金平糖 -前-
からころ、から。
ガラス瓶に詰められた甘い星が転がる。
空にかざせば負けず劣らずの、透き通った青をしている。
からから、ころ。
琅琅とした音が空気を澄ませ、清涼感を生む。
直後。
「ソレ、クレ」
土手の斜面でくつろいでいた猫宮に、突然小さな妖が声をかけてきた。
大雑把に捉えると、ウサギのような……いや丸い白色の毛玉だ。手足も尻尾も、小さな毛玉がついているように見える。かなり珍妙な形だ。
「にゃー?」
「クロイ、ナニ」
「にゃー」
「オハギ、クロイ、ナマエ?」
「にゃう」
自分よりも身体が大きいおはぎに、臆せず話しかける胆力があるようだ。 ふたりの会話は見ていて和む。
「これが欲しいのか?」
猫宮の手には、依頼主から報酬とは別に手土産として渡された、金平糖の瓶があった。もらったは良いものの、おはぎは食べられないため、ひとり寂しくチマチマと食べていたところだった。
「ソレ」
ウサギのような毛玉に尋ねると、やはりこの金平糖を欲しがっているようだ。
どうせなら、欲しがっている者にやった方が良いだろうと、素直に渡す。
瓶を受け取ったウサギの……玉兎と呼称しよう。瓶を受け取った玉兎は、満足そうに金平糖を眺めている。
「お前、金平糖が好きなのか」
「コン……トー?」
「金平糖。知らないか?甘い菓子」
金平糖は食べ物だと教えたところ、不服そうな顔をした。消えずに残るキレイなものが良いらしい。
「食べてなくなっても、キレイだったって記憶は、お前の中に残るだろ」
そう聞くと、玉兎は自分の身体をぺたぺたと触って、探す仕草をする。
「?」
当然記憶に形はなく、触れることはできないため、見つけられなかった。不思議そうにしている様が面白くて、クスっと笑ってしまう。
「ま、いつか分かるんじゃね」
玉兎は試しにひとつ食べると喜び、大層気に入ったようで、飛び跳ねていた。
だが、中身がひとつ減った瓶を丸い手で器用に持ち上げると、言葉を漏らす。
「キレイ、キエル、コマル」
キレイなものが消えて無くなってしまうのは、勿体ないということだろうか。
「無くならないキレイなものは、今持ってねぇ。悪いな」
何かしら渡せるものがあれば良かったが、生憎そういったものは今持ち合わせていなかった。
「アル」
玉兎の小さな丸い手は、猫宮を指していた。
「ニンゲン、アル。アカ、キレイ」
「赤?」
何かあっただろうか。アクセサリーは着けていないはすだ。心当たりがない。
「ニンゲン、メ、アカ」
玉兎は猫宮の赤い目が綺麗であると言っていた。
「……目玉が欲しいのか」
わずかに緊張がはしる。
「チガウ。キレイ、アル。オシエタ」
話の流れから、てっきりお前の目玉を寄越せという、ホラーな展開が始まったのかと思ってしまった。
「それはどーもありがとう」
おはぎの目もキレイだと言っているあたり、玉兎は純粋に赤い目を褒めただけのようだ。おはぎが嬉しそうで何より。
「普通の人間は赤くねぇけどな」
アルビノでもない人間が、赤い虹彩を持つことはない。だから、生まれつき目が赤い猫宮のことを、両親は気味悪がった。青系の色であったならば、遠い祖先に異国の血でも混ざっていた、と思われるだけで済んだだろう。
「フツウ、ナニ」
妖にとって人間の言う普通が分からないようだ。
かつて普通の子であることを求められたが、いざ考えると普通とは一体何なのか。
「何だろう。俺も知らねぇな。ただ、大昔そう言われた。『普通じゃねぇ』って」
首元に触れるおはぎの身体が暖かい。気にしていないから大丈夫だとおはぎを撫でる。
「ニンゲン、ヘン」
「変かもな」
すぐに興味が失せたのか、玉兎は川の水光を眺めていた。触れもしないそれに短い手をばたつかせる。
「キレイ、ホシイ」
「にゃー」
「ヒカリ?」
「にゃう」
「トル、デキナイ?」
「にゃ」
「トル、デキナイ……」
取れないと聞いてもなお、欲しそうにじっと見つめている小さな背中。それを放っておくほど猫宮は淡泊ではなかった。
依頼はすでに終わっていて、今日は時間がある。無くならないキレイなものを探してやることにした。
「?ニンゲン、カエル?」
「いや、少しの間離れるだけだ。また来る」
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いくつか離れた街まで足を伸ばしていたら、戻ってきた頃にはあたりが暗くなっていた。
あの白い姿は見当たらない。そこらを歩いていた小さい妖に玉兎の特徴を伝え、見なかったかと聞いてみたが、見ていないという。
もうどこかに行ってしまったのだろう。約束をしたわけでもないのだから、いなくなっていてもおかしくはない。
手の中に視線を落とし、悩ましげな声を出す。
「これ、どうすっか」
手には、ガラス細工の金平糖がひとつ。透き通る青い金平糖は、小ぶりな梅ほどの大きさをしている。
ガラス細工の店には他にも、小さいガラスの金平糖が入った小瓶もあったのだが、間違って食べてしまわないかと思い、最終的にこれを選んだ。
「こうして見ると、星みたいだな」
「にゃ」
星とは異なり、ガラスの金平糖が光ることはないのだが。
帰ろうと来た道を戻ろうとした直後──。




