幻紗邸 -3-
「ひっっっろ……!」
「幻紗邸のためにわざわざ周りの土地を整えた、とかって言ってたな」
あまりの広さに息を呑み、桂木は抑えきれず感嘆の声を洩らした。
広大な敷地の最奥に構える幻紗邸は、重々しい沈黙を纏いながらも、確かな存在感を放っていた。園路には人の往来が絶えず、その姿が邸の静けさと対照をなしている。
「私もまだまだ力不足か……」
「こればかりは相手が悪い。そう落ち込むな。実際、唯一傷を付けられたのは白禽さんだけなのだから」
「何をやっている!」
「申し訳ありませんっ」
幻紗邸へと向かう桂木たちは、帰途につく人々とすれ違う。
肩を落としている者を宥めている者や、叱責している者など、その様子はさまざまだ。──中には、猫宮に嫌悪の視線を送る者もいた。
「よくもまぁ、顔を出せるものだな」
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長く続く園庭の道すがら、桂木がぽつりと疑問を漏らした。
「どいつも和服とか、スーツなんだな」
「家柄とか派閥ごとに指定されてるとか、いないとか」
「制服みたいなもんか。うちは特にねーな」
桂木のスーツ姿は、大塚屋の規定によるものではない。あくまで、社会人としての正装と考えての選択である。
「和服はまだ分かるが、スーツって動きづらくないか?祓うときに不便だろ」
とある紳士服・婦人服の販売専門店では、アクティブなポーズを決めているスーツ姿のマネキンがいたが、ここでは割愛する。
「ああ見えて動きやすく仕立ててるんだと。何かしら術を施しているとも聞くし」
「まさかの特注!?お高けーもん着てんだな」
命を守るためなら、金は惜しまないのも当然だろう。
「個人販売はないけどな」
「はっ!?なんでだよ。買い手はいくらでもいるだろ」
「手間、価格、信用問題もろもろ、個人相手じゃ割に合わないんだと」
それでも、機動性の面だけを見ても、それを備えているか否かで、大きな違いがある。
「術とか抜きでもダメなのかよ」
「さぁ?少なくとも俺は信用問題でひっかかった」
「『信用問題』?」
信用問題──代金の支払い保証が不十分であること、転売の危険性、そして悪用されるリスクなど、いくつかの懸念が頭をよぎった。
「動きにくいだけのスーツとか邪魔だし、俺はフリーでやってるから制服の意味もない」
そうか、だからこそ軽装でいるのだと、合点がいった。
「いや待てよ、お前以外に軽装なやつがいねーぞ」
以前、霊を祓った際も猫宮は軽装だった。それどころか、所持していたショルダーバッグにはおはぎしか入っておらず、もはや手ぶらであったといえる。
だが、周りを見渡せば、祓い屋たちは刀や身長程の弓など、多彩な道具を携えていた。帯や腰あたりに吊るした入れ物には、札などが入っているのだろう。
「札や術がメインだ。自分たちが動くってより、上手く連携して相手を誘導して、策にはめるってのが多いからな」
万が一近づかれたら刀でばっさり、ってな、と言う。それにより、桂木はあることを思い出した。
『こう、なんか陣を書くとか、呪文唱えるとか、魔法みたいな……それっぽい術とかあるもんじゃねぇの?』
『意外とファンタジー思考だな』
「そういうのだよ!やっぱあるんじゃねーか!?」
人をファンタジー思考だとか言いやがって!と、突如として声を荒らげた桂木に一瞬驚かされたものの、やがてその意図を察し、口角を上げた。
「否定はしてねぇぜ?」
感情を抑えるようにして、「大人な」桂木は握りこぶしを作るにとどめた。
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目指す建物は、まだ幾ばくか先にあった。たどり着くには、もうしばしの道のりを要する。
「資料送られたんだよな?幻紗邸についてどれくらい知ってんだ」
「えーっと、『呪物が集まる邸宅で、不定期に危険性のある呪物を放つ。外に放たれるまでの保有期間、四週間以内に、呪物を破壊する必要がある』、だよな?」
「あぁ。保有期間がきっかり四週間なのに、不定期ってのは、休眠期間があるからだ」
たまに休み無しってときもあるけどな、と付け加えるように説明した。
「今回もダメだったか……」
「次こそは……!」
呪物の破壊に失敗した者たちだろうと察せられる。
さきほどから耳に届くそれらの声が気になり、桂木は自然と注意を向けた。猫宮はそれに気づき、疑問に応じた。
