夜の襲撃
コバヤシくん達が拉致された、その日の夜のうちに、早くも、アケチ探偵の事務所は、その事で大きな騒ぎとなっていました。
何と言っても、あの真面目で誠実なコバヤシくんが、半日以上も、事務所に連絡もよこさずに、姿も見せていないのです。これは、明らかに、何かが起きたとしか考えられないのでありました。
アケチ探偵は、さっそく、警視庁の知り合いのナカムラ警部を、事務所へと招きました。そして、警部といっしょに、この件についてを話し合ったのです。あいにく、今の事務所には、この二人の姿しか見かけませんでした。
「もう少し、様子を見てみるつもりですが、このまま、朝になっても戻ってこないような場合は、うちのコバヤシは事件にと巻き込まれた可能性が強いと思います」アケチ探偵が、冷静に言いました。
「今、コバヤシくんには、何かの事件の捜索をさせておったのかね?」と、ナカムラ警部。
「例の魔法博士の問題について、訓練のつもりで、彼だけに任せていました」
「では、コバヤシくんは、魔法博士に何かをされたと言う事も考えられそうなんだね」
「はい。私も、まさか、こんな事態になるとは思っていませんでした。それに、実を言うと、もう一つ、気掛かりな事があるのです」
「何かね?」
「花崎検事の娘さんも、今日のお昼ごろから行方不明だと言うのです」
「花崎くんの娘さんと言ったら、マユミちゃんの事かね」
「はい。花崎さんの話によれば、今日は、ヨコハマの知人のところへ、娘も連れて、訪問していたと言うのですが、ちょっと目を離した隙に、マユミちゃんは居なくなってしまったとの事なのです。こちらの方も、それっきり、彼女からの音沙汰がありません。こちらの件もひどく心配なので、うちの事務所からも、フミヨを捜査にと向かわせています」アケチ探偵は言いました。
アケチ探偵の助手の一人である女探偵のフミヨさんは、マユミちゃんとは親戚だったのです。
「マユミちゃんが行方不明という事は、こちらの方は、身代金目当ての誘拐かな?」と、ナカムラ警部。
「まだ、そうとも言い切れないでしょう。今のところ、花崎さんのところにも、脅迫電話のたぐいは届いていないそうです」
「やれやれ。コバヤシくんの音信不通とも、何かの関係があるのだろうか。君の事務所も、なかなか、厄介な事になってしまったみたいだね」
「だからこそ、警部の方も、慎重なご協力の方をお願いいたします。どうやら、この問題は、思ったより手ごわい案件になりそうです。ここで、ヘタに動いたりしたら、それこそ、相手の思うツボになるでしょう」
このように十分に相談し合ったあと、ナカムラ警部も、警視庁へと帰っていったのでした。時間は、すでに夜の8時を過ぎていました。外ももう真っ暗なのです。
さらに、そのまま、かなりの時間が経ちました。相変わらず、コバヤシくんもフミヨさんも帰って来ません。だから、今夜の探偵事務所には、アケチ探偵しかおらず、完全な一人ぼっちらしいのです。
夜が更けていく事で、事務所に面した通りにも、だんだん、人の往来が少なくなってきました。ついには、ほとんど人の姿も見当たらなくなってしまったのです。それほど、もう遅い時間帯なのでした。
だけど、アケチ探偵の事務所の窓の光は、まだ消えずに、灯り続けていました。アケチ探偵は、二人の助手の帰りを待っていて、奥の休憩の部屋にもさがらずに、ずっと事務所の方で待機していたようなのです。
建物の外からでも、事務所の中にいるアケチ探偵の姿は、しっかりと確認できました。逆光にはなっていますが、その人物の顔カタチは、まずアケチ探偵で間違いないだろうと、それとなく見分けられたのでした。アケチ探偵ときたら、今夜に限って、事務所の窓も大きく開きっ放しにしているのです。窓ガラスの反射がないものだから、ますます、アケチ探偵の姿は、はっきりと確認する事ができたのでした。
そんな事務所の中のアケチ探偵が、椅子にと腰掛けて、すっかり、くつろいでしまい、うたた寝でもしているのか、しばらくの間、まるで歩き回らなくなってしまった頃です。
事務所に面した通りには、何やら、怪しい人影が出現しました。その人影は何人かいて、今、通りにと佇んでいる存在は、彼らだけなのです。どうも、彼らは、アケチ探偵の事務所の方を、ひそかに伺っていたようなのでした。
事務所の窓から見えるアケチ探偵の方は、そんな事には、まるで気が付いていない様子です。
すると、怪しい人影の中から、何かがニョキッと伸びました。それは、銃身の短い、奇妙な形のガンなのでした。その銃口は、あろう事か、事務所にいるアケチ探偵の方にと向けられていたのです!
