毎夜の訪問者 -前-
パトカーのサイレンの音が鳴り響く。
ジュエリーショップの前やその周辺には、警察関係者が何人もいた。誰一人、事件現場に立っている男を追い出す様子はない。だというのに、現場に入ろうとした記者は止められていた。
「犯人はカメラの位置を把握していたようで、顔が写っていませんでした」
「下見していたということは、計画的犯行か。被害者の方は?」
「購入済みの指輪を受け取りに来たところ、犯人と遭遇。指輪を渡すのを拒否したことにより、刃物で刺されたようです」
「腹部をひと突きか」
「救急車が到着するも、その場で死亡が確認されました」
「買ったのは指輪……。可哀想になぁ」
ふたりの刑事が状況を確認し合っていた。そばで聞いていた男は呆然と立ち尽くす。誰も男を見ない。見えていない。
「あー俺、死んだんだな」
男は幽霊だった。
警察に回収されていった、指輪の入った箱を眺める。
「ミオにプロポーズしたかったのに」
もうできもしないことを呟いた。
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いつの間にか寝ていたらしく、目が覚めたらすでに夜になっていた。
愛しているという言葉。そのたった一言を伝えたいと思った男は、彼女の住むアパートへ向かった。
三階の彼女の部屋を見上げると、ベランダの窓から明かりが漏れている。
(まだ起きてる)
彼女の部屋にたどり着いてからやっと、自分は物に触れるのだろうかと疑問が浮かぶ。
「やってみりゃ分かるか」
恐る恐るインターホンへ指を伸ばしてボタンを押すと、音が鳴った。
「マジか、押せたぞ!」
成功した喜びをそのままに、彼女の出迎えを待った。鍵が開く音のすぐ後にドアノブが捻られた。開かれたドアの先には、男が会いたかった女性がいた。
「ミオ!元気そうでよかった。こんな時間にごめんな。どうしても言いたいことがあって来たんだよ。今指輪は渡せないけど、俺、お前を……ミオ?」
男が名前を呼んでも、彼女は何も答えない。それどころか目が合わない。男の姿が見えていないと、ようやく気がついた。会いたいという気持ちが先走りして、冷静ではなかった。彼女に霊感はなく、男は死人。分からなくて当然だ。
目の前にいるのに、声は届かない。愛してるのたった四文字が伝えられない。歯がゆくて仕方がなかった。
そんな男に落ち込む時間はなかく、瞬きした途端、ジュエリーショップの前に戻っていた。何が起きたのか理解する暇もなく、強い眠気に襲われた。
男が起きたのは次の日の夜。
また彼女の元へ行った。
ピンポン。
ガチャ。
「……またピンポンダッシュ?」
分かってはいたが、周囲を見渡す彼女の目に男は映らない。
ならば筆談でコミュニケーションを取ろうと、ペンの拝借を試みた。だが、入る前にジュエリーショップへと戻っていた。
「また、この強烈な眠、気……」
耐えようとしても抗えないほどの眠気によって、次の日を迎えた。
「こうなったら意地だ!!」
目が覚めてから間髪を入れずに、彼女のアパートへと向かう。
ピンポン。
鍵が開くまでに少し間があった。ゆっくりドアを開けた彼女は、怪訝な顔をしている。今回も彼女に男の姿は見えない。悠長にしているとまた戻されると思い、聞こえもしない断りを入れてから、書くものを求めて中へと向かう。だが、何故か中には入れなかった。
部屋の中の物は諦めて、何でも良いから存在をアピールできる物はないかと探す。
「これだ!」
外に立てかけてあった傘が目に留まり、掴もうとしたのだが傘は手をすり抜ける。何度も何度もすり抜けてしまって掴めない
躍起になっているうちに、気づけばまたジュエリーショップの前に立っていた。
「クソッ」
無慈悲にも眠気はやってきて、目が覚めたのは次の日の夜。
ピンポン。ピンポン。
「ミオ……」
彼女はとうとう扉を開けなくなった。待てども待てども開く様子はなく、今回も時間切れになってしまった。
飽きるほど見たジュエリーショップの前で立ち尽くす。
「キッツいなぁ~」
乾いた笑い声を上げると、その場でしゃがみ込んでしまう。
「きついな」
地面に水滴が落ちる。慰めてくれる人は誰もいない。男は独りだった。
眠気に抗う気力もわかず眠り、男の気持ちに関わらず次の日はやってきた。
「へこんでても仕方ないしな!」
仕切り直しだとばかりに自分に喝を入れ、彼女の元へと歩みを進める。明らかにそれはカラ元気だった。
ピンポン。
「今日もダメかぁ!」
またジュエリーショップの前。慣れてしまった眠気。起きたら夜。
ピンポン。
ピンポン。
今日も会えず、何度目か分からないジュエリーショップの前に立つ。
「次で、最後にしよう」
次の夜を迎えるために眠る。
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会いに行くのは今日で最後。そう思うとボタンを押す手が重く感じた。これでダメだったら、彼女のことを諦めなければならないからだ。
ピンポン。
「……やっぱり、ダメだよな。は、ははっ」
直後、扉が開かれた。
最後に男の願いが届いた。嬉しさと彼女を一目見たい気持ちが、溢れて止まらない。
「ミオっ──」
出迎えたのは見知らぬ男。
「誰だてめぇ!!!!」
溢れて止まらなかった気持ちが、一瞬で消し飛んだ。