「祓い屋にとっちゃあ、力試しみたいなもんなんだよ」
「『力試し』って……そんな軽い調子で良いのかよ?破壊に失敗して、呪物が放出されたらマズイだろ。そうなったらどうすんだ」
一見積極的に見える反面、事の重大さを軽視しているのではないか、と懸念する。
「だから、俺やお前みたいなのがいるんだろ」
それに祓い屋育成の一環でもあるらしい、と言う。
ゆえに、保有期間の終盤に至るまで、猫宮が幻紗邸へと招かれることはない。現在の時点で残された期間が一週間にも満たないことを知れば、桂木の仰天する姿は容易に想像できた。
「いや、そもそも……」
そもそも幻紗邸がなければ、呪物が出現することはないのではないか、と桂木は推察した。
「幻紗邸を無くなれば、呪物も出てこなくなるだろって思ったか?」
なぜ見抜いたのかと驚く桂木に対し、まさにその点だと応じた。
「幻紗邸が呪物を生み出してるんじゃねぇ、呪物をここに『置き留めている』ってのが正確だ。だから、幻紗邸は忌み嫌われるもんじゃなく、破壊の手助けになってんだよ」
どんな物でも留める引き換えに、それ自体の強度を上げてしまっているのが、難点である。
「それに、意味ねぇしな」
「そんなのやってみなきゃ分からねーだろ?」
なぜ意味がないと言い切れるのか、首を傾げる。
「それがなぁ、過去にやったらしい。一切跡形もなく壊したんだと」
猫宮がぴたりと足を止める。その動きに釣られ、桂木も歩みを止めた。
「だが、幻紗邸は別の場所に出現し、その後も稼働している。……こうしてな」
いつの間にか、目の前に幻紗邸がそびえていた。
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「うげー、なんで骸骨……雰囲気出しすぎだろーよ……」
「これは語り骸。幻紗邸由来の呪物について教えてくれる物だ」
猫宮が示したところに、人の頭蓋骨を模した物体が設置されていた。
「いかにも喋りますって見た目だな。教えてくれるって言うけどよ、これが嘘ついたりとかしねーのか?」
「それはない。縛りで能力向上を測った結果、偶然にも嘘が吐けねぇ物になったらしい」
縛りといえば──対象を限定する。そんなものだろうか、と桂木は考える。
「呪物の具体的な危険性を客観的かつ、正確に告知する優れもんだ」
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「ちくしょうがっ!」
語り骸から呪物の情報を聞き終えたころ、突然扉が開き、男が飛び出してきた。猫宮と目が合うと、心底不快だという表情を浮かべ、舌打ちをしてそのまま背を向けて去った。
「いきなりなんだ今の。感じ悪いな」
八つ当たりじみた行為に桂木は文句をつけ、おはぎも嫌悪感を露にした。しかし猫宮は、何も返すことなくおはぎを撫で、ただ沈黙していた。
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「おはぎ、桂木のそばにいてやってくれ」
「にゃあ」
おはぎは猫宮の指示通り、桂木の肩口に移った。意図が分からず桂木が疑問を口にする。
「桂木の香より強力だ」
そこまで言われれば察しがつく。
柔らかな毛並みに触れた桂木は、大塚屋に預けている仔犬のことを恋しく思った。
「行くぞ」
扉を開けると、冷たい空気が頬をかすめた。
入口以外に扉はなく、ぽっかりと広い空間が広がっているだけ。呪物らしきものは、どこにも見当たらない。
「呪物、なくねーか?」
天井は三階ほどの高さがあれど、階段や部屋があるわけではない。到底住む用途には向かないそれは、呪物を位置するためだけにあるといえる。
「何か起きますって感じの陣しかねー」
室内の中央床に、陣が描かれていた。この邸宅は、どこか亜空間的な場所と繋がっており、そこから呪物が集まるとされている。その陣がそれの入口となるものだろう。
「クソでかい倉庫って感じだな。何もねーけどよ」
「倉庫はあながち間違いじゃねぇな」
猫宮に倣って桂木も室内へ足を踏み入れる。すると、ひとりでに扉が閉まった。
「うぉっ!?勝手に動いたぞ!これ閉じ込められたりとかしねー!?」
「出入りは自由だ。閉めたのは単に……アレを出すためだ」
猫宮の視線の先、陣の上方に呪物が忽然と出現していた。
「今回の破壊対象『忘れ火鉢』のお出ましだ」
進捗や裏話など▶︎X @shigeyama_shige




