---




 幾日か過ぎた頃。猫宮の元に一通の写真付きメールが届いた。紫色の長髪ストレートの美女と、紫色のメッシュがひと束入った可愛らしい少女のツーショット。ふたりでひとつのパフェをシェアしていた。


「のろけかよ。リア充が」


 ゲェ、と舌を出して嫌そうな素振りをするが、顔がほころんでいる。アーカイブにメールが追加され、おはぎもつられて笑った。

★猫宮さんの質問コーナー★


Q1)猫宮さんはロングヘアとショートヘアなら、どっちが好きー?

A1)どっちも良いけど、おはぎが短毛だから強いて言えば、短い方。


Q2)猫宮さんはドキドキしたいー?

A2)祓い屋やってると嫌でもドキドキするんじゃねぇか?

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