いきなり、その銃は発砲されたようでした。しかし、おかしな事には、全く、銃声は響かなかったのです。その為か、奇襲は成功したらしくて、発射された銃弾は、見事にアケチ探偵に命中したみたいなのでした。と言うのも、次の瞬間、事務所の窓から見えていたアケチ探偵の体は、コロンと倒れてしまったからです。
その展開を見届けるや、怪しい人影たちは、すばやく、行動を開始しました。彼らは、誰にも見られていないのを良い事に、堂々と、アケチ探偵の事務所へと乗り込んでいったのです。
事務所の玄関には、もちろん、鍵は掛かっていましたが、連中にとっては、何の問題もありませんでした。彼らは、この事務所の鍵を持っていたからです。実は、彼らが手にしていた鍵とは、コバヤシくんが所有していた鍵なのでした。彼らは、コバヤシくんから鍵をぶん取っていたのです。つまりは、彼らの正体は、魔法博士の一味だったと言う事になります。
明るい事務所の中へと押し入った彼らの姿は、事務所内の明るい電灯にと照らされましたが、相変わらず、彼らも、分厚いコートで全身を覆った、謎の人物のままなのでした。
彼らは、事務所の床の上にコテンと倒れていたアケチ探偵の様子を見て、たいへん得意げに、喜び合いました。アケチ探偵は、すっかり床に伏しており、ピクリとも動かなかったのです。
怪しい賊たちが、口々に言い合いました。
「さすがのアケチ探偵も、一発でダウンか。この短針銃の威力は、たいしたもんだな」
「おいおい、あまり過信するんじゃないぞ。アケチの奴は、今、眠っているだけなんだからな。5時間も経てば、また起きてしまう。その前に、外へと運びだすんだ。その事の方がボスの本当の命令なんだから」
「分かっているさ。おっと、証拠隠滅の為に、そこに落ちている短針銃の針も回収しとかなきゃな」
「にしても、アケチも馬鹿なヤツだぜ。窓なんか開いていたから、こんなスムーズに作業が済ませたよ。強引に事務所にと突入して、睡眠ガスをバラまいて、アケチを眠らせてしまう作戦だって、用意はしていたんだがな」
「なんでも、アケチの次は、今度は、アケチの助手のフミヨを捕まえる計画らしいぜ。全く、うちのボスの考える事ときたら、どこまでも途方もないよな」
そんな事を喋りながら、賊たちは、眠り込んでいるアケチ探偵を抱きかかえると、さっさと、事務所の外へと出ていってしまったのでした。当然ながら、何事もなかったかのように、事務所の電灯は消して、玄関の鍵もきちんと掛け直してしまったのです。
探偵事務所の外には、怪しい黒の乗用車が停まっていました。賊たちは、眠ったアケチ探偵を連れて、その車にと、すみやかに乗り込んでしまったのです。たちまち、車は走り出しました。こうした一部始終は、どうやら、まるで第三者には目撃されていなかったようなのであります。
ところが、怪しい乗用車が出発した後、ほとんど間をおかずに、その乗用車と同じ方向にと、一台の小型車が走って行きました。その小型車は、なんだか、怪しい乗用車の後ろを追い掛けていたようにも見えたのでした。